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    yorusuke_risei

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    yorusuke_risei

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    sgoの日に付きもっかいweb再録〜
    短編集「そしてあなたと居るのです」に収録の夏のお話。
    全年齢です🥰

    Such a summer つう、と耳の下から首をつたって汗が流れる。暑い。じわりじわりと、細胞が死んでいくような感覚がある。俺でこれだけ暑いのだから、暑がりの汗っかきである杉元には堪ったもんじゃねぇだろうなと思ってしまって、あー、片想いなんてするもんじゃねぇなとサンダルを脱ぎ捨てる。室内に戻りベランダのガラス戸を閉めて、クーラーの直風を浴びながら今日の荷物の到着予定を確認した。
     在宅ワークで他人と関わる頻度が特段低い俺が杉元と知り合ったきっかけは、杉元が運送業者の配達員だったからだ。
     あれも確か馬鹿みたいに暑い夏の日、チャイムに応じてドアを開ければ随分な男前が荷物を抱えて立っていた。制服はいつも利用するところのものなのに、顔が見慣れない。うちの担当は初老の髪の薄い男だったのに。休みか何かかと考えながらサインをしていると、溌剌とした声が頭に降ってくる。
    「今日付けでこの地域の担当になりました杉元です!」
     よろしくお願いします、と丁寧な挨拶に顔を上げれば、汗だくの男前がにっかりと笑っていた。熱い風が吹いた。それは杉元の背後から吹き出して、俺を正面から熱する風だ。本当に吹いたわけではなくそう感じたという話だが、それだけ俺には衝撃的な出会いだった訳だ。……ああまあ、夏だったのだから本当に吹いていたのかもしれないが。
     ともかくそれから毎週数度、杉元は何かしらを届けるために俺の家を訪れている。ひとえにそれは俺の出不精からなる通信販売の過剰利用から来ているものだが、それだけ顔を合わせていれば無駄な話もするようになる。前のおっさんにも差し入れの一つや二つ渡しているし、まあ、多少親しくなるくらい問題ないよな。
     気付けば杉元が担当になって二年が経った。その間の交流によってコーヒーはブラックよりも加糖やカフェオレを喜ぶことや、六つも年が離れていることなんかを知った。俺が惚れた時杉元は18の未成年だったということだ。高校は卒業済だから問題はまあないが、なんとなく後ろめたい気持ちになる。
     そもそも男に惚れること自体暫くぶりだ。初恋は男だったし体を拓かれた経験もあったが、それ以降は普通に女も抱いたし、そもそも在宅に切り替えてからは人肌自体がとんとご無沙汰で。杉元と出会って半年程度で我慢が出来ず開発を再開したがどうにも決定的なポイントを突けずに燻っている感覚が強い。こういうのは相方がいた方が掴むのも速いのだろうが、別に杉元以外にわざわざ掘らせたいとも思わない。
     結果惨めに一人自分の体を割り開きながら、今日も杉元が来るのを待っている。
     と、思考の切れ目に合わせたかのようにピンポン、とチャイムが鳴った。
    「どうも!尾形さん」
     パァッとその場を明るくさせるような雰囲気がある。俺は眩しいような気がして目を細めた。外の空気はやはりむわりとして暑いし、杉元はだくだくと汗をかいている。
     二年の間で進化した端末の液晶画面に直接サインを書き込みながら、今日ここに来るまでの出来事を喋る杉元の声を聞いているのが好きだった。
    「今日あそこの川越える時、あのね、水面に鴨がいたんですよ」
     おっきいのと、それよりちょっと小さいのが三匹、と子供みたいな説明をされてつい笑う。二年経ってもたかだかハタチだ。六つも離れていれば可愛いもんだし、逆に杉元にしてみれば俺はおっさんだろう。「今笑った!?」と大きな声をあげる杉元にサインを終えた端末を押し返して「待ってろ」と言い置いた。俺変だった?と声が追ってくるがまあ、可愛かったよと言うのも気持ちの悪い話だから黙殺する。
     冷蔵庫からスポーツドリンクのペットボトルを取り出して玄関へ戻る。俺は常飲するのは水かコーヒーばかりだから、これは杉元のためだけのものだ。俺が勝手に用意して、冷やしたものを差し入れている。夏だから。熱中症が危険なことは祖母と暮らしていた遥か昔に学んでいる。
     初めは申し訳無さそうに受け取っていた杉元も、今は当然のように「わー!尾形さん大好き〜!」などと言うから堪らない。喜んで貰えて嬉しいが、下心からと思われるのはよろしくない。ギュッと眉間に力を入れて、勝手に緩む表情筋を押さえつけながら「頑張れよ」とだけエールを送った。
    「おかげであと半日頑張れそう!ありがとうございましたぁ!」
     屈託なく笑って駆けていく杉元を見送って玄関ドアを閉める。どこでだって可愛がられるだろうに、つまらない男相手にもああして愛嬌を振り撒くあたりは天職だな。営業マンでも成功しそうだ。
     手慰みに杉元が運んできた段ボール箱を撫でる。中身は今日は食料品。今週は週末頃にもう一つ届くが、それは生活雑貨。何にしたって大したものは入っていないが、いつも丁寧に運ばれてくるものだから、少しだけ荷物が羨ましくなる。仕事とはいえこれだけ無機物に優しく触れるなら、セックスも同じだろうか。
     割れ物みたいな小さな女を抱きしめて、壊さないように壊さないようにと触れるのだろうか。
     杉元を想って自涜した。情けない。



     今日も今日とて暑い。
     先日杉元が鴨を見たと言う川は、ベランダから見える程度には近い。マンションのロビーを出て歩けば五分もかからないだろう。別に幅の広い川でもないが少し大きな橋が掛かっていて、それを向こう岸から越えてくる運送業者のバンをベランダに出て見つけるのが好きだった。
     杉元が乗っているとも限らないが、それでも見つけたら満足する。そうして今日も杉元が来るのだなと思うと、臆面もなく胸が跳ねるのだから俺もまだ若い。
     ベランダから室内へ戻り汗を拭っていると呼び鈴が鳴った。『宅配です』と画質の粗いカメラに映っているのは杉元で、少し驚いた。流石に早すぎる。今さっき俺が見つけたバンは別の車だったらしい。
    「尾形さん、ちゃんと家から出てる?」
     サインをする俺に心配するような声が降る。マズい。嬉しいが、どう答えたっていっそう心配させるような結果しか見えない。必要無いから出ない、じゃきっと杉元は納得しないだろう。
    「ベランダには……毎日出てる」
     そっと表情を窺えば杉元はやっぱり困ったような顔をしていて、慌てて「コンビニにもたまに行く」と付け足した。
    「ここの一階に入ってるコンビニですよね」
    「そうだが……」
    「……あの、よかったらこれ」
     杉元が差し出したのは映画のチケットだった。ハリウッドで大ヒットのアクション超大作。しかも二枚。
    「お友達とか誘って、家出るきっかけにして下さい」
    「……こんなもん、貰っていいのか」
    「あ、えっと、一応センター長にも確認して、あの、お客さん一人だけに会社からってなるとマズいんですけど、これは俺の個人的な感謝の気持ちで、え〜〜っと、友人に配達ついでにプレゼントするくらいならバレねぇよって言われたので……尾形さん、今だけ俺の友達ってことで……ダメ、ですか?」
     俺よりも背の高い男前が、上目遣いにこちらを見てくる。叱られた犬のようなツラにギッチリ心臓を掴まれて、無意識に「ダメじゃない」と口走った。友達。六つも下の、惚れた相手だ。今日を逃せばまた客と配達員だろうか?そうだよな、だって、今だけと杉元は言った。
    「俺には映画に誘うような相手がいないんだが……あー、その……友達、は今日だけか」
     ああ、良い歳して恥ずかしげもなく。杉元はポカンとして俺を見ている。ミスったか?言うべきじゃなかった?何も言わない杉元に段々と不安が募る。缶コーヒーやスポーツドリンク程度の差し入れでも受け取って貰えるというだけで満足するべきだった。おかしなことを訊いて悪かったと冗談めかして謝れば、今からでも良い客に戻れるだろうか。そう思案していると、突然手が握られる。
    「い、いっしょ、ともだちっあ、エ、一緒に、俺が行っていいってこと!?」
     分厚い手だった。色素の薄い瞳はキラキラと輝いているようで、俺はあの日以来の熱い風を浴びる。
     喜んでいるさまが美しい。目を奪われて言葉まで失った。
    「尾形さん……?」
    「あ……いや、すまん。お前が良ければ、頼む」
     こうもなりふり構わずに距離を詰めたいと思うなんて、初めてだ。ギュウと、杉元の手に力がこもる。
    「嬉しい。よろしくお願いします」
     そう言って思い切り破顔した杉元に、胸が引き絞られる。なんて活力に満ちた男なんだろう。光そのもののような笑顔。
     いつか俺が好きだと伝えたらきっとこれは見られなくなってしまうから、今のうちにと必死に目に焼き付けた。


     杉元と個人の連絡先を交換した。
     友達だから、映画に行くからとアプリのIDを交換している間、杉元は「うわあなんか照れる、めっちゃ恥ずかしい」と言って額を赤くしていた。目が合うと照れを隠すようにニカッと笑顔を作るから、俺はそのたびに夏のものだけではない熱を感じて。想いを伝えるつもりは無くとももう少しだけ近付きたくて、敬語はいらないと伝えた。友達、なんだろう。
    『尾形!俺を誘ってくれてありがとう!映画めっちゃ楽しみ!!』
     全ての文末がエクスクラメーションマークで装飾されたメッセージを見返して、一人口元が緩む。杉元らしい、と思う。
     もう十分もすれば杉元との約束の時間だ。空を見上げれば気持ちのいいほどの快晴で、日差しはジリジリとして暑い。
     ……それにしても、夏だ。何かが始まるのはずっと、俺にとっては夏。あれだけ鬱陶しかった暑さを今はもう嫌いになれずにいるのだから、まあ随分と単純なことだ。
    「あっ!もういる!」
     聞き慣れた声に顔を向ければ、眉尻を下げた杉元の顔。
    「早く着いたなら涼しいとこ入っててって言ったじゃん」
     ずっと引きこもってたのに急に暑い外出たら危ないぞ、と親のようなことを言う。
     当然ながら、私服の杉元を見るのは初めてだ。今日も顔が良い。Tシャツにジーパン、キャップと、制服と大差ないラフな姿だったが、何を着ても格好がつく。
    「今来たところだ」
     本当に、五分も待ってない。ただでさえ六つも年の差があるのだから、少しでも良く見られようと鏡を睨みつけていたら出ようと思っていた時間を過ぎてしまって。結局サマーニットに薄手のテーラードジャケットを引っ掴んで出てきた。無難な組み合わせだが、おかしくはない、はず。
     杉元の視線が縦に動いて俺を観察する。
    「なんか、尾形大人っぽくてかっこいい。俺の服装大丈夫?あー、もっとちゃんと服選んでくれば良かった」
     赤らめた頬をポリ、と掻く杉元。かっこいい、と言った。ああ、恋は人を腑抜けにする。自分らしくないと思うのに、そんなたった一言で泣きたいくらいに胸が跳ねた。
     ……褒められたなら、褒め返しても変じゃないよな。
    「お前は何を着ても似合うぜ男前」
     今だって、普段の制服姿だって似合ってる。格好良い。好きだ。これはさすがに言えないが。ハハッ。
     杉元の目が驚きに瞠られて、顔は先程の比じゃないくらいに赤く染まっていく。感情が顔に出やすいんだな。言われ慣れてるだろうに、ここまで照れてくれるなら褒めがいがある。ありがとう、と言った杉元の声は弱々しく震えていて、なんだか面白い。
    「俺好みに着飾らせたいくらいだ。いつかお前に服を買ってやりたい」
     これは言い過ぎか?友達ってのは服を贈ったりはするのか?わからん……だが距離感を間違えるのは不味いから、とりあえず冗談めかして……
     ガシッ、とそこそこの力で腕を掴まれる。しまった、引き時を誤っただろうか。
     恐る恐る杉元を窺えば、顔を赤くしたままじっとりと恨めしそうな目を向けられていた。
    「……尾形、ズルくない?」
    「ず、狡い……?」
    「……わかってない顔じゃん」
     ふうーと息を吐いた杉元が俯いて、数秒おいてパッと顔を上げた。その顔は笑顔で、もう赤くもなくて、「映画、遅れちまう。行こ!」なんて俺の手を引く。呆気に取られてされるがまま。
     なんだ、俺は何が狡い?あれはどういう意味だった?
    「……がた、尾形。ポップコーン掴めてないよ」
     ハッ。
     椅子に座っている。巨大なスクリーン。室内が暗い。暑くもない。いつのまに映画館に。
     もう一度「尾形?」と小声で呼ばれて、右を向けば杉元がいた。俺は随分間抜けな顔をしていたらしく、目が合った瞬間破顔される。手招きに顔を寄せれば、「ボーッとしてた。大丈夫?」と耳打ちされて心臓が跳ねた。
     スクリーンではビデオカメラとパトランプがチェイスをしている。まだ、本編では無いらしい。それをいいことに杉元は、まだ俺の耳元でクスクスと笑っている。
    「尾形さっきから、ポップコーンに手を伸ばして空振って、空気を口に運んでた」
     カアッと体温が上がる。ああ、クソ、それはさぞ面白かったろうな。俺も見たかった。耳が熱い。顔も赤いかも。薄暗いとは言え見せたくなくて顔を背けると、焦った声が追ってくる。
    「わ、待って、笑ってごめん!大丈夫かなって、心配もしてた」
     腕置きに置いた右腕に杉元の手のひらが触れた。優しく力がこもる。
    「だから、ね。機嫌直して?ごめん」
     音量を抑えたウィスパーボイスにはまるで睦言のような色気があった。きっと今向き直れば、困った顔の杉元がジッと見つめているのだろう。
     触れられている箇所がジクジクと熱い。
     かろうじて前を向き直して、「始まるぞ、映画」とだけ杉元に返した。暫く見られている感覚があったが、スクリーンに字幕が出始めたあたりでようやっとそれも消えた。
     杉元の手が離れても、まだ、ずっと、熱い。


     映画は人気なだけあって、面白かった。……と、思う。
     正直ずっと杉元のことを考えていたから、ストーリーも話半分だ。だがまあカースタントと、ラストの一騎討ちに金がかかっているだろうことはわかった。
    「尾形、どうだった?」
     明るくなっていく館内、立ち上がる客たちを横目に杉元の声に向く。……散々スクリーンでハリウッド俳優たちを観たというのにダメだ。お前が一番いい男だよ杉元。
    「俺はね、主人公の幼馴染の人が好きだったな」
     幼馴染の女……。ポッと出のヒロインに主人公を持っていかれた女。「ずっと幼馴染のままはイヤ!」と愛を叫んだが主人公は既にヒロインに想いを寄せていたという、ありがちな失恋の役割を押し付けられた女。
     友達のままは嫌だと、我慢出来ずに喚く自分が想像出来て俺は嫌いだった。きっと結末まで同じだ。振られて終わり。
    「……ああいう女がタイプか?」
    「えっ!?や、そうじゃなくてっ、共感出来るっていうか」
     共感?失恋した女に?
    「俺も、手遅れになる前にちゃんと気持ち伝えなきゃって。勇気貰えた」
     ……嫌な予感がしてたんだ。
     はにかむ杉元はきっと、その気持ちを伝えたい相手とやらを思い浮かべている。
     ああ、距離を詰め過ぎたかな。
     配達員と客のままなら、こんな話も聞かずに済んだはずなのに。いつか杉元の左手に指輪がはまるまで、まだ猶予があったはずなのに。
     連れ立って出かけるのはこれっきりにしよう。告白が成功した話も、恋人が愛おしい話も聞きたくはないから。
    「だから、こんなところでごめん」
     杉元の声が震える。真剣な顔つき。なんだ。
    「……好きです。俺と付き合って下さい」
     ……シンプルな、告白のセリフだった。なんで急に。練習か?練習、だよな?
     そんなことしなくたって、お前を振る女なんていないだろうに。音が、耳に残る。早く、練習だったと言ってくれ。何度も言葉がリフレインして、このままじゃ、まさか俺に言ったんじゃないかって、
    「……返事は、えっと、……今日じゃなくてもいいから……考えてみてくれると、嬉しい」
     杉元が苦しげに目を細める。
     ……。
     ……え?
    「……相手は、俺か?」
     俺からの問いにキョトンと目を丸くして、それから杉元の頬が弛む。思いがけない言葉に緊張が一気に弛緩したような、そんな笑い顔。
    「そうだよ、尾形が好き」
     恥ずかしいな、と杉元が眉尻を下げて、空になったポップコーン容器と紙コップを持って立ち上がる。
    「そろそろ出るか。ごめんな、急に」
     気付けば館内はまばらに数人が残るのみになっていた。
    「杉元」
     立ち上がって、腕を掴んで。キス……の一つでもしてやりたいところだが、社会人としては失格だから。
    「服屋に行こう」
    「えっ?」
     服を見繕ってやる。お前を着飾らせてくれ。友人同士ではおかしくとも、恋人なら贈ったっていいだろう?
    「なっ、なんで服屋?えっ、あの、尾形さーん……?」
     ハハッ、大声で笑いたい気分だ。




    「似合う?」
    「似合う。最高。買ってやる」
    「えっ自分で買うよ」
    「好きなやつにプレゼントくらいさせてくれ」
    「えっ!?……えっ!?!」


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