暗い中でも輝く星パフリシアの王立図書館。初めは一族のことや自分の出自、故郷について調べるために閉館間際の1時間、身分と鎧を隠して入って、本を探しては読んでいただけだったのだけれども。いつの間にか司書官に顔を覚えられて、来るたびに声をかけられるようになった。
そこまではまだいい。まだ、許容範囲内だ。だが、あのおせっかいたちに見つかってしまった。
こともあろうに、公の身分もあったほうがいいだろう、とあの姫君と僧侶とアデューのやつが連名して、禁書保管室への入館証と一緒にでっち上げられた肩書が「学者」と「魔導騎士」だった。
「おい。待て。私を、学者、だと?」
「論文は私と姫様がみるのでよろしく頼む。罪人であれ、学問を修めることは許されているだろう。神もお許しになるはずだ」
「いや…私はそんなつもりは…」
「だって、実際にエルドギアや図書館に通っていろいろ故郷のことや一族のこと調べて、歴史も勉強してるんだろ?じゃあ、いいじゃないか!もらっておけよ。遠慮なんかしなくていいって。」
「そもそも!!私はこの国の国王と王妃に刃を向け…」
「確かにそうだが、あの一枚は素晴らしい論文だ、と思うぞ。マーリアも行っておった。闇の魔法に関して、ここまで正確な記述は埋もれさせるべきではない、とも。武器を持ち込まなければ、問題はない。なぁ、パッフィー。」
「はい。お父様。イズミ、わたくしもそう思いますわ。」
全く。このお人好しどもめ。
心の中で私は頭を抱えながら、通された隣室で入館証・禁書保管室への入室許可証、学籍登録、研究室の使用許可証、必要経費の受付書類、論文の提出先への申請、臨時の連絡先など大量の書類を書かされる羽目になった。もう、二度とあんな書類の山は見たくない。思い出すのも腹が立つが、イドロに必要なものだと暗記させられた魔術や降霊術の本の山の方がまだ、ましな部類だ。
ちなみにこの話をあとで忍者にしたら、
「本当、あいつ等お人よしの集まりだよな。まぁ、ざまあみろだ。妙な真似ができないようになってせいせいするぜ。頑張れよ、学者さん」
と皮肉と一緒に日の出国の地図をよこしてきた。
「この町は復興途中のためリューを出すな」だの「黒い鎧で入るな」だの書かれた注釈付きで。
遺跡を巡って調べるのは嫌いじゃない。
だから入場許可が簡単に降りるのは便利ではある。問題は学者、という身分の方だった。
書庫にあったでたらめだらけの闇魔法に関する禁書に、自分が知っている部分と記述が違うことを1枚の紙に書いて挟んだだけなのに、それが目に留まり、研究者が大騒ぎして、仕舞いには姫君にまで呼び出された・・・というのは何というか、複雑な気分だ。一度この国を滅ぼしかけた自分としては、そこまで他国の人間に頼っていいのか、だとか平和ボケがすぎないか、だとかいろいろ考えが巡るが…まぁ、それはいい。
半年から一年に一度の論文やレポート提出と引き換えに入国許可だの手続きだのが要らなくなったのはいいことではあるのだろう。
ただ、ほかの研究者に会うたびに「学者殿、ご専門は?」と聞かれるのは癪である。
だから、何となく「歴史と天文。」と答えることにした。
遺跡調査をする上で違和感が無いし、年齢と実体験が使えるから歴史。天文は、闇と雷を操る自分からすれば、分かりやすく、入りやすかった。
この二つなら、フィールドワークだと理由をつけて各地を飛び回れる。つまり、やかましい学者仲間からの批判と追跡を避けられる。
そういうわけで、各地を回る白衣の学者、とパプリシアにいるときは通している。
「そのうち賢者とでも名乗ったらどうじゃ、そうしたらワシも楽ができるわい。」
とか、西部で出くわした大賢者から冗談交じりに言われた。
「断る。まだそんな年ではない。老いぼれ扱いされてたまるか。」
引退などさせてやらん。ふんぞり返って勇者を導くなど、性に合わん。
「さて。夕暮れも近いな。行くぞ。シュテル。」
ミストロットから白亜のリューを呼び出す。
なんというか、あの戦いの後、時間を見つけては、ひそかに呼び出して、空を駆け回らせている。当人も(いや、リューだが)まんざらでもないらしい。今日は海を見たい、だの、もっとミストの多いところに行きたい、だの言葉少なくはあるが、こちらをあちこちに引きずり回す。ホワイトドラゴンにも相談したが、問題ないらしい。この時間なら、もう一つの目的も果たせそうだ。
小高い丘に降り立ち、携帯望遠鏡を通して、雲一つない夜空を覗き込む。
天文調査と称して星を見るようになったのは、最近だ。
いや、正確に言うと、アデューの言葉がきっかけだった。
世界を見ろ。美しい景色を見て回れ。と。
闇の中に光る星は、今の自分と相棒を映しているようだった。
闇に身を置けど、光り輝く道を歩む自分。そんな気がしたのだ。
自分の出自を思い知らされた。その一方で世界のために共に戦えと手を伸ばされた。闇の中を歩き続けていたときも、星は不思議と何も言わずに光を放ち続けていた。そんなこともあったか、と物思いにふけっていると、「人が近づいている」と用心のために放っていた使い魔が知らせてきた。
「おじさん、あの家の上のあたりの星、なんていうの?」
声のした方を振り向くと、同じように望遠鏡を持った子供と、その母親らしき人間がいた。
「ちょっと!いきなり話しかけたら失礼でしょう。すみません、この子も星が好きで…」
「構わない。そうだな。この時期だったら「天秤」の星だな。」
「すごいや!ねぇねぇ、あれは?向こうのあれは?」
「蠍の心臓。」
「ねぇねぇ、となりの星は?」
答えているうちにすっかり夜が更けてしまった。
もう遅いから、と質問をしてくる子供をなだめて帰らせた。その影が遠くなるのを待って、また、呼ぶ。
「出てきていいぞ。」
呼びかけに答えたのは、二羽の鴉の人形。冥府に帰れずにさまよっていた動物の骨とその魂を中に「入れて」ある。布でできた間抜けな顔をしたぬいぐるみにしか見えないが、割と偵察やら監視やらはうまい具合にこなしてくれる。
降霊術や占いは、イドロから教わったものだ。無人のソリッドの呼び出しや死霊の扱いはもちろん向こうの方が数段上だけれども。
邪龍族との戦いが終わった後、旅をするうちに、道案内があるといいか、と思い、立ち寄った町の悪霊騒ぎを収めるついでに、おぼろげに覚えていた憑依と使役の術を試してみたら、うまくいった。水晶玉での遠見の術とまではいかないが、少なくとも地図を見ながら道に迷うことは少なくなった。攻撃能力はお察しだが、旅の友としては十分すぎるくらいだ。
腹立たしいことだが、これも自分の血と肉に刻まれたことであることには変わりはない。だから、少しずつ向き合いながら、生きていく術として使うことにした。悪霊騒ぎの解決も、ちょっとした小遣い稼ぎに役立っている。
自分の一族のことも、闇の魔法のことも、邪龍族のことも、すべてを後の戦いが起こるときまで書き残す。伝えていく。次のリュー使いが、万全の状態で1000年後を迎えられるように。
世界を見守る。できるだけ多くの情報を残す。これは、多分、アデュー達にはできないが、私にはできる戦いだ。
もっとも、1000年は長い。だから、しばらくは自分のやりたいこと優先。
星の煌めきにも、死者の呼び声にも、全部耳を傾けて、生きていく。
おしまい。
ライナーノート。
ガルデンのその後を自分なりに作ってみた。ていう妄想話。
身分がないのは不便だろう、と仮の身分を作ってもらった。そこから自分なりに動いていくお話。「記録者」「伝承者」という感じになっていくのかな、と。
ルーンナイトのイメージが、闇の中を照らす星。そこから天文の話やら今までに自分が学んだことを少しずつ自分の血肉として受け入れていく話やらにつなげて書いてみました。
カイオリス~聖騎士の約束の話の間くらいの時期で書いています。
(聖騎士の約束 だと しばらくパプリシアには近づいてなかったようなので、この話の部分はちょっとしたIFくらいに思ってもらえれば。)
子供とのやり取りは入れたかった。やり取りしているうちに、天文学が楽しくなっていくといいな、と思い、入れました。
その後まじめに、そしてマメに論文は書いて送っているんだそうです。
ちなみに偽名が「エクレール」。フランス語で雷。雷つながりでそのあと「雷鳴の魔導士」と呼ばれている。
鴉のぬいぐるみこと、使い魔の名前は適当に ポポ と ぺぺ。首の布の色で判別していて、青い方がポポ。赤い方がペペ。
(これは原神のシトラリとか、北欧神話のオーディンの鴉のイメージからもらいました。)
ガルデンの方向音痴ネタ解決として鴉の使い魔の話を作りました。
立ち寄った町の悪霊騒ぎの犯人が動物殺しを供養なしで行ってしまった町の人。
そこから、悪霊になっていた動物の霊を説得し、引き取って、使い魔として一緒に旅をしている。媒介としてぬいぐるみの中に動物の骨の一部を入れている。割と使い魔的には快適らしい。見た目がぬいぐるみなので、子供に受けている。
空から見てもらうことができるようになったので地図を見ながら道に迷うことは少なくなった。攻撃能力は低い。偵察、警戒用。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。