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    Akira_s4

    @Akira_s4

    文字書きです。どこにも投げられないような短いのとか腐ったのとか投げてます。

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    Akira_s4

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    こちらはにゃんにゃんにゃんの日のディミレスちゃんです。離れて暮らす二人がちょっとした浮気疑惑に一悶着するお話。嫉妬陛下が盛大な勘違いで街道を爆走してのりこめーする話です。

    #ファイアーエムブレム風花雪月
    fireEmblemFuukaYukigetsu
    #ディミレス
    demesne

    その疑惑に王は雪解けの道を駆ける ――新しい家族が増えました。君も会いに来てね。
     そんな一文で締めくくられた手紙がディミトリのもとに届いたのは、ようやくフェルディア周辺の雪が緩み始めた頃だった。
     厳冬期のファーガスは、人もものも行き来が難しくなる。伝書ふくろうの翼に雪は関係ないが、吹雪になれば空さえ往くのは困難だ。必然、人々は家にこもり町や村は雪に閉ざされてしまう。それは王都フェルディアも同様で、なかなか伝書ふくろうも飛ばせない中、国王ディミトリはガルグ=マクで過ごす妻ベレスを恋しく思いながら雪が緩むのを待ち続けていた。
     そうしてようやく吹雪が止み、空が冴えた青色から柔らかな春の色に変わるのを実感出来た頃。春の訪れを継げるようにガルグ=マクからやってきたふくろうがベレスからの手紙を届けてきた。
     自身の近況と、会えない間どれほどディミトリが恋しかったかを綴り、ファーガスの春を言祝ぎ次に会える日を心待ちにしていると記していた手紙にディミトリはもちろん上機嫌になった。愛しい妻と何節も離れて過ごしていたのだ。手紙であっても、その気配を感じられるものは何だって嬉しい。にこにこと嬉しそうに手紙を読む若き国王を、臣下たちも微笑ましげに見守っていた。
     だというのに、締めくくりのこの一文だ。自分以外の誰かが彼女の傍にいるということを示す、明確な一文。
     当然、ディミトリの周囲の空気は一気に厳冬に逆戻りしてしまった。ベレスからの手紙を毀損することは本意ではないので手紙を握りつぶしたり破ったりしなかった、その精神力はさすがのものだったが彼の自制が利いたのはそこまでだったらしい。
     返事を書き、更にベレスからの返事を待つだけの余裕を持てなかったディミトリは、適当な理由をつけて城を飛び出した。当然、行き先はベレスと「新しい家族」のいるガルグ=マクだ。
     追いすがる臣下が思わず泣き言を言い出すほどの強行軍を続けること数日、沈黙の中に不安と苛立ちを押し込めたディミトリは、ガルグ=マク近くの村までやってきていた。

    「おや、これはディミトリ陛下。ご無沙汰しております」
    「久しいな、村長。急な来訪で迷惑を掛けてしまった。許して欲しい」
     時刻は昼。ガルグ=マクへはあと一駆けといったところだが、何事にも心の準備というものは必要だ。戦場では勇猛果敢に先陣を切るディミトリも、私生活となると途端に慎重になる――というのは彼に仕えているものなら誰だって知っていたしディミトリも殊更に隠すつもりはなかった。
     ディミトリがガルグ=マクを訊ねる時は必ず立ち寄り休憩を取る村だったから、急に訪れても対応も慣れたものだ。出迎えてくれた村長に丁寧に礼を述べ、ついてきてくれた騎士たちに休むよう命じる。
     ガルグ=マクから北に向かう者たちは必ずこの村を経由していくから、噂話などの類も活発に行き交う場所だ。ディミトリはまずここで、ベレスの身辺に変化があったかどうかを確かめるつもりだった。
    「村長、ガルグ=マクに変わりは無いか」
    「ええ、穏やかなものです。先日は退役なさったカトリーヌ様がおいでなさいましたよ。カロン領に里帰りしたついでに、ガルグ=マクに寄っていくおつもりだったようです」
    「では、レア様のお話なども?」
    「少しですが。順調に回復なさっていると」
    「そうか……良かった。大司教はどうしている」
    「そちらもあまりお変わりないようですが……陛下がこんなに急にいらっしゃるとは、なにかあったのですか?」
     いつもなら事前に日程を伝えて準備を入念にしてからガルグ=マクに行くのが通例だ。突然の来訪とあれば、緊急事態かと不安になるのも当然だろう。
     まさか嫉妬に駆られてフェルディアを飛び出して来たとは言えず、ディミトリはどうにか微笑を浮かべたまま、苦笑いを浮かべた。
    「私用だ。大した事ではないのだが、大司教に急ぎ相談したいことがあってな。手紙を待ちきれないので、俺自身出てきてしまったのだ」
    「さようでございましたか。では、陛下がいらっしゃったと先触れをガルグ=マクに走らせましょうか?」
    「いや、公務でもないし構わない。このまま一休みしてガルグ=マクへ上がらせてもらうとしよう」
     本当なら先に自分が来ていることをベレスに伝えるべきなのは分かっている。夫にして国王といえど、国を支えるもう一本の柱である大司教とは対等な関係だ。本来ならば軽率に謁見が許されるものではなく、もっと準備万端整えて公式に行うべきもだった。
     今回急に訪れた事に対する理由はいくらでも作れたけれど、ベレスの不貞を疑っているという後ろめたさが、ディミトリを消極的にさせている。なるべく騒ぎにならないよう、穏便に済ませたいという気持ちは捨てきれなかった。
    「そういえば、確か大司教猊下の噂話は一つありましたな。他愛の無い話だとは思いますが」
    「ほう、どんな話か聞かせて貰ってもいいだろうか」
    「勿論ですとも。これは先日ガルグ=マクへ村の野菜を届けに行ったものの話なのですが」
     それは、最近大司教の寵愛芳しき者が現れたという話だった。それはふらりとある日ガルグ=マクにやってきて、大胆にも大司教へ直に宿と食事とを求めたのだそうだ。慈悲深い大司教はそれを快諾し、その者は大司教に取り立てられてガルグ=マクにそれからずっといるばかりか、彼女の部屋へ出入りもしているという。時には夜遅くなっても部屋から出てこないこともあり、その寵愛ぶりを皆微笑ましく見守っているのだとか。
    (それは……一般的に不貞というものではないのだろうか……)
     ディミトリは一瞬の激情も乗り越え、却って冷静になって考える。
     村長は他愛の無い話だと言ったが、とんでもない。ファーガスは古来より一夫一妻制で、男女どちらにも妾の存在を許していない。色んな地域の文化が入り交じるガルグ=マクではそういうものも有りと捉える者たちもいるのかもしれないが、ディミトリにとっては言語道断な話だった。
    (流れ者が先生の目に止まった……? 或いは、傭兵時代の知り合いなどだろうか。深夜まで部屋に滞在するなど、常識ではあり得ないことだぞ)
     ディミトリはベレスの良識を疑った事はない。だが長らく傭兵として生きてきた彼女が少々世間ずれしているところもあるのは事実だったから、自分にとっては非常識でも彼女にとっては当たり前というところもあるかもしれない。そういうものを擦り合わせて二人で生きていくのが夫婦というものなのだろうが、まだディミトリとベレスは役目がある為に普通の夫婦のようにずっと一緒に過ごすことができないでいる。
     今年はディミトリの誕生日を一緒に祝って以来会えていないし、ベレスの愛情が失せたとは思わないが別の誰かも可愛がるくらいのことはするのかもしれない。そのくらい長い間、会えていない――それがディミトリの不安を膨れあがらせていた。
    「大司教は、寂しかったのだろうか」
    「それはあるかもしれませんな。冬の間、猊下も陛下を恋しく思っておられたようです。フェルディアへ向かう方法がないかと色々模索されておられたとか」
    「俺を?」
    「はい。毎日、陛下のお姿を描いた絵を眺めておられるそうですよ。北の方角を見ない日はなかったとか」
    「……そうか。俺と同じだな」
     人の口からベレスが自分に寄せてくれる愛情を聞かされるのは面映ゆい。けれど、人の口から伝えられるからこそ間違いなく彼女は自分を愛してくれているのだと伝わってくる。それは、ディミトリの不安をいくらかは和らげてくれた。
     ディミトリだって、ガルグ=マクのある南の方角を眺めなかった日はなかったし毎晩眠る前に彼女の絵姿に語りかけてから眠っていた。きっとベレスもそうしてくれていたのだろう。
     だからこそ尚更、彼女に直接話を聞かねばならないと思った。
    (彼女が気の多い女性だったからといって、俺の愛情は変わらない。まずはこの目で真実を確かめよう)
     会って話してみなくては理解しあうことだってできない。もしベレスが望むならその者を傍に控えさせてやってもいいが、ディミトリがそれを好ましく思っていないことだって伝えておく必要がある。多分ベレスは、それがディミトリを不快な気分にさせるのだと気付いていないだろうから。
    「ありがとう、村長。大司教が元気そうで安心したよ」
    「どうか陛下も、猊下に元気な姿を見せて差し上げてください。きっとお喜びになるでしょう」
    「ふふ、先に驚かせてしまうかもしれないがな。では、そろそろ行くとしよう」
     急な来訪だ、あまり遅くなってはセイロス教団にも申し訳ない。控えていた騎士に目顔で出発を命じると、騎士はすぐに身を翻して休んでいる仲間たちの元へ駆けていった。
    「ではな。もてなし、感謝するぞ」
    「はい、またいつでもお越しくだされ」

     騎士たちを引き連れてガルグ=マクに向かう足取りは、幾らか軽くなっていた。事情を知ったからなのか、それとも腹を据えたからか。ようやく馬に無理をさせるような走り方をやめた主に騎士たちもほっとしたようだった。
     村からガルグ=マクまで一駆け。中天の太陽が傾き始めた頃、唐突に現れた国王とそのご一行に、セイロス騎士団の騎士たちは当然驚いた。慌てて飛び出して来たアロイスに大司教への謁見を求めると、今は街に下りているのだという。それでも構わないので待たせてもらいたい、話があるのだと切々と訴えるディミトリにアロイスはあっさり絆され、騎士たちは宿舎に、そしてディミトリはベレスの執務室へと通されたのだった。
    「こちらでお待ちください。猊下が戻られましたら、すぐにいらっしゃったことをお伝えしますぞ」
    「ああ、ありがとうアロイス殿。突然迷惑をかけてすまない……ところで、こちらに先日ふらりとやってきて先生に可愛がられている者がいると聞いたが」
    「ああ、あれのことですかな。今は……どうやらいないようです。ここにもよく出入りしておりますから、気が向けば姿を見せるでしょう。なにぶん、気まぐれな奴ですからなあ」
     そんなに自由に大修道院の中を闊歩しているということか。新参者にしては大層な扱いで、アロイスもその扱いに違和感は感じていないようだった。さりげなくその者の痕跡がないか部屋を見渡してみたが、これといって前に来たときと変化は見当たらない。
    「そうか……会ってみたかったのだが」
    「ははは、陛下も興味がおありですか。なあに、いずれやってくるでしょう。その時は陛下も可愛がってやって下さい。それでは、私はこれで失礼致します!」
     最後に不思議な事を言い残して、アロイスは意気揚々と部屋を出て行った。扉の向こうにセイロス騎士が立ってはいたが、ひとまず一人きりになったディミトリは深くため息をつく。
    (不貞を働く輩を可愛がれとは、アロイス殿も不思議な事を言う)
     その者が噂通りだったとしたら、ディミトリにとっては恋敵だ。ディミトリとベレスが別々の場所で暮らしている間はいいが、いずれ遷都し共に暮らせるようになったら彼女の寵愛を競う相手になる。その相手を、どうやって可愛がれというのか。
     来客用の椅子に腰掛け、長い脚を持てあますように組んでベレスの帰還を待っていたディミトリは、トコトコと小さな足音を聞いて扉の方を振り返った。外に控えている騎士たちが何やら声を掛け、一声ニャンと鳴いたそれはするりと扉の隙間から中に入ってきた。
    「……猫、か」
     ガルグ=マクには様々な動物が住み着いている。前の大司教レアが小さな生き物を好んで保護していたことから、多くの犬猫が大修道院のそこかしこを歩いていた。学生の頃からディミトリも慣れ親しんできた風景だ。
     入ってきた猫はディミトリの記憶にあるどの猫とも違っていて、身体が大きく茶色のふわふわした毛並みが何とも豪奢な風体の猫だった。
     猫は当然、目の前にいる人間の男が王だとは知らない。当然、知っていても敬意を払うこともないだろう。気ままにディミトリの足下へやってきたかと思うと、ぴょんと彼の膝に飛び乗ってきた。
    「お、おい。俺はだめだ、危ないぞ」
     戦争中、ガルグ=マクで交流の努力を重ねたおかげで犬猫に触れるようにはなった。だがやはり、自分の怪力がこの小さな生き物たちを傷つけてしまうのではないかという不安は常にある。おののき、身を反らして距離を取ろうとするディミトリにはお構いなしに、猫は彼の膝の上で丸くなってしまった。
    「……参ったな。なあ、他にも暖かい場所はあるのにどうしてここなんだ?」
     ふにゃん。猫はディミトリの言葉を理解しているのかいないのか、気のない返事を返してくる。とりあえず撫でてやれば満足するだろうか。恐る恐るそのふわふわの毛を手の甲で撫でてやると、猫は心地よさそうにまた一声鳴いてディミトリの膝の上で寛ぎ始めた。
    (気に入られてしまった……のだろうか……)
     よく見ると、猫の右目は白濁し光を失ってしまっているようだった。左目は綺麗な空色で、好奇心たっぷりにディミトリの顔を覗き込んでいる。ふんふんと顔を近づけてディミトリの鼻先を嗅ぎ、ざらりとした舌に急に舐められてディミトリは危うくひっくり返りそうになった。
    「う、わっ。こら、舐めるのは駄目だ」
     どうにか体勢を立て直し、座り直したディミトリを待っていたかのようにまた猫は膝の上で寛ぎ始める。もう絶対にここからは動かないぞという強い意志を感じ取り、とうとうディミトリの方が降参した。せめて猫のご機嫌を損ねないよう、丸くなった猫の背を無心に撫で続ける。
    (先生は、どのくらいで帰ってくるのだろうか……)
     猫を撫でていると、ここに来るまでの悋気や不安がどうでもよくなってくる。そういえば自分はどうしてここにこんなに慌てて来たのだろうか、とまで考えてしまってディミトリは慌てて首を振った。
     少なくとも猫を撫でに来たのではない。その気ままな間男がいつやってくるかも分からないし、居住まいだけは正しておく必要がある。きりりと表情を引き締め、背を伸ばし。それでも猫を撫でる手は止めずに暫く待っていると、騎士たちが緊張する様子が伝わってきた。
    「猊下、お帰りなさいませ」
    「お帰りなさいませ。お疲れ様でした」
    「ありがとう。君たちがここにいるということは……誰か、来客?」
    「は。それが……その」
    「ディミトリ陛下が、おいでです」
    「えっ? ディミトリ、が?」
     驚くベレスの声色には、喜色が滲んでいた。それは私室に新参者を招き入れて寵愛しているという女の声ではなく、間違いなくディミトリが愛しディミトリを愛してくれている妻の声色だ。
     勢いよく扉が開かれ、ベレスが部屋の中に駆け込んでくる。その音に驚いた猫が膝から飛び降りたのを機にディミトリも立ち上がると、胸の中にベレスが飛び込んで来た。
    「ディミトリ! ああ……本当にディミトリだ。どうしたの、突然」
    「久しぶりだな、先生。元気そうでよかった」
    「君も。もう街道は行けるようになったんだね」
    「ああ。少々無理をして、供の者たちを困らせてしまった」
    「そんなに急ぎの用件だったの? ああ、ごめん、ありがとう」
     気を利かせた騎士が茶器一揃えを卓に置いていく。退室と一緒に猫も引き取ろうとしたが、まるで液体のようにするりと騎士の腕を抜けた猫は執務机の下へ入って行ってしまった。構わない、とベレスに目顔で言われ、騎士がまたしずしずと出て行くと部屋は二人と一匹だけになる。
     ベレスは二人分の紅茶を淹れて、執務中のようにディミトリの向かいに座ろうとして少し考え、ディミトリの隣に腰を下ろしてきた。ぽふん、とディミトリの方に寄りかかってくる彼女の肩を抱き、微かに伝わってくる温もりにディミトリも表情を和ませる。
    「それで、そんなに君が急いでやってきた用件って?」
    「先日くれた手紙に書いてあっただろう。新しい家族が増えたと」
    「ああ、あの事。勿論早く君に伝えたかったけど……そんなに急がなくてもよかったのに」
    「すまない、俺が我慢出来なかったんだ」
     やはりベレスに悪びれた様子はない。新しい家族とやらが、ディミトリには考えられない存在だという自覚はないのだろう。軽く嘆息して、ディミトリはどうにか話を続ける。
    「噂を、聞いたんだ。ここにふらりとやってきた者が、お前の寵愛を受けていると」
    「噂? 私の寵愛って?」
    「ある日ふらりとここにやってきて、お前に気に入られ昼となく夜となく部屋に出入りを許されている者がいると聞いた。新しい家族とは、そういう男がお前の傍にいるのだと……そう思ったら居ても立ってもいられなくなった」
     自分の嫉妬を他でもないベレスに打ち明けるのは、顔から火が出るほど恥ずかしい。だがそれが嫌なのだと伝えなければベレスは分かってくれないだろう。
     視線を彷徨わせ、苦しそうに告げるディミトリの顔をベレスは目を丸くして見つめている。やはり伝わらないのか――半ば絶望にも近い思いで彼女の顔を見つめ返すディミトリの前で、ベレスはにこりと笑った。
    「そういうことだったんだね。君は、私が君に会えないのをいい事に他の男を連れ込んでると」
    「お前を信用していないわけではないんだ。だが、お前の手紙に書いてあった新しい家族というのもそれなら説明がつくだろう?」
    「君は心配性だね。でも、君の傍にいてあげられない私がいけないんだ。そんなに不安にさせてしまって、ごめん」
    「い、いやっ! 先生が悪いわけではない、俺が……俺の狭量が、いけないわけで」
    「でもね、安心して。その噂の彼というのは、君が心配しているような相手じゃないと思うよ」
     ディミトリの顎先に短く口付け、ベレスはつと立ち上がる。彼女が向かったのは執務机で、そこにかがみ込んだ彼女は机の下から何かを持ち上げてきた。
    「それは多分、この子の事だ」
    「……ねこ……?」
    「そう、猫。ある日外からふらっとやって来たんだよ」
     さきほどディミトリの膝の上で遠慮なくくつろいでいた猫は、ベレスに抱え上げられて不満そうに一声鳴いた。ごめんごめんと詫びて膝の上に乗せられると、満足そうに喉を鳴らす。
    「こんなに大きな猫は今までガルグ=マクにはいなかったし、よそから来たんだと思うんだけど。どうも気に入られてしまったみたいで、よくこうして膝に乗ってくるんだ」
     物怖じせず人の膝に乗ってくる辺り、人馴れしている。飼われていた猫が何かの理由で飼い主と住処を失ったのだろう。ふてぶてしい態度も、飼い主に愛されていた証拠だと思うとなんだかかわいそうになってくる。
     ぽかんと猫とベレスとを見比べるディミトリは、すっかり毒気を抜かれてしまっていた。
    「誰かに世話を任せようかとも思ったんだけど、目とか毛並みとかを見ていたら君みたいだなって思ってしまって。つい、そのままにしてしまったんだ」
    「では、俺は猫を間男と勘違いしていた、と」
    「誰も猫だって言ってくれなかったの? まあ、大司教の部屋に猫が一匹入っていったところで大した話ではないし、誰かが意図的に猫だってことを伏せて噂にしたのかも」
     そう言われてみれば、誰も男だとは言わなかったし不貞というには軽い話し方をしていた。ディミトリは自分の不安からとっさに男だと思ってしまったが、きっと噂を聞いた人々は猫か犬のことだと思ったに違いない。
     自分の狭量と早とちりとが猛烈に恥ずかしくなって、ディミトリは膝に抱え上げたクッションに顔をうずめるようにして身体を折りたたんだ。
    「すまない……本当にすまない、先生。俺は自分が恥ずかしい……!」
    「ううん、私が思わせぶりなことを手紙に書いたのがよくなかったんだ。嬉しくて、君に早く知らせたくてずっと冬が終わるのを待っていたから……つい、我慢できなくなってしまった」
    「そんなにこの猫のことを気に入っているのか」
    「うーん、この子のことも教えたかったけど。こんなにふわふわで気持ちいいし」
     確かに、猫の毛並みはふかふかのつやつやで触り心地がいい。だが、ベレスの口ぶりでは「新しい家族」というのはこの猫ではないようだ。クッションから顔を上げ、目を瞬かせるディミトリの方に、ベレスはまたぽふんと寄りかかってくる。
    「でも、私は言葉通りの意味で手紙を書いたんだけどな」
    「言葉通り?」
     ベレスの送ってくれた手紙の一文を思い出す。
     ――新しい家族が増えました。
     最初は不貞を疑い、それは猫のことだったとわかったけれど。家族。そうだ、自分とベレスはもう家族なのだったとようやく思い至り、そして。
    「まさか」
    「わかったのはもっと前だったんだけど、そっちは雪が深くてふくろうも飛べなかったでしょう? ずっと、伝えられるのを楽しみにしていたんだ」
     じわじわとこみ上げてきていた喜びが、ベレスの浮かべた幸福そうな笑顔で一気に弾ける。気がつけば、ディミトリはベレスを思い切り抱きしめていた。
    「できたのか、俺たちの子供が!」
    「うん。生まれるのはまだ先だけど。君の誕生日の時に、きっと来てくれたんだね」
    「そうか……ああ、そうか。ありがとう先生、本当に俺たちの家族が増えるんだな」
     結婚してすぐにフェルディアとガルグ=マクに別れ別れになってしまったから、子供なんてもっと先の話だと思っていた。だからこそ手紙の文言も文字通りに捉えられなかったし、不貞さえ疑ってしまった。
     それだけに喜びは大きく、ディミトリはぎゅうぎゅうとベレスを抱きしめ、頬ずりをする。ベレスの膝にいた猫まで間に挟まれて迷惑そうにふにゃあと鳴いたのもまるごと抱きしめ、ディミトリは涙ぐんでいた。
    「そうだな、悪かった。お前も家族の一員だよな」
    「ふふ、修道院の子たちを入れるとすごい大家族だね」
    「どれだけいたっていいさ。全部、この子の」
     まだ膨らんではいないベレスの腹にこわごわ手を当て、その奥にある生命の芽吹きを感じようと目を閉じる。いつもと変わらないなめらかな腹部は、いつもより少し温かく感じられた。
    「産まれてくるこの子の、兄であり姉になるんだからな」
    「だってさ。君、半年後にはお姉さんになるんだよ」
     どうやらメスだったらしい猫は人間たちの感動もどこの空、気ままに毛づくろいを始めている。その微笑ましい様子に二人は顔を見合わせて。こつんと額を重ねていた。
    「すぐに君が来てくれて嬉しかった」
    「浮気していると勘違いしたのに?」
    「だって、手続きを無視して駆けつけるくらい嫉妬してくれたんでしょう?」
    「俺は自分で思っているより嫉妬深くて臆病なのかもしれない」
    「可愛いよ。私だって、同じ立場だったら君のところに飛んでいくかも」
    「いつだって来てくれ。ああ……速くお前と同じ場所で暮らせるようになりたい」
    「いつか必ず、その日は来るよ。だってこんなに私たち、愛し合っているのだから」
     その日まではまだ遠いけれど、いつかは。ベレスと、子供と、大勢の「こどもたち」と暮らせる日を迎えたい。その気持ちを新たにして、ディミトリは愛しい妻に口づけを捧げる。
     春の訪れのような優しい口づけを交わす二人の間で、毛づくろいを終わらせた猫はきょとんと二人を見上げて見比べた後。
     にゃあん、と満足そうに鳴いてまたベレスの膝の上で微睡み始めるのだった。
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