雨雨
せだごえ
遊星+遊作
部屋で仕事をしていた遊星は、空から打ち付ける音に顔を上げた。眼前に映る窓は激しい雨のせいで外の様子が解らない程だ。未だ学校にいるだろう中学生の遊馬、遊矢を迎えに行くべく遊星が準備をしていると部屋の扉がノックされ、その後に一足先に帰ってきていた遊我が入ってきた。
「遊星さん」
「遊我か。俺は遊馬達を迎えに行ってくる。悪いが風呂の準備をしておいてくれ」
「解った」
不安そうに入ってきたのは遊星がまだ仕事をしているからという遠慮からなのだろう。ライダースーツに身を包んだ遊星を見るなり顔を明らめた遊我は言われた通り風呂の準備をしに階下に降りて行った。遊我を見送った後、二人用のカッパ、タオル、そしてビニール袋を幾つかバイクに詰め込んだ遊星は中学校に向けてバイクを走らせた。といっても遊星のバイクは基本1人乗り用なので、サイドカーを取り付けるのだ。
先に迎えに行くメールを遊矢に送っていた遊星は、学校に着くと校門を越えて玄関ホール付近にバイクを止めた。
「遊星さんっ」
屋根がある場所に止め、荷物を出しているとバイクの音で気づいたのか、遊矢が駆け寄ってきた。
「助かりました。今日降るって天気予報で言ってましたっけ…」
遊星から受け取ったカッパを着ながらぼやく遊矢に遊星は苦笑した。
「いいや、言ってなかったな。所で、遊馬にはちゃんと連絡が届いているか」
「んちゃんと電話しましたよ」
「ありがとう」
遊矢の荷物をビニール袋に入れて口を閉める。それを遊矢に渡しながら遊星はバイクに跨がった。
何かあると怖いからと後輩皆にはスマートフォンを渡しているが、その中でも遊馬は『いつの間にか連絡がきていた』『きがつかなかった』タイプの人間だった。つまり殆ど触りもしなければ確認もしない、困った後輩なのだ。なのでこういう早く連絡をつかせたい場合に少々不安が残ってしまう一人だったりする。しかし近い年齢の遊矢は逆に頻繁に触るタイプの人間だった。そのお陰で確実に連絡を入れたい時は遊矢に頼るのが一番なのだ。その遊矢からの太鼓判に遊星は安心し、次の目的地である遊馬の学校に向けて走らせた。
「ゆーせーさーーーん」
「えぇ何出てるんだよ」
痛い程の豪雨の中、校門で待っていたらしい遊馬はびちゃびちゃで遊星達を迎えた。あまりの光景に遊矢が慌てる。一先ず屋根のある場所に移動して水浸しの遊馬にタオルを渡す。
「もーなんで外に出てるの」
「ワリーワリー。連絡来る前にもう出ちまっててー…」
ガミガミ言いながらも遊矢は遊馬の頭を拭いてやり、遊馬は謝りながら自分の身体を拭いていた。仲の良い二人に遊星の顔は緩むも遊馬の荷物をみて固まってしまった。
「…」
そこには鞄から始まり、中の教科書や筆記用具、更にはDゲイザーまで見事に水没している光景が広がっていた。深い溜め息を吐きつつとりあえずきちんと袋に入れた遊星は、まだ騒いでいる二人に声をかけた。
「おい。帰るぞ」
「「はーい」」
揃って返事をしてくれる後輩に笑いながら遊星は、帰る為にエンジンをかけた。
「お帰りなさい」
「ただいま~遊我~も~散々だよ~」
「ただいまっ」
「二人は先に風呂に入っていろ。…遊戯さん達は」
遊星は家で出迎えてくれた遊我に遊戯、遊作の詳細を聞こうとした。
十代はまた精霊界に呼ばれていて戻っていないのだ。
「遊戯さんはまだ会社。今夜はそっちで泊まるみたいだよ。遊作さんは…迎えに行ってないの」
「え」
遊星はてっきり遊作は彼の相棒であるAiが迎えに行っているとばかり思っていたので遊我の答えに驚いた。
「あれ遊星さん知らなかったんですかAiはSOLテクノロジー社での新開発に関わっててその発表会で2、3日帰って来れないんだよ」
「…知らなかったな…」
聞かされていない事実に遊星は踵を返して玄関に向かう。
「あっ待って下さい」
「」
「はい、タオルとビニール袋」
遊我に渡されたことで思ったより動揺していた自分に遊星は面食らってしまった。
◇◇◇
止まない所か激しくなっていく一方の雨を眺めながら遊作は立ち尽くしていた。最初は時間が経てば止むだろうと踏んで教室で時間を潰していたが、徐々にその雨音が激しさを増していくにつれて失敗したな、と顔を顰めた。
教室にいたクラスメイトも一人、また一人と帰る中とうとう最後の一人になってしまった遊作は、教室の鍵を返してからというものの校内をただ徘徊していた。空模様は真っ暗で、しまいには雷の音すら聞こえてきていた。
(…)
雨のせいで気温が下がってきているらしく、肌寒く感じた。こういう天気の悪い日はいつだって相棒のAiが何かしらして遊作の気を紛らわしてくれた。
それは多分。
「っ」
ゴウウッという雷鳴が響いて雷が落ちたことを告げられる。少し肩を揺らした遊作は後ろを振り返った。そこには誰もいない廊下があり、下校時刻を過ぎている為電気も点いていない暗い空間が広がっていた。自らの靴が辛うじて音を鳴らしている。
真っ白な空間ではないし、閉塞的な場所でもない。だが誰もいない。それが今の遊作にとってあり得ない場所になっていた。
復讐を終え、理解し、全てを終えた遊作には遊戯を初めとした『家族』ができた。彼らは皆明るく、優しく遊作を迎え入れてくれたし、初めての後輩の遊我も遊作に懐いてくれている。空白の10年と比べられないくらい沢山の人と一緒にいる時間が増えた遊作の日常には、一人の時間が殆どない程少なくなっていたのだ。たまに一人で居たくなったりもしたが、その時は決まってVR空間に飛んでいた。
「………弱く、なったな…」
過去の自分からでは想像できなくなるくらい、今の遊作は温かい空間に慣れすぎていた。皆に救われていたのだと自嘲気味に笑った。
「…」
ポケットに入れているスマートフォンが振動する音に気づいて遊作は手に取った。
「はい」
『遊作かっ』