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    sabamisodaisuk1

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    sabamisodaisuk1

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    現代AU

    自分の中で妄想してる「介護施設で働くオクジーくん」という時空があり、その中の書きたいとこだけ書いたやつです
    以下存在しないあらすじ↓

    作家を志しつつ、ヘルパーとして高齢者介護施設で働く青年・オクジー。
    ある日、高名な学者である入所者・ピャスト氏のもとに奇妙な男が度々訪ねてくるようになる。バデーニと名乗る彼の傲慢な態度と奇行に悩まされつつ、強くは出られないオクジーだったが……

    #オクバデ
    okubade

    雪の日のオクバデ「うわ……もうこんなに積もってる」
    午後七時。正面入り口の門を閉めに外へ出ると、早くもあたりは真っ白な雪景色と化していた。朝の予報では、降雪は夜中からだと言っていたのにあてにならないものだ。
    早めに車のタイヤを替えておいてよかった、と思う。例年よりずっと早い大寒波。ホールのテレビも、さっきからそのニュースばかり流している。この分だと翌朝の通勤にも響きそうだ。スタッフに欠勤が出なければいいが……などとあれこれ思い巡らしていると、
    「ぶえっくしゅ!」
    と大きなくしゃみの音がしてそちらを見た。
    「えっ。あれっ、バデーニさん!?」
    「どうも。良い夜だなオクジーくん。クソッ」
    と毒づきながら鼻を拭う。
    「どうしたんですか? すいませんけど、面会時間ならもう終わりましたよ」
    「だろうな。バスが来ないので歩いて来たが、やはり間に合わなかったか」
    「何もこんな日に来なくても……」
    「君はどうだか知らんが、私は、出来るだけの努力もせずに予定を変更したりはしない」
    とバデーニさんは吐き捨てるように言うと、正面入り口すぐ横にあるバス停へ歩み寄り、自棄になったように、雪がたっぷり積もったベンチの、その雪を払うこともせずにどかりと腰掛けた。そうして携帯端末を取り出し、顔の間近に近づけて弄っている。
    「……あの。たぶんですけど、ここにもバスは来ないと思いますよ」
    「だろうな。だから、タクシーを探している」
    「ああ……」
    「だが、つかまりそうもない」
    バデーニさんは言って舌打ちした。
    「でしょうね……何せこの大雪ですから。通行止めとか事故とかも起きてるみたいですし」
    「クソッ」
    バデーニさんは携帯をポケットに突っ込むと、立ち上がった。
    「えっ、どこ行くんですか」
    「歩いて帰る」
    「そうですか……あの……家どこですか?」
    「◯◯通りX X- X」
    「えっ? めちゃくちゃ遠いじゃないですか。歩いたら何時間かかるかわかりませんよ」
    すたすたと歩き出した肩を掴んで止めると、くるりと振り向いて、色の薄い瞳がまっすぐに俺を捉えた。
    「では、どうしろと言うんだ」
    「…………。」
    少しだけ逡巡する。が、考える余地はないと思った。
    「俺、送りますよ。もうすぐ上がりなんで」
    「は?」
    「いちおう車あるんで……」
    「走れるのか」
    「はい。タイヤは早めに替えときました。まあでも、ボロ車なんでエンストはするかもしれないですけど。ははは……」
    何か言われるかと思ったが、返事は思いの外あっさりしたものだった。
    「そうか。では、そうしてくれ」
    拍子抜けすると同時に、俺はなぜか少しだけ嬉しいと思っている自分を発見していた。


    「お待たせしちゃってすいません」
    「謝罪はいい。この時間歩いたとしても大した距離にはならない」
    「はは……じゃ出しますね」
    退勤して外に出ると、雪の降り方はますます激しくなっていた。フロントガラスの上で、ワイパーが幾分ぎくしゃくとぎこちなく動いては、雪を払いのけていく。バデーニさんはそれを見ているのかどうなのか、正面に顔を向けて、何も言わず助手席に座っていた。
    俺の車の助手席にバデーニさんが……何とも奇妙な気分になる。
    「あの、バデーニさんは車、乗られないんですか?」
    「運転免許取得には単眼0.6以上の矯正視力が条件、私は不適格だ」
    「あ……すいません」
    慌てて謝りつつも、遅れて彼の視力が思っていた以上に良くない事実に、胸の痛みを覚える。よりにもよって、どうしてそんな話題を振ってしまったんだろう、俺は。
    「あの、えっと……責任もって安全運転しますんで……」
    「そうしろ。君の能力は疑ってない」
    「え……はは、ありがとうございます……」
    などとへらへら礼を言って、それっきり会話の引き出しがなくなった。
    ワイパーの音と、雪道を走る車の走行音だけが静かな白に包まれた街を走り抜けていく。
    しばらくそうして黙っていて、やっと話題を思いついた。
    「あの……バデーニさんは雪は好きですか? いやこんな風に交通が麻痺したりして、いいことないとは思うんですけど、それはそれとして雪自体というか、特に困らずにゆっくりできる環境だったとしての話なんですけど」
    返事はない。
    「ってすいません下らない話して……どうでもいいですよねそんなこと。黙って運転しますね……あっそうだバデーニさん寒くないですか? ボロなんであんまりエアコンの効きがよくないんですけど」
    返事がない。
    「バデーニさん……?」
    ちらりと隣を見やる。するといつの間にか、バデーニさんは座席に体を埋めるようにして目を閉じていた。……眠っている。
    「……ふ」
    思わず笑いがこぼれた。俺みたいな親しくもない人間の車に乗り込んですぐ、こんな風に眠ってしまうなんて。よほど疲れていたんだろうか?
    「はは……よかったです。温度は大丈夫みたいですね」
    当然、返事はない。
    響いているはずの彼の寝息は、車の走行音に紛れて聞こえない。それがなんだか少し残念だった。


    告げられた住所近くまで車を走らせて、異変に気付いた。
    あたり一帯がひどく暗い。街灯にも、道沿いの建物にも明かりはなく、ひっそりと暗闇に沈んでいる。どうやら停電のようだ。
    「あー……やばいなぁ」
    呟きながら、慎重に車を運転する。
    さいわいなことに他に通行する車はほとんどなく、歩行者も見当たらない。皆、雪を避けて早々と家にこもっているのだろうか。俺のボロ車のヘッドライトだけが空気を裂いて、真っ白な雪と暗闇とを浮かび上がらせる。
    やがて携帯端末のナビは、一軒のアパートの前で目的地到着を告げた。そこもやはり建物全体が真っ暗だ。
    建物の前に車を止め、外に出て住所を確かめた。やはり間違いはなさそうだ。気の毒に、バデーニさんは今夜あまり文明的な過ごし方は出来そうにない。
    そんなことを思いながら、一呼吸してドアを開け、まだ眠っている彼に声をかけた。
    「バデーニさん……あの、バデーニさん。着きましたよ」
    「ん……」
    揺り起こすとやっと目が開く。
    「ここであってます? お宅」
    「ああ……」
    バデーニさんは目を瞬いて、まわりの景色を見た。
    「あの、この辺り停電しちゃってるみたいですね。気の毒に……」
    「……そうだな。まあいい、今夜はもう寝る。では」
    バデーニさんは眠そうな掠れ声で答えると、躊躇なくドアを開けて外に足を踏み出した。雪の積もった路面。
    「あっ足元、気をつけて下さいね。ああっ」
    言ったそばから、バデーニさんは足を滑らせてバランスを崩した。慌てて腕を伸ばし、彼の体を捕まえる。腕に感じたその体重は思いのほか軽かった。
    「だ、大丈夫ですか?」
    「っ、すまない」
    そう言いながら立ち上がるが、やはり足元は覚束ない。視力のせいか、それとも寝起きのせいだろうか。
    「だ、大丈夫ですかバデーニさん? 目覚めてます? ずいぶんよく眠ってましたけど」
    「ああ……最近あまり眠ってなかったからな」
    「そうなんですか。研究……ですか?」
    「まあ……そうだな」
    曖昧に答える。あまりプライベートのことを話したくないのかもしれない。だとしたら、家までのこのこやって来た俺はだいぶ招かれざる客じゃないだろうか……と、親切にしてあげている立場の筈なのに、なぜか気まずくなる。
    「あの……お部屋、何階ですか?」
    「八階だ。一番上」
    「エレベーター……は、止まってますね」
    「階段で行く」
    指差したその先にあるのは外階段で、そこにも雪がだいぶ積もっている。俺は迷ったが、やはり上まで付き合うべきだと思った。彼が足を滑らせて大怪我をする光景が頭に浮かびすぎたからだ。
    「……部屋まで送ります。危ないんで……」
    意を決してそう言うとバデーニさんは素直に頷き、ではそうしてくれ、とだけ言った。


    何度も雪に足を取られそうになっては舌打ちするバデーニさんを見守りつつ、最上階まで階段を登る。そうして彼の部屋に着くころには、すっかり汗をかいてしまった。
    バデーニさんはと見るとやはり息が上がって辛そうだ。寝不足と言っていたから、体調もあまり良くないのかもしれない。
    「今日はあったかくして、ちゃんと寝て下さいね。停電で何も出来ないでしょうし」
    「そうする。もっともヒーターも止まっているから、暖かく眠れるかは疑問だがな」
    「はは……まあ、毛布とかありったけ出して」
    「ありったけと言っても一枚しかないが。まあ問題ない」
    バデーニさんはちらと俺を見上げると、唐突に言った。
    「君は体温が高そうだな」
    「えっ……さあ、どうですかね」
    俺が返答に困ってへらへら笑ってみせると、バデーニさんはもう興味をなくしたのか部屋のドアに向き直った。そしてポケットに手を突っ込む。鍵を取り出すのかと思えば、出したのは財布だった。
    そしてそこから紙幣を数枚掴み取ると、俺に差し出す。
    「ほら」
    「はい?」
    「ここまで送らせたガソリン代と手間賃だ」
    「えっ、いいですよ。そんなつもりじゃ」
    「君に施しを受ける謂れはない」
    施し、と言われて逡巡した。俺としては固辞したかったが、頭をよぎったのは先程の車内の会話だった。視力の問題で運転免許が取得できないと、淡々と事実を述べるように言った彼の横顔がよぎる……自分で車を運転することが出来ない彼の、これがプライドなのだとしたら?
    「えっと……受け取った方がいいんですよね?」
    「そう言っているが」
    「じゃあ……はい。スイマセン」
    俺がおしいただくようにして紙幣を受け取ると、バデーニさんは財布をしまって今度こそ鍵を取り出した。開錠してドアを開けると、当然ながら中は真っ暗だ。
    外より少しだけ暖かい室内の空気がふわりと流れてきて、それは微かにすえたような匂いがする。俺は真っ暗な部屋の中を想像した。この変わり者の研究者が一人で暮らしている部屋……失礼な話だが、居心地よく整えられた部屋とは言い難いだろう、と想像された。
    「どうも世話になった。それでは」
    バデーニさんの声で我に返る。
    「あっはい、どうも」
    「では失礼する。神のご加護を」
    それだけ言ってドアが閉まった。俺は何だか面食らってしまった。
    あの非人間的なまでに無愛想な、研究の世界だけで生きていそうなバデーニさんが、神様のことを口にするなんて。
    「はい。……ありがとうございます。おやすみなさい」
    閉まったドアに向かって馬鹿みたいに返事をしながら、実はあれで信心深い人なのかな、とか、厳格な家庭で育ったとかかな、などと考えてしまった。


    「うわあ……嘘だろ」
    数分後。ボロ愛車の運転席で、俺は絶望していた。
    差し込んだキーを回す。二回、三回。沈黙。
    ……エンジンが、かからない。
    ーー『まあでも、ボロなんでエンストはするかもしれないですけど。ははは』
    小一時間ばかり前に、自分が口にした言葉を思い出す。悪い言葉を口にしてはいけない、みたいなことが聖書に書いてあったっけ……なんてぼんやりと思う。そんなろくでもない軽口が、なにもこんなにすぐ現実にならなくてもいいじゃないか。それも、こんな最悪のタイミングで。
    「……いや、冷静になろう」
    冷静になろう、つとめてそう思って携帯端末を取り出し、加入しているロードサービスに電話をかけてみる。しかし呼び出し音を聞きながらも、正直あまり期待は出来ない。何せこの大雪の夜だ。助けを求めるドライバーでロードサービスはパンク状態だろうから。
    案の定というべきか、長々と続いた呼び出し音を経てやっと繋がった電話口に現れたのは冷淡この上ない機械音声で、コールセンターが現在大変混み合っており、しばらく待つか掛け直すようにという旨を告げた。
    「……こうなったら歩いて帰る……いや……、」
    さすがに無理だ。雪はますます激しくなっている。凍死しかねない。
    「……じゃあ一晩、車の中で……」
    それも無理だ。当然エアコンも死んでいるし、俺は凍死する。
    「……タクシー……」
    それが容易に使えないから俺はここにいる。
    「…………。」
    どれだけ考えても、方法は一つしかなさそうだった。


    「……バデーニさん、バデーニさん……あの、すいません。夜分にすいません」
    さきほど下りたばかりの階段を再び八階まで上り、彼の部屋のドアをノックする。返事はない。
    「あのー……すいません……」
    こうしている間にも、全身にかいた汗が冷え始め、寒さは深刻になっていく。俺は躊躇いながら、ドアノブに手を掛けた。……ドアが開いた。
    「あっ。すいませーん、バデーニさん、あの」
    おそるおそる室内に一歩足を踏み込む。と、何か大きな柔らかいものにつまづく。
    「えっ、……うわっ、バデーニさん!?」
    玄関ドアから一歩のところに落ちていた何かは、他でもないこの部屋の主、バデーニさんだった。
    「ちょ、バデーニさん、何でこんなところで」
    「……ん?」
    床の物体がゆっくりと身を起こす。
    「……オクジー君か? どうしてここにいる」
    「あの、それが、車がエンストしまして。一晩ここにいさせてもらえないかと……それよりバデーニさんは大丈夫ですか? なんで、」
    「すまない寝ていた」
    「寝て……、こんなとこで寝ないで下さい」
    「ここで過ごすのは構わないが、君のベッドはないぞ」
    言って、バデーニさんは再びぐにゃりと床に身を横たえる。
    「……それでもよければ……まあ好きに過ごすといい」
    「いや俺よりバデーニさん、あなたのベッドはあるでしょ。ちゃんとベッドで寝て下さい、ベッドどこですか」
    「……寝室は廊下の突き当たりだ……クシュッ」
    と、くしゃみをする。
    「ああもう、廊下の突き当たりですね?」
    暗闇の中を手探りして、バデーニさんらしきものを掴み、引き起こす。
    「よいしょ、ほら立って下さい」
    両腕に感じる彼の体重……身長の割に軽い、と、先程も思ったことを思い出す。
    「……君は、」
    半ば体重を預けながら振り向いたのか、俺の胸のあたりで彼の声がした。
    「……思った通り、温かいな」
    嘆息するような彼の声。
    そう言う彼の体温を腕の中に感じる。この人も人間で、体温があるんだな……と、そんな当たり前のことが、こんな寒い夜には何だかひどく感慨深く思えた。


    想像通り、部屋の中は居心地よく整えられているとは言い難かった。と言っても、暗くてほとんど見えないのだが。どうにか手探りで進んでいると、床に放置された物に蹴躓き、あやうく転びそうになる。
    「バ、バデーニさん。ベッドどこですか」
    「窓辺だ」
    「窓辺って?」
    「そこの」
    「そこって?」
    目を凝らし、一歩踏み出す。と、床に落ちていたなにかで足が滑り、今度こそ俺は派手に転倒した――
    「!? うわっ、」
    体を強打する痛みを予想し、身構える。が、つんのめった体を受け止めたのは思いがけず柔らかい感触で――
    「ここだ」
    傍らでバデーニさんが言った。倒れ込んだのは彼のベッドの上だったらしい。手探りすると手のひらに触れるシーツらしき布の感触。
    そしてすぐそばにバデーニさんがいる。彼のベッドに、彼と一緒に横たわっている――
    「うわ。すいません……」
    身を起こそうとするが上手くいかない。身体に何かが絡まっている。どうかした拍子に、バデーニさんと縺れ合う形になってしまったらしい。
    「あの、バデーニさん、すいません」
    もぞもぞと身動きする気配がして、それから何か柔らかいものが体に被さる感触がした。一瞬混乱して、どうやら毛布を被せられたのだと気づく。
    「あ、あの。バデーニさん?」
    「さっきも言ったがベッドは一つしかないからな……君もここで寝ろ」
    「えっ。いや……」
    傍らの身体がもそりと動いて、密着する。
    「うわ、ちょっ、」
    「動くな。寒い」
    「いやバデーニさん、」
    「暖かくして寝ろと言っただろう。ヒーターが止まってるんだ。泊めてやるから体温くらい提供しろ。何か文句があるのか?」
    「ええー……、」
    困惑する俺に構わず、バデーニさんはぴたりと俺に身体を擦り寄せ、しばらくもそもそと身動きして、やがていい感じのポジションを見つけて満足したのか動かなくなった。俺の肩口にたぶんバデーニさんの頭がくっついている。……昔飼っていた猫を思い出す。
    あるいは、と考え巡らせる。
    彼はゲイでこれは性的誘惑の一種なのだろうか? なにせ文字通りベッドに連れ込まれたのだ。そう解釈しても不思議はないはずだ。
    動くと怒られるので、そろそろと首を回して彼の様子を伺う。……密着したきりそれ以上の動きはなく、彼は早くも寝息を立て始めている。……やはり性的な意図はないらしい。それはそうだろう。彼に限って。しかし。
    「……あのー……、バデーニさん」
    「何だ」
    「あんまりこういうことしない方がいいと思います」
    「は?」
    「誤解を招くと思うので」
    バデーニさんは不機嫌そうに身じろぎして、俺の顔を見た。そういう気配がした。
    「誤解と言うと?」
    「だからその……性的な」
    「何だ、下らん」
    彼は面倒そうに言い捨てた。
    「君らのような低俗な一般人はセックスのことばかり考えているからそういう発想になるのかもしれんが、私には関係ないことだ」
    「関係ないじゃ済まないですよ、あなたがどう思っても」
    「は?」
    「ですから、」
    少しむきになって言葉を続ける。
    「誤解した結果、例えば俺がバデーニさんに、その、乱暴するかもしれないじゃないですか。そちらにその気がなくても。だから誤解を招くようなことはしない方がいいと……」
    「は?」
    軽蔑したような疑問符が発された。
    「君は私に乱暴するのか?」
    「いやしませんけど」
    「なら問題ないだろう。仮定にしても下らん話だ。議論する価値がない」
    話は終わりだ、とばかりに彼は目を閉じた。そういう気配がした。
    「はあ……スイマセン」
    俺だって間違ったことは言っていないつもりだが、何となく論破された感じになって沈黙が訪れた。
    「……フッ」
    唐突にバデーニさんが笑った。
    「な、何ですか?」
    「君は私に対する身体的優越を確信しているんだな。結構、正当で肯定的な自己評価を持つのは良いことだ」
    「は、はぁ」
    「思うに、私は身を守るために君を殺すことができるだろう。だがしないだろうな。損失が利益より大きいと判断するからだ」
    「……?」
    顔を見ると、彼の瞳が俺を見ていた。今度ははっきり見てとれた。暗闇に目が慣れてきたらしい。
    「現状、たかが貞操と引き換えに罪を負うのは割に合わない。だからこれは決して同意ではないが、私に乱暴したければするといい。私は抵抗しない」
    「えっ、いや……、だからしないですって」
    「そうだな」
    「…………。」
    それで話は終わったようだったが、俺は何かがモヤモヤするのを感じた。自分の気持ちを言語化したくて、しばらく暗い天井を見上げた。
    「……貞操っていうのはどうなんでしょうか」
    「は?」
    「尊厳、だとしたらどうですか。あなたは守りたいと思わないですか」
    「……一考の余地がある」
    驚いたようにバデーニさんは言った。
    「考えてみよう……が、ひどく眠い。眠りそうだ……」
    「あっはい、寝て下さい。すいません……」
    バデーニさんが小さく笑った気がした。
    ほとんど寝言のように、彼はもう一度、「君は温かい」と言った。
    やがて寝息が聞こえ始めた。
    ……俺は目が冴えて、そして奇妙に胸が痛むのを感じた。彼には人をそうさせるところがある……と、そう感じる。
    ……それは彼の整った、傷だらけの顔のせいだろうか? それとも視力の欠損のせい? 苛烈すぎる性格のせいだろうか?
    というかそもそもの問題として、俺は、彼とこうしているのが別に嫌ではなかった。まずそれが驚くべきことかもしれない。こんなに感じが悪くて、およそ人好きする要素のない人なのに。
    考える。
    顔の傷や視力の欠損は人のあわれみを唆るし、俺だってそういった感情と無縁ではないだろう。そして苛烈すぎる性格は人の反感を買う。それもまた、俺だってあまり怒ったりはしない性格だが、いい気持ちはしない。
    相反するその二つの要素がまず彼を不可解に、そして奇妙に魅力的にも見せうるのだと思う。
    ……しかし、と俺は思う。
    どちらもきっと彼の本質ではない。当然そうではない。人の本質っていうのはそんなものじゃない。
    ……彼は、
    と俺は、ほとんど直感的に思う。
    きっとすごく純粋な人なのだ。
    根拠のないひらめきだが、なぜか正しいような気がした。
    俺の胸を痛ませるのは、その純粋さなのでは
    ないだろうか?
    ……ちょっと支離滅裂なことを考えてるな、と思って自分を笑いたくなる。……疲れた。色々と疲れる一日だった……エンストした車はどうしよう……明日も疲れる一日が待っている……。
    思考が散漫になってきた。二人でくるまった毛布は確かに温かく、暖房のつかない冷えた部屋でもどうにか眠れそうだ。こうするのが正解だったのかもしれない、確かに。
    …………。
    ……………………。
    ……目を閉じてじっとしていると、バデーニさんの寝息の音が聞こえる……その状況に、今さらのように驚いて目を開ける。
    すぐ目の前で、彼の金髪が光を反射して微かにきらめいている。
    ……ごくわずかな光……光を反射して。
    光?
    どこに? 部屋は真っ暗で、なにせ停電しているのだから、電化製品の小さなライトの類すらない。
    ごく僅かな光……それがどこかにあるはずだ。俺は光源を探して首を巡らせた。
    ベッドのかたわらの窓を見上げる。カーテンもかけられていない、むき出しの小さな窓。光はそこから差しているようだった。
    いつの間にか停電が復旧して、外では灯りがつき始めているのだろうか?
    窓に手を伸ばして、窓ガラスの曇りをそっと拭う。凍てつくように冷たい。拭ったガラスに目を凝らす。
    ……見えたのは電気の明かりではなかった。いつの間にか、雪がやんでいた。雲の切れ間からのぞいた夜空。そこに浮かぶ小さな光の群れが目を射た。
    ほとんどおそれを抱きながら、俺は思った。
    ……ああ、そうか、
    「……星の光だ」
    背筋を震えが走った。
    バデーニさんが身じろぎした。彼の金髪が、また遠い小さな光源を反射して光った。
    はっきりとそれが見えたのだ。
    綺麗だ、と思った。





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