「おれ、じんぺーちゃんのことだいすき!」
「じんぺーちゃん、今日も可愛いね。好きだよ」
「じんぺーちゃんのそーゆーとこカッコ良くて好き!大好き!!」
「愛してるよ♡じんぺーちゃん」
ガキの頃から顔を合わせる度に軽率に可愛いだ好きだと言ってくる幼なじみの言葉に一々反応するのも馬鹿馬鹿しくなって言いたいようにさせてもう何年経っただろう。初めはクラス替えや進学する度に周りの反応が面倒だったが、それさえもひと月がすぎる頃には「コイツらはいつもこうだから」と日常となっていく。ただ、萩原だけでなく俺までセットにされているのは納得していない。
「好きだよ、松田」
「かわいい、だいすき」
高校生になった今も毎日飽きもせず俺に対して好き好き言ってくる萩原の言葉を真に受けた事はない。こいつは誰にでも優しいし、女子にもモテる。相手を喜ばせる褒め言葉やリップサービスも得意だ。それでなくともこれだけ毎日のように好き好き何度も聞かされていればどうしたって慣れてくるし、言葉の重みは感じなくなってしまうのは仕方のない事だろう。それでもうっかり萩原の言葉に本気になってしまわないように気持ちをガードするのも大変で、それがどうにも腹立たしくなって、ちょっとだけ意地の悪い質問で応えてみた。
「どれくらいだよ?」
「へ??」
「いっつも俺の事好き好き言ってるけどよ、一体どれくらい好きなのか言ってみろ」
「どれくらいって……」
萩原の事だからいつものように口先だけの軽い言葉でさらっと適当な答えを返してくるんだろうなと様子を伺っていると、予想に反して真剣な顔で「うーん」と少し考えた後、とんでもない事を口にしやがった。
「出来るなら今すぐにでも結婚したいくらい」
「……は?」
「でも日本じゃ無理だから同性婚ができる海外に二人で移住するか……でも陣平ちゃんが日本を離れたくないから二十歳になったらすぐパートナーシップ制度に申し込むのでもいいよ。まぁ、それでも引越しは必要だし、陣平ちゃんと結婚する為に親の世話になるのは嫌だからやっぱり就職するまでは我慢だよなぁ……」
「…………はい???」
「あー、早く大人になって自立して陣平ちゃんと結婚したいーー!!!」
そんな訳の分からない事を大声でボヤきながら悶絶する萩原の姿に若干引きぎみになりながら、それでもこれ以上萩原の軽口を放っておく訳にはいかない。
「ちょ、待て待て!!さっきから何言ってんだお前???」
「何って……陣平ちゃんの事、どのくらい好きかって聞かれたから。あ、もしかして陣平ちゃんの為なら死ねるかって話?勿論死ねるけど、でも陣平ちゃんの為に死ぬのは一回しかできないから、できるだけ陣平ちゃんの為に生きてからでもいい?」
しれっととんでもない事を言った萩原の目は口調とは正反対に真剣で、まっすぐ俺の姿を捉えて離さない。その目に思わず萩原の戯言を真に受けてしまいそうになるが、逆に本気でもないくせに結婚だの、生きるだ死ぬだの言い出す萩原に段々腹が立ってくる。そんな言葉を軽々しく口にして、もし俺が本気になったらどうするんだよ?!!!俺を振り回すのもいい加減にしやかれ!!!
「バカヤロウ!!誰もんな事言ってねぇだろ!!縁起でもねぇ!!!それに海外で結婚とかパートナーシップとか……軽口もいい加減にしやがれ!!冗談で言っていい事と悪い事の区別も付かねぇのかよ、お前は!!」
「だって冗談じゃないし」
「……は?」
萩原の目は相変わらず真剣で、だけどほんの少しの不機嫌さと、寂しさを滲ませたような影が落ちる。なんでお前がそんな顔をするんだよ?ムカついたのも傷付いたのも俺のはずなのに……
萩原ははぁ、とわざとらしく大きなため息を吐いて少し屈んで俺の顔を覗き込んでくる。いつも下から少し見上げている萩原の整った顔がすぐ目の前にあって、視線の強さに恥ずかしくなったが両頬を萩原の両手に包まれてしまい目を逸らす事も許されない。
「……っ、はなせっ」
「陣平ちゃんさぁ、もしかして俺の言うこと全部口から出任せの冗談だと思ってる?流石に傷付くけど、だったら改めて。全部本気だから」
「全部……って、え??」
「俺が松田を好きなのも、愛してるのも、結婚したいのも、松田の為なら生きて死ねるのも全部、だよ」
「……ッ?!!!」
こいつが俺の事を「松田」と呼ぶのは真剣な時だけで、その口調で俺を好きだと言った。今まで何千回も言われてきたのに、こんなにも至近距離で真剣に告げられたのは初めてで、心臓がばくばくと破裂しそうな勢いで脈を打つ。血液が全身に巡り顔だけしゃなく、手も身体も脳みそさえも熱くて、今にも発火しそうだ。
「別に返事を急ぐつもりはないし、いつまでも待つつもりだけどさ、まさか信用されてないとは思わなかった」
「ちが……っ」
「好きだよ、松田。松田が信じてくれるまでこれからも何度でも言うから。あ、勿論信じてくれても言うけどね」
「はぎ……っ」
「俺にめちゃくちゃ愛されてるんだってちゃんと自覚してね」
好き好き言われすぎて軽く思っていたのに、まさかこんなトンデモナイ覚悟で萩原が俺の隣にいるなんて……分かるはずねぇだろ!!!クソっ、本気にならないように必死に抑えてきた俺の気持ちの方が軽んじられたみたいで腹が立つ!!だからまだ応えてなんかやらねぇよ!!
「これからは真剣に受け止めてやるからもっと本気のお前を、全部俺に寄越せ!!」
そう宣戦布告すれば萩原の垂れた両目は嬉しそうに蕩けて「好きだよ、松田」と今までで一番甘い声で囁いた。