最近、621が戦闘中に何かを言っている。
ウォルターに話しかけているという風ではなさそうだが、あまり大きな音量ではなく、銃撃の音や機体同士のぶつかる音に紛れてしまい、何を言っているのかは分からない。
単なる独り言であればいいが、ウォッチポイントでコーラルの逆流に巻き込まれてからというもの、621に聞こえるという幻聴が関係しているのだろうか。
やはり、調整した方がいいのだろうか。
ウォルターは不安になり、621に直接尋ねることにした。
「621。お前は最近、戦闘中に何かを呟いているようだが、あれは……」
「私が?」
621は自覚がなかったようで、心当たりを探すように宙へ視線を向ける。
そして、ふいに
「ああ、そうだったのか」
と言った。
しかし、ウォルターは特に話しかけていない。
何に621は納得したのか。
「621?」
「……いや、なんでもない。さきほどウォルターが聞いてきたことだが、最近会った人物の真似をしていた……のだと思う」
「最近会った人物?」
「ああ。カーラの知人だ」
621が頷く。
「スロー、スロー、クイック、クイック、スロー。スロー、スロー、クイック、クイック、スロー。……おそらく、私はそう言っていたのだろう」
ウォルターはしばらく考えて、
「……社交ダンスか」
と気づいた。
しかし、すぐに1つの疑問が出てきた。
カーラの知人といえばRadの誰かのことだろうが、あそこに社交ダンスを嗜むような人間がいただろうか。
ウォルターはそれほどRadの人々に詳しいわけではないが、彼らと社交ダンスというものはなかなか結びつかないように感じた。
そして、未だ感情の起伏が乏しい621が社交ダンスに興味を持ったというのも意外だった。
あるいは、単に言葉のリズムが気に入ったのか。
一方で、何にしろ621の関心をひくものがあったことと、いつの間にか621の交友関係が広がっていたことは良いことだとも思う。
「そのカーラの知り合いというのはどんな人間だ?カーラからそんな人物の話は聞いたことがないが」
「それは……」
何故か621は困ったような雰囲気になる。
「とても……変わっている。カーラとはあまり仲良くないようだから、ウォルターも聞いたことがなかったのだと思う」
ウォルターはまだ納得しきれていなかったが、とりあえず
「そうか……」
と返し、その話題を終わらせた。
数日後、別の用事で通信していたカーラに、ウォルターが
「621から社交ダンスを嗜む人間がお前の知り合いにいると聞いたが」
と聞くと、案の定
「あたしの知り合いって……Radのことかい?うちの連中にそんな上品なやつはいないよ」
と言われてしまった。
「しかし、621がその人物に影響されて独り言を言うようになったんだ。スロー、スロー、クイック、クイック、スローと……」
ウォルターの言葉の途中で、カーラが
「げえっ」
という声を出す。
嫌なものを聞いた、という声だ。
「……ビジター、あんなやつの言葉を気に入ったのかい」
信じられないというようにカーラは言う。
カーラの反応から、あまり仲良くないという621の言葉は本当だったらしいとウォルターは思う。
「ビジターにあんな依頼を出すんじゃなかったかもしれないね。ビジターの教育に良くないよ」
「そこまで問題のある人間なのか……?621にそいつとの付き合いは控えるよう言うべきだろうか……」
だが、621の交友関係に自分があれこれと口を出すべきなのかとウォルターは迷う。
交友関係に限らず、621が自分の意思で決めたことをなるべく否定したくはない。
621にせっかく芽生えた自我を摘み取りたくはなかった。
フン、とカーラが鼻を鳴らす。
「別にいいんじゃないかい。どうせ、もうビジターとあいつが会うことはないよ」
「どういうことだ?」
「死んだからさ」
「死んだ?」
621とカーラの共通の知人だという人物はすでに死んでいる。
予想していなかった事実にウォルターは驚き、戸惑う。
では何故、621はそんな人物の真似を?
それほどその人物と親しかったのだろうか?
しかし、621の話し方からはそんな風には感じられなかった。
「ああ、そうさ。だから、あんたがあいつのことを気にすることはないよ。あいつにそんな価値はないからね。……ああでも、ビジターにその独り言はやめさせときな。せっかく綺麗さっぱりおさらばしたってのに、またあいつのことを思い出しちまう。ビジターがあいつみたいなクズになっても困るしね」
ここまで言われるとは、一体どんな人間なのか。
ウォルターはますます"カーラの知人"のことが分からなくなったが、カーラは
「じゃあね」
と言うと通信を切ってしまった。