藤堂君が好きだ。もはや認めるしかなかった。綺麗な女性に憧れたり男女交際を夢見たりAV女優の淫らな姿に興奮したりしていたはずの俺だったのに。気づけば隣の席で爆睡している金髪ロン毛の元ヤン球児に恋をしていた。やってられない。藤堂君といえば意外とデリカシーがあって、野球に真面目で、イップスを克服するくらい根性があって、家族思いで、友情に厚くて、いい奴なくらいで……惚れた欲目という言葉を脳から追い出しておく。
藤堂君とどうこうなりたいかといえば、正直なりたい。恋人に。恋人になるには……無理無理無理! 告白してオッケーしてもらう必要がある。絶対に無理だ。まず告白できる気がしない。なんで胸の内を他人に晒さねばならないんだ。相手に自分の心の生殺与奪の権を与えるなんて、俺にはできない。しかも告白できたとして、藤堂君がオッケーするはずもない。藤堂君のタイプはどうやら清楚系の女子っぽいし。仮に藤堂君が男子に好意を抱くとしても山田君や要君みたいなタイプの方に惹かれるだろうし。
でも恋人になりたい。ならばどうすればよいか。藤堂君に告白させるしかない。しかし藤堂君が俺を好きになるはずがない。困った俺が参考にしたのがBL漫画である。少女漫画みたいなベタな恋愛観がありそうだと思ったけど少女漫画は男女交際メインなので男男交際恋愛漫画ならいいかと思ったのだ。電子書籍だとふとした拍子に親が明細や履歴を見ないとも限らないからわざわざ帽子にサングラスをして紙のコミックを書店で買った。家でこっそりと読み始めて俺は衝撃を受ける。エロい。年齢制限なくていいのか? 俺がAV見てることは棚に上げておく。媚薬を飲んだ受けの痴態に興奮した攻めが手を出して責任取る系の漫画を読んで天啓を受ける。これだ。藤堂君が俺に手を出したら義理がたい藤堂君は責任を取ろうとするだろう! そして我にかえる。媚薬ってどこで売ってるんだよ。精力剤買うのは恥ずかしいし、飲酒は絶対にダメだ。バレたら部に迷惑がかかる。そもそも俺がエロくなろうと藤堂君が勃つ気がしない。
「はあ……」
「んだよ」
「藤堂君には関係ないんで」
「じゃあ意味ありげに溜息吐いてんじゃねーよ」
いつもはもう少し会話が弾んでいるが、今日は俺が話に乗らないのでお通夜みたいだ。バッセンの誘いも断った。
部活が同じで帰り道も途中まで一緒なので必然的に藤堂君と過ごす時間は長くなる。野球をやってる時はいい。恋愛なんかよりチームの勝利が大事だ。でも他の時間での藤堂君との距離感に悩み始めたのだ。悪態ばかり言ってくる相手に欲情することはなかなかないだろう。ましてや藤堂君みたいなタイプは好意をストレートに伝えた方が響く。でも俺にはそれができないからマイナスをゼロにすることを目指したのだ。そうしたら山田君と要君に喧嘩したのかと心配された。悪口軽口言ってる時の方が仲良しと思われてるのも不思議な話だ。
「今日はちょっと寄り道するんで、それじゃあまた明日」
「あ、おい」
いつもの分かれ道より随分手前の交差点で藤堂君とお別れしようと一歩踏み出そうとした。できなかった。ものすごくド派手な排気音のバイクが数台連なって走り去っていったからだ。信号無視だし違反マフラー改造だし早く捕まってしまえ。俺が渡りたかった横断歩道の信号が赤になってしまった。藤堂君側は青なので渡るように促す。しかし藤堂君は渡ろうとしない。
「なあバッセン行かね?」
「さっき断ったじゃないですか」
「テメーのせいで調子悪かったんだよ。付き合えやコラ」
「藤堂君の調子が悪いのなんて俺のせいじゃないでしょう」
確かに今日の藤堂君の打撃練習は散々なものだった。それでも当たったら俺より飛んでる打球もあった。長打の手がかりが掴めない俺としてはちょっとムカつく。あ、信号が青になった。
「じゃ、俺はあっちなんで」
公道なので本気は出してないけど、それでも俺の走りにスタートが遅れた藤堂君は追いつけない。追いかけても来ないようだし。走りながら少し冷静になる。
藤堂君は割と周りをよく見てる。いきなり俺が大人しくなったから、何かあったのかと心配してくれたのかもしれない。アホだな、人を心配して自分の練習が疎かになるなんて。愚かとしか言いようがない。でもあの仲間大好き男に他人行儀な態度をとって悩ませたり、山田君や要君に心配かけたのは俺だ。アホなのは俺だ。恋愛沙汰で周囲を巻き込むなんて、俺のプライドが許せない。となると道は一つ。
家に帰って南京錠と箱を取り出す。BL漫画を箱にしまい、さらに押し入れへと隠す。暴走した恋心を合わせて封印する。そもそも藤堂君が俺を好きになるなんてないだろうし。さっきだって俺を引き止めようとしたくせに腕すら掴もうとしなかった。俺に触れたいと思わせることなんて、きっと無理だ。だから明日からはいつも通りにとことん揶揄って笑ってやろう。俺も藤堂君もみんないつも通りが一番いいのだから。