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    monai

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    monai

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    ドクターとファントムの小話
    グローバル版では未実装のオペレーターズレコード情報を元に書いてます。
    もしかしてネタバレになるかもしれません。

    「ドクター君、はいこれ。フレグランスウォーターよ。寝る前にベッドや枕に吹き掛けてね」
    温室を訪れたドクターへパフューマーが1本のスプレーボトルを渡した。不眠症のドクターはときおりリラックス効果のあるアロマをもらいにパフューマーの元へ訪れていた。
    温室内に置かれているテーブルに並んで座り、香りのよいハーブティーを飲んでいる。訪れた際に出されるお茶やお菓子がドクターの楽しみの一つである。
    トレンドマークでもあるフェイスガードを外しリラックスした表情をしていた。
    「最近はどう?眠れてる?」
    「う…んー、そう、だな…。死ぬほど疲れた時とかは…」
    歯切れの悪い返答を返しながらドクターは誤魔化すようにカップに口をつけた。
    その様子にパフューマーはクスクス笑っている。
    「ドクター君は自分のこととなると全く嘘がつけなくなるわね」
    「ガヴィルが怖いからな…」
    「みんな心配なのよ。倒れるまで無理をするんだから」
    「返す言葉もないです……」

    ドクターがチェルノボーグから生還してしばらくたった頃、理性剤の打ち過ぎとストレス、寝不足によって倒れた。幸い護衛のグラベルが医療部へ緊急連絡をしたため迅速に処置されすぐに目を覚ました。
    しかし処置室のベッドで点滴を打ちながらも仕事用タブレットを持ってこさせ仕事を続けようとしたので、医療オペレーターのススーロが慌てて止めた。
    「ドクター!あなたはさっきまで倒れて意識がなかったんだよ!今日はもう休んで!」
    「私はチェルノボーグで目覚めてすぐオペレーターたちの指揮をとり、あの戦場から生き延びた。休みなら石棺で十分とったよ」
    「ドクターの仕事が大変だと私も理解はしてるよ。だけどこのまま見過ごせない。もっと自分を大事にして!」
    「自分のことは自分がよくわかっている。仕事の邪魔をしないでくれ。
    グラベル、頼む」
    ドクターは眉をひそめ、表情からは不愉快だと言わんばかりだ。
    ベッドの側に控えていたグラベルは困ったように微笑む。
    「ドクターごめんなさい。ススーロちゃんの言う通りよ。今日はもう休んで」
    「君までそのようなことを…まだ夕方じゃないか」
    ますますドクターは眉をひそめ、二人を半ば睨み付けているようだった。

    突然処置室の扉がバンッとけたたましい音をたてて開かれた。
    扉の向こうには女性が全身から怒りを滲ませ、ツカツカとベッドに近寄るとドクターを思い切り平手打ちした。
    パァン
    小気味の良い音が室内に響く。
    ドクターはそのままベッドに倒れ、ススーロとグラベルは突然のことに呆気にとられていた。
    殴られた衝撃に脳が揺さぶられた感覚。何が起きたのか分からないが頬がじわじわと熱を持ちはじめている。
    ドクターはぽかんとした顔で平手打ちをしてきた女性を見上げた。
    「仕事の優先順位もつけられねぇ上司なんかいらねえ!!
    お前の今の仕事は休むことだ!!無理矢理にでも身体を休ませろ!!出来ねえなんて言わせねぇ。
    やれ!! いま、すぐ!!」
    ドクターが返事をせず固まっていると、もう片方の頬へ平手打ちが飛んできた。
    「分かったのか!返事は!!」
    「……はい」
    ドクターは石棺から起きてから初めて泣きそうになりながら返事をした。
    これが医療オペレーター・ガヴィルとの出会いだった。

    パフューマーが思い出すように呟く。
    「しかもあの頃のあなたいくら言っても聞かなくて頑なだったし」
    「うっ…」
    「でも怒られたおかげで肩の力が抜けたのかしらね?」
    ロドス艦内を案内するアーミヤに連れられたドクターと初めて会った時、パフューマーは「なんて人間味のない人だ」と思った。勧めたお茶やお菓子にも一切手をつけず、ときおり口を開いても言葉に抑揚や覇気というものがなかった。
    しかし少しずつオペレーターたちとコミュニケーションを取る機会を増やしてドクターにかかる仕事量の割り振りを調整し、不眠についてパフューマーへ相談するようになった。ほかにも定期的に心理カウンセリングも受けているようだ。パフューマーはなんだか弟が出来たような気持ちでドクターの変化を喜んでいた。
    「言われて気がついたんだ。仕事"だけ"できても意味がないのだと。アーミヤを始めロドスの皆が命を懸けて助け出してくれたことを私はまったく理解できていなかった。私自身の命はもう私だけのものではない。粗末に扱うことは許されない。だからまず自分自身を見つめ直すことが必要だった。自分を大切に出来ない者が他者を大切にできるはずない。ましてや信頼関係など…」
    「ええ。よい結果を得られていると思うわ。あとは不眠症が改善すると良いのだけど」
    「そうだな…気長にやるしかないんじゃないか。夜眠れない分、昼寝を挟むようにしているし。あと運動しろとうるさいから検討中だ。提案される内容がどれもハード過ぎるんだ…」

    「ドクター、こんにちは。こちらにいらしてたんですね」
    温室の奥からペッロー族のポデンコが顔を出した。所々土汚れのあるエプロンをつけ、軍手をしている。ドクターも挨拶を返す。
    パフューマーがポデンコに声をかけた。
    「ポデンコちゃんお疲れ様。あなたも休憩に一杯いかが?」
    「ありがとうございます!エプロンと軍手、置いてきますね!」
    しっぽを振りながらパタパタとポデンコは奥へ引っ込んだ。
    「私たちの分も入れ直しましょうか」
    「うん、ありがとう」
    「どういたしまして」
    パフューマーはにこりと微笑むと隣にある給湯室へカップとポットを持っていった。
    一人残されたドクターは温室の空気を深く吸い込む。土と肥料と草花の匂い、当たる日光、流れていく雲、揺らめく影。どれも有機的で同じものがなく変化に富んでいる。
    夏の季節には虫に刺されることもあるが、温室が好きだった。

    パフューマーとポデンコが戻ってきてお茶会が再開された。ポデンコは取り組んでいるバラの品種改良が難しく、無事芽が出るか気になって夜も見に来てしまうことを楽しく語った。
    「もし新しいバラが出来たら名前をつけるんですけど、ドクターも一緒に考えてくれますか?」
    「私でもいいのか?」
    「はい!ぜひお願いします。もちろんパフューマーさんもですよ」
    「わかったわ。素敵な名前を考えましょう」
    談笑をしているとドクターがしている腕時計のアラームが鳴った。
    「私はそろそろ失礼するよ。ごちそうさま」
    「あらもうそんな時間?」
    席を立とうとするドクターをポデンコが呼び止めた。
    「あ、あのドクター。実はパフューマーさんとお話ししていたこと聞こえてしまって…すみません。名前を考えてくれるお礼ではないのですけど、私も力になりたくてこれを持ってきました」
    一冊の文庫本を机に置いた。渦巻き模様の入った美しい装飾の入ったカバーがかかっている。
    「一年中花が咲き乱れる常春の国を舞台にした昔話です。小さい頃はママがこれの絵本を、夜、ベッドで読んでくれていました…。今は絵本のもとになったこの本を寝る前に読んでいます。ドクターはいつも難しい本を読んでいるので、たまにはこういうものでリラックスできたらいいなと思って…。いかがでしょう?」
    ドクターは文庫本を手に取り目次を確認した。どうやらいくつかの短い物語がつまった昔話集のようだ。
    「このカバーは手作り?」
    「はい。物語の中には色んなお花が出てくるので、私がいた村の伝統的な渦巻き模様と花柄を組み合わせて作りました」
    「へぇすごいな…」
    文庫本を回してカバーを眺め、なにかを考えるようにページをパラパラと捲ると、
    「ありがとう、ポデンコ」
    礼を言って受け取り、ドクターは温室を後にした。

    午前0時をわずかに過ぎた夜。
    ドクターはベッドに入ってベッドサイドランプの明かりを頼りにポデンコから借りた昔話集を読んでいたが、しばらく読んだあと本を閉じてしまった。日中、長時間タブレットやパソコンの液晶を眺め、レポートや作戦案などの書類を見続けた結果、霞目で文庫本の文字が滑るのだ。
    目の間を指で挟み揉みほぐすも、やはり目が重い。
    頬にヒヤリとした革の感触があたった。
    目を開けると、ベッドの側にファントムがいた。気遣わしげにドクターを見ている。
    「ああ…ファントム。大丈夫だ」
    「これは?」
    身体の上に置いていた文庫本を取り上げ、ファントムが眺めている。
    「温室にいるオペレーターから借りたんだ。論文を読んでから寝ようとすると、ずっと考えてしまって頭が冴えてくるからちょうど良いと思ってな…だけど目が疲れてしまってだめだな」
    「…こういう昔話は、元来焚き火を囲んだ団らんにて口伝されるものだ。私が朗読しよう」
    「ふむ…まぁ君がしたいなら頼むよ」
    ファントムがベッドの端に座ると、ページを開く。すると黒猫のミス・クリスティーンがベッドに飛び乗り、ドクターの頭の横で丸くなった。どうやら一緒に聞くようだ。
    ファントムが口を開き読み始める。夜の帳に染み入るような深くゆったりとした声。
    「まだ天と地がそれほど離れておらず、大地の大半が水に浸かっていたころ3つの島がありました…」
    読みながらテラの昔話や民謡を題材にした演目を思い出した。妖精のいたずらによって馬に変えられた婦人、魔法の大釜を求め旅立つ騎士へ待ち受ける冒険の数々。ファントムは今でも台本の一字一句を思い出すことができる。
    短い話を一話読み切り、ドクターの方を見ると驚いた。
    ドクターが寝ている。
    彼はいつも0時を回るまで働き、日の出とともに出勤をする。寝られないなら仕事したほうがロドスの為、ひいては大地の為になるだろうと冗談のように語っていたが声は固かった。時間があれば源石、鉱石病、天災、アーツ、オペレーター記録…論文やレポートなどを読み漁り、無くした記憶を取り戻そうとしていた。
    「自分が自分ではない」という漠然とした不安を抱えている。ファントムにも覚えがあった。不安から焦りが生じ、ドクターの身を着実に蝕んでいる。
    ファントムは来ていた外套を脱ぎ床に落とすと、ドクターを起こさないようゆっくりと座っていたベッドの端にその身を横たわらせた。
    寝る前に吹きかけたであろうフレグランスの香りがする。そしてドクターの体臭も。しばらくドクターの横顔を見つめ、きっと起きたら一番驚くのはドクター自身だとファントムは確信した。
    ベッドサイドランプの明かりを調整し、顔の輪郭がおぼろげになるくらいに明るさを落とした。
    「私がまだ劇団に所属し各地を巡業していた頃、立ち寄った先の都市で招かれることがあった。それは個人の邸宅であったり、パブであったり、ホテルであったり様々だ。食事をし、時には歌を披露することもあった」
    独り言のような小さな声で呟くようにドクターへ語り掛ける。
    「特に喜ばれたのは旅の話だ。巡業地での出来事、旅の途中で起きたハプニングを脚色し聞かせてやると大いに喜ばれたものだ。すっかりグラスの氷が解けるまで話し込むこともあった。
    そして、話が終わりしばしの沈黙の後、私を招いた彼らが語り始める。誰も知らない、彼らだけしかできない秘密の話だ。見た目や瀟洒な建物に騙されてはいけない。大きな秘密を抱えているのだ。
    彼らの話は私を夢中にさせた。密命を帯び単身敵国へ出向いた元エージェント、叶わぬ恋に身を焦がしたご令嬢、移動都市を貫くマンホールの中で生まれ一代で大企業を作ったストリートチルドレンの実業家。決まって最後にこういうのだ、“内緒にしてくれ”と。
    この素晴らしい物語は記録にも残らず、ましてや歌になり語り継がれることもない。彼らだけが語ることを許される物語」
    ファントムは額を傾けドクターに耳を近づけた。静かな寝息が聞こえる。
    「ドクター、君にも物語が必要だ。君だけにしか作れない物語だ。秘密のベールで包み誰の目にも届かないところに置いておくような…。そしていつか私に聞かせてくれ。君の寝物語を…」
    本のカバーにかかったうずまき模様を思い出す。三つのうずまきは“復活あるいは永遠”を象徴していることをファントムは知っていた。本を渡したオペレーターに他意はないだろうが、ドクターに相応しいと思った。
    再びじっと横顔を見つめる。かすかな息遣いで深く眠っていることが分かった。
    ドクターを起こさないよう今度はゆっくりとベッドから立ち上がると、外套を手に寝室から出て行った。
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