しばらく遠くに行くから、と告げて旅立ったひとのことを思い出している。ひととき、鼓動が止まってしまったかのように感じたのはその結論のせいではなくて、傍を離れる選択に至るまでの過程に自分が介在できなかったということ。
強い潮風に乱れるのが鬱陶しいからと、長い髪を器用にまとめるはずの彼の手が。ドレッサーの引き出しを開けて迷う素振りを見せるから、これだと思う髪飾りを指したところで止めるとそれを手渡された。鏡越しに合った目が甘えてくるのが愛しくて、望まれるままに叶えてしまう。するりと一房、指通りのいい髪が指の間から落ちる様がほんのりと苦い。何の暗示というわけでもないのに、きっと少しだけ情動的だ。
「何を見ているんですか?」
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