【サンプル】Wake up my music選択肢が増えた黒石勇人の話
冷たい風が体を包み、黒石はフッと息を吐きました。その息は白くなることこそありませんでしたが、寝巻に上着を羽織っただけの格好は、防寒をしているとは言い難いものでした。しかし黒石は気にしたそぶりを見せず、家からずんずんと離れていきます。
数時間前、風間に促されてベッドに入った黒石ですが、一向に眠気が訪れずベッドから抜け出しました。その後、リビングのソファで五線譜と向き合ってみましたが、結局外に出ることにしました。眠れない夜というのは風間にはあまり馴染みがないようでしたが、黒石にとってはよくあるものでした。
木々の揺れる音、風の音、草の揺れる音、色んな音を聞きながら、黒石は適当に村の中を歩いていました。電気の通っていないこの村は、住人達が寝静まった月のない夜は真っ暗になります。今日はほっそりとした月が出ているため、村はふんわりと照らされていました。眠れない夜、いろんな音のする暗い村の中を歩いたり、村の外を歩いたりすることは、黒石にとって悪くない時間でした。
黒石が村の中心に生えている大木を通り過ぎた頃、かすかに誰かの歌声が聞こえてきました。黒石は一度足を止め、それからその声の方向へ歩き出しました。うっすらと聞こえるその曲は、この村でよく歌われる童謡のようでした。少し古めかしい言葉の並ぶ歌詞と、懐かしさを感じさせる旋律が特徴的な曲です。
歌声の主は、すぐに見つかりました。村の中心の大木から南へ数軒行ったところにある片桐の家の前で、小さな椅子に腰かけた片桐と沢村が楽しそうに歌っていました。夜中であるからか声はひそめられていましたが、二人の声が混ざり合い、優しく、強く響いていました。
黒石はまた足を止めました。二人の歌を、もっと聞いていたかったのです。ですが、沢村が黒石に気付いたようでパッと顔を上げ、小さな体で大きく手を振りました。
「ゆーくん」
沢村の声に顔を上げた片桐も、ふわりと笑いました。
「こんばんは、黒石さん」
「…おう」
「あのねあのね、ゆーくん。今日はお星さまがキラッキラなんだよ」
(以下略)