実は狐の妖怪の魏無羨の話 魏無羨は緊張していた。何故なら藍忘機に伝えていない大きな秘密を抱えたまま、彼と恋仲になってしまったからだ。思いが通じ合ったのは実に幸せであったが言う機会を逃したままの秘密が、言えないまま魏無羨の精神を圧迫していた。
魏無羨は狐の妖である。
生前は、という注釈が付くが。献舍の術で人間の体に呼び戻された今とて、そう変わりはしない。この体の元の持ち主、莫玄羽は正真正銘ただの人間だが、狐の妖――体を失ってからは怪と言うべきかもしれないが――をその身に宿してからは魏無羨の気を受けてその存在が変質していた。
だから結局のところ、今も狐の妖なのだ。
しかしそれを知るものは一人もいない。
雲夢江氏の者でも、江澄でも江厭離でも知らない。なんなら浮浪児だった魏無羨を拾った江楓眠ですら、魏無羨の正体を知らないのだ。周りを完璧に騙し通す魏無羨の変化の術は至高といっていいだろう。だがまさかこんなところで、それが悪い方に働くなんて思いもしなかった。
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