焼け野の雉子、夜の鶴──ご自分で硫酸を被ったんです。
そう、病室のドアの前に立っていた狂児の舎弟(カラオケで見たことある顔だ)は、唇を必死に結んで全身の震えに堪えていた。
──連合の会合があって、呑めない酒を無理やり呑まされて、感情が昂っていたんだと思います。事務所に帰ってきたら、突然ライターで服に火をつけたんです。側に居た奴らで慌てて火を消して、なんとか火傷一つせずに済んだんですけど、したら狂児さん『カタギになって聡実くんと一緒に暮らすんや』って大笑いしだして。どういう事か分からなくてなんか俺ら怖くなって、とにかく一旦家に送って行ったんです。一眠りすれば、治るだろうって……。それでもなんだか心配で、一時間くらいして俺が様子見に行ったら、狂児さん家の中のもん全部ひっくり返して、風呂場で背中から硫酸浴びて転がっとたんです。薬品と肉の焼けるにおいが充満してました。救急車の中でもずっとうわ言で先生の名前呼んでたから、どうしようかと悩んだんですけど、来てもらいました。すいません。まだ意識の混濁があって支離滅裂なことを言うかもしれませんが、幸い命には別状ありません。だから、少しだけでも会ってあげてくれませんか?
そう言って、舎弟は袖口で目元を拭うとドアの前から退いた。
少しの逡巡のあと、取っ手をスライドさせて個室の中に入る。
狂児は寝台の上に伏せっていた。
僕の姿を見て、水膨れでぼっくりと腫れた顔面で微笑んで、投げ出されていた指先をピクリと動かす。
刺激しないように、細心の注意をしてそっとその手のひらの下に、僕の手のひらを滑り込ませる。感じたことのない熱を持った皮膚。僅かに、握られたような感触。
──お鶴さんには出ていってもろうたから、もう俺の中におるのは君だけや。
掠れた声でそう微笑って、狂児はスッとまぶたを瞑って寝てしまった。
全身を覆う白布の隙間から“聡実”の文字だけが無傷で覗いていた。