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    isona07_2

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    タイトル
    【大人げない大人】

    #狂聡
    madGenius

    成田狂児の「好き」という言葉は、正直言って重い。どのくらい重いのかと言うと、アニキが頭から日本酒をぶっかけながら真剣な顔で「任せたぞ」と言ったその瞬間の重圧なんかよりも数万倍は重い代物である。いやまぁこの例えでは少々、いや結構かなり分かりにくいのかもしれないが、ようはヤクザの交わす書類なんかでは表せられない仁義的な「契り」などよりも数万倍は重苦しい代物であるということを此処では言い表したいのである。
     ヤクザの約束なんかは、ピンからキリまで様々にあるのだけれども、その中で「任せる」という言葉に関してはそれ相応の『期待』や『信頼』を得ていることから普通に「命」をかけることが大前提だった。約束を守れなければ死、期待に応えられなければ死、それが当たり前の漢の仁義というものが言葉の中には根強く存在していた。
     ヤクザの言葉には重みがある。重圧がある。プレッシャーがある。言葉は正に貴重なものであって、一度言った台詞に責任を持つのが人情を分かる奴にとっては当たり前の教養に違いなかった。自分の言ったこと、自分のしでかしたこと、それに責任を取れないクズなんか漢の風上にも置けやしない。ましてや『代紋』を背負っているヤクザの『顔』となればそれは重々に承知しておかなければならないことであった。
     面子を潰されることを極端に嫌うのが極道者の性だった。その為だったら命すら惜しくはないと思うほどに、プライドを重用視するのがヤクザだった。裏社会の住人、社会から言わせてみればゴミと変わらないのだけれども、それでも自分の大事なモノはしっかりと壊れることなく胸に持っていなければならない。心の中の信念。それを大事に持っている。それが、昔々の組に属した野郎共から代紋を受け継いできた男達の使命だった。
     狂児は煙草を吸いながら吐きだす。場所はクラブの一室だった。個室である。そこでクラブのお嬢さん達に囲まれながらノンアルコールのカクテルを飲んでいた。ヤクザとしては女を隣に侍らせながらノンアルコールとは、見てくれの悪い状況に違いなかったが、それでも飲めないものは飲めないので仕方がない。煙草を吸いながら高いボトルを空けることが出来ない代わりに、サービスでチャンネーの谷間に万札をねじ込んだ。それに程ほどにブスな女達はチャラチャラと笑って喜ぶ。それを眺めながら狂児は「あほらし…」と煙草を吹かしてつまらなそうな顔をした。煙草の煙はモクモクと天井に向かって上っていく。
     退屈な時間である。ああ、退屈だ。成田狂児にとって女とは快楽ではなかった。彼にとって、女を侍らせることは何ら権力の象徴にはならない。産まれた時からそうだった。女に可愛がられる生命体として母ちゃんから産み落として貰っている。だからありがたみは正直に言ってなかった。こう見えて小学生の頃は近所のババアから駄菓子を巻き上げ「たかりの狂ちゃん」と同級生からもてはやされたものである。
     ヤクザに成り立てのピヨピヨのヒヨコ時代に世話になったオッサン、それの付き合いでクラブに足を運んだ。だが目の前のオッサン(今はオジイサンになっている)はゲヘゲヘとスケベ心を隠しもせずに喜んでいるが、狂児は退屈で仕方がなかった。目の前の人間が、裏社会で今もそれなりに権力を手にしていなければ、こんな場所に出向いて相手などしやしなかったのに…、と狂児は辟易しながら煙草を吸う。そんなつまらなそうな狂児に対して店の女達は彼の心根を楽しませようと奮闘する。だが、その努力は虚しく、それは狂児を益々に不快にする結果にしかならなかった。
    「ああ、可愛えのう…、女はなぁ、男の為に生まれてきたんやそうに違いない。なぁ、お前もそう思うやろ?キョージ」
     スケベ爺が狂児に話しかけてきた。それに唾を吐きかけてやりたいのを必死に押さえ込んで「そうですネ!」と答えてやる。狂児は自分の飲み物のノンアルコールを口に含んだ。そうすると知らぬ間にグラスのそれはアルコールの含まれた液体に変化していたからして、狂児の胸内にはうっすらとした怒りが出現した。

     客も客なら、店も店で品がないわ。

     狂児は舌に広がるアルコールの味にしかめっ面をしながら、口に含んだそれを飲み込むことなくバレないように吐き出す。ピッチャーから手づかみで適当に氷を手に取った。それを口の中に入れる。飴玉のように舐めた。
    「手づかみて、行儀悪いの~~~」
    「ハァ!そうですかネ!いやぁ育ちの悪さが出てしまいましたわぁ!申し訳ないです!」
     煩ぇわクソが死にさらせ。そう堂々と心の中で思うのだが、目の前の男には充分に借りがあるし、これからも頼ることが多分あるだろうからして、そのようなことを面と向かって言うことは出来ない。狂児はグッと我慢する。ヤクザは縦社会だ。権力がないのならば持っている奴に媚びへつらうのが仕事の一つである。
     狂児は店側の女から出されるものを飲むその事柄を諦めて煙草を吸う。きっと、周りのねーちゃん達は下戸の狂児を酔わせてお持ち帰りすることを狙っている。目がギラギラしている。新種の珍獣かな?セックスに脳みそが犯された女は下品で目も当てられない。
     こういう店に働く夜の人間は、論理間と肝臓が死んでいるのがセオリーだ。性行為と酒に酔って身体を落とされている。そうして金にも溺れていく。快楽を求めたら金が手に入る、そのような生活を手に入れた人間が、果たして真っ当に社会に出てコツコツ金を稼ぐ、その事柄を行うことが出来るようになるだろうか?答えは否だ。楽して甘い蜜を啜った奴は何処に行ったって楽しようと考える。そうして自分が楽をする為に平気で他人を蹴落とす。
     接待の一つや二つ、それで数千万の金が自分の為に動くのならば屁でもない。狂児は、母ちゃんから女に好かれる顔に産んで貰った。この綺麗なお顔は、男が狂児に対してやっかみを抱く原因にもなるが、その逆で、この顔は狂児を侍らせる男に『見栄』を与える代物でもあった。権力を持った年老いた老人は『この顔』の男を連れ回すと自身の『権威』を象徴することが出来る。狂児は『アクセサリー』だった。その男の為のアクセサリー役に、狂児は金の為に付き合ってやる。
     この顔と、それから『知略』のおかげで狂児はヤクザが絶滅危惧種になった日本でのらりくらりと生きることが出来ている。本当に、見てくれと丈夫な身体を与えて産んでくれた母親には感謝してもしきれない。このご恩に報いる為に、狂児は母ちゃんにこっそりと仕送りを送っていた。仕送りを欠かしたことはない。迷惑をかけている自覚はある。だからこっそりと、与えている。きっと母親は母親であるからして、狂児のその行動を察してはいるだろうか、それでもお互いに、知らないフリをして金のやりとりをしている。
     クラブの一室。ジジイのご機嫌取りをしている狂児。彼は、夜の住人であったけれども、それの象徴である女と酒はあまり好まなかった。いやまぁ、若かりし頃は女を手玉にとって生活はしていたが、それは別に生きる為であって好きでヒモをしていた訳ではない。必要だから当時はやっていた。だが今は生きる上で必要のないものだ、必要のない行動だ、ヒモなんて。であるから狂児は己に必要なくなった瞬間に女への興味を捨てた。狂児にとって女との生活は、所詮その程度の代物であった。
     狂児に『執着』という概念は中々に存在しない。プライドもさほど有りはしない。いや、『さほど』だ。全くない訳ではない。だが有り余るほど手にしている訳ではなかった。
     シュミと言えるものは少なかった。楽しみは煙草と拳銃。静かな森で色んな銃の試し打ちをするのが好きだった。きっとこの国で狩猟が許されているのであれば狂児は死ぬほどのめり込んでいる。そのレベルで彼は拳銃の発する銃音を愛していた。静かな森で響き渡る小鳥の声、滝のせせらぎ、風の音、そんなものよりも心躍る、それが銃の音である。
     成田狂児の『好き』は少ない。それ故に彼のその感情は『稀少価値』を有していた。大体の人間は、目敏い生き物であるため、彼のこの希少価値を見抜いていた。彼の『好き』は数が少ない。いわば『レア』と言っても過言ではない品物であった。それを強欲で好奇心旺盛な『マニア』は手に入れようと躍起になる。特にそれが顕著なのは女だ。女は、手に入らない男にこそ、燃え上がる。
    「いやはや、狂児、お前はホンマに、エエ男やのう。羨ましゅうてしゃあないわ」
    「ハハァ、オジキにそうおっしゃて頂くと、恐縮です!」
    「お前連れてきた途端に、行きつけの店の女がずぅっとお前の話するんやで!次はいつ来る次はいつ連れてくるてなぁ!お前が接客しとるんは俺やボケェ!俺を構え!ってなぁ!なぁっ!お前達もそう思うやろ!?」
     スケベ爺はそう言って周りに侍らせている女達の肩に腕を回した。そうして抱きしめる。商売女の態とらしい「キャアっ!」という高い声が部屋に響き渡った。それを狂児はつまらなそうに見つめながら女に目もくれずに適当に金をばらまく。あんまり、胸を押しつけて来て欲しくなかった。離れろ、煩い、邪魔、金でも拾ってろ。そのような心境である。
     オジキはそのような狂児の様子を見つめながらプププププと笑う。「お前はホンマに酒池肉林嫌いやのう!」と愉快そうに狂児の苛々した様子を眺めて笑っていた。狂児は、そのようなジジイの勝手知ったるからかいに辟易して、ニコニコしながら氷を手づかみで口にガバリと放りこんだ。やけ食いをし始める。こんの狸ジジイめ!と脳内で罵倒を吐き散らしながら笑顔を絶やさなかった。営業スマイルは出世の基本スキルである。
    「結婚はせんのか?おい、キョージ。女は?抱けんわけあらへんやろ知っとるで?若い頃は抱きまくりの泣かせまくりやったんやろお前」
    「誰情報ですソレ?風評被害やぁ!」
     狂児の性関係の話題をジジイがした瞬間に、周りの女達が色めき立った。それに舌打ちしたい心境をグッと我慢する。女達は狙っている男の性の話に興味律律だ。腕に抱きついて手術で手に入れたであろう乳を押しつけてくる。だから、胸を押しつけて来るな胸を!金でも拾っとけ!狂児は再度、女達の為に万札を放り投げた。
    「うちの娘もなぁお前に惚れ込んで『オトンうちを狂児と結婚させてぇ』って煩かってんでぇ、それをお前、のらりくらりと逃げ切りおってから…」
    「ははは、ははははは、はははははは」
     狂児は忌々しそうなご隠居の視線を笑って誤魔化した。ピッチャーを掴んで膝の上に置く。スナック感覚で氷を咀嚼し始めた。ボリボリボリボリ。この店では、水を飲むのも危うい。もしかして周りのチャンネー全部目の前のジジイとグルなんやないか?俺を酔わせて何するつもりや既成事実か?狂児は氷を頬張りながらアニキに助けを求めた。記憶の中のアニキは親指をグッと立てて「死ぬなよ」とエールを送ってくれるだけだった。組長には隙を見てガチで電話やメールやラインで助けを求めているが全力で無視されている。いやはや、大人って汚い。
    「はははははぁ、それでも娘さん、結婚しはったやろ?ずいぶん前に、エエ旦那さんと知りおうて、シアワセそうやないですか」
    「そうや、娘はお前に相手にされへんショックで寝込んでしもうたんやけど、その寝込んだ時に看病してもろた組の若いのに惚れ込んでそのままゴールインや。ホンマに、うちの娘は俺に似らんと母親に似たもんやからべっぴんやったんやで?それを袖にする何てお前、何様や」
    「ははは、ははははは、へへへへへへ」
    「『へへへ』ちゃうわ、笑いこっちゃあらへんぞ!」
     頭を掻きながら笑って全力で誤魔化す。笑いこっちゃあらへんて、笑う以外に何したらええねんアホんだら。そう悪態ついて氷をガリゴリ食った。そうしたら氷は直ぐになくなってしまった。しょうがない、お代わりを頼んだ。氷が狂児の前から消え失せた途端に、狂児はその部屋ですることが無くなる。手持ちぶさたになったので再度煙草に火をつけた。紫煙を燻らせる。それを見つめながらジジイは「かぁ~」と忌々しそうな声を出した。
    「年取ったら落ち着くか思たら、お前の顔は落ち着かんなぁ、いつ見ても男前や」
    「ありがとぉございます。誉めてもろて」
    「別に誉めたくないわ」
     ジジイはそう吐き捨てて己も煙草を取り出す。それは葉巻煙草であった。夜で遊び尽くした男の娯楽。専用のカッターで先端を切断した。切断部位に狂児はすかさず目下の者として己のジッポの火を捧げた。それを老人は当たり前のように感受する。葉巻煙草に火をつけた。その濃厚な煙を肺いっぱいに吸い込む。燃える炎が視界にちらついた。
    「なぁ、狂児」
     老人が落ち着いた声で狂児に語りかける。それに「何です?」と成田狂児は片眉を上げながら返事をした。お代わりの氷はやってくる。女の一人がそれを受け取って老人のグラスに氷を継ぎ足した。酒を注ぐ。それを見届けてから老人は酒を手にした。
    「お前、結婚する気あらへんか?」
     老人が、面白そうに笑いながら紫煙を吐き出した。それにハァ、と、溜め息吐き出しながら狂児は「次はどの女が俺の美貌の餌食になったんです?」と茶化した。それをジジイはケラケラ笑う。
    「ウチの孫」
    「アラアラ、ボクちゃんも罪な男で……まいってまうわぁ」
     娘の次は孫かいな……。そう一人ごちて、とうとう胸を押しつけてくる隣の女に嫌気がさしてそれを押しやった。女と狂児の間に隙間が出来る。そこでようやっと、狂児は息が出来るような心地になった。
     狂児は、老人の目を見つめる。口元はヘラヘラとした営業スマイルを崩さなかった。だが、目だけは違った。「結婚」その言葉を聞いた瞬間に、ちゃらちゃらしたジジイの接待をしていた狂児のその体勢が変わる。歴とした意志を持って、狂児は臨戦態勢をとった。それを長年の極道は感じ取って、年老いた彼は、だがしかしその衰えを感じさせぬ風格で、ドンっと狂児の前に鎮座する。前のめりになった。狂児をのぞき込む。「何やその目は、え?」と、生意気を醸し出し始めた狂児に対してプレッシャーをかけた。女達は、男達のその空気での権勢に固唾を飲んで黙り込んだ。
    「お孫さんいくつです?」
    「17や」
    「そんなんピチピチやん。出会いはまだありますよ。俺は今年でもう50歳…、日本人の平均寿命知ってます?80ですよ。あと三十年しか一緒におれへん男を十代が愛して何になる。諦めさせろ。それが孫想いのジジイの勤めや」
    「へいきんじゅみょうがはちじゅうねん?やったら俺はあと十年ぐらいでくたばるわなぁ………。なぁ狂児、俺はな、孫娘が可愛くて可愛くてしゃあないねん。あの子が望むもんは何でも与えてやりたい。金で手に入るもんも、金で手に入らんもんも」
    「ははは、ははははは、ははははははは、オモロイ爺さんやなホンマ、孫にデロデロて、ウケル」
     ははははは、と狂児は機械のような風貌で大爆笑を行った。周りのねーちゃん達にもキョロキョロ視線を向かわせて「ホンマおもろいよなぁ!」と尋ねる。それに、周りにいる彼女たちは何も返事をすることが出来なかった。彼女たちはチラリ、と、その場にいるご老体のご機嫌を伺う。そのような女達の行動に、「へぇ、生きるための知恵はあるんや」と狂児は質素な軽蔑を抱いた。

    「ホンマにウケんで、?」

     狂児はその空気に動じずにテーブルを蹴った。ガシャンと音がしてグラスが一斉に倒れていく。テーブルは水浸しになった。それに、悲鳴をあげるものは誰も居ない。緊迫した空気。それに、老人は目に見えて『怒り』を顕わにし始めた。それを真正面から狂児は受け止める。狂児は、目の前のジジイがいけ好かなかった。何故なら目の前のジジイはことある事に自身の身内と狂児を結婚させたがるからだ。存在する5人の娘全てとの結婚の話を狂児は目の前のジジイから今の今までされているし、姪との結婚話だって三回はされた、それでも我慢してのらりくらりしたのに、今度は孫娘ときたからして、もうどうしても我慢ならなかった。
     別に、結婚話くらい良くあるものだ。爺以外からも煩く言われた過去はある。だがそれは『過去』の話であって『今』ではない。狂児は昔であったならば持ってこられる縁談に興味は沸かないこそすれ、不快感を抱くことはなかった。だが、『とある人』に出会ってから狂児は『縁談』というその事柄を嫌悪するようになった。であるから『とある人』に出会う十年ぐらい前ならいざ知らず、『とある人』に出会った後の、今の狂児に結婚の話を持ってくるだなんてタブー中のタブーであった。
     もう知らんフリはしとられへん。いっぺんガツンと言わへんとこのボンクラ爺はわかりゃせんのや、と狂児はご老体を睨み付ける。ご老体は若僧のその威嚇を受けてたった。彼は煙草の火を消す。「ウチの孫娘が気にいらんのか?えぇ?」と老体は嗄れた声で圧力を与える。それに怖じ気付いた様子も見せずに狂児は老人と同じようにして、彼も前のめりになった。テーブルの真上で、二人の雄が対峙する。それを、雌達は息を飲んで見つめた。
    「ええもん、見せたろか?貴様の冗談より、なんぼもオモロイ奴やで」
     オオサカジンはワライが好きやからなぁ。といって、狂児は己の袖をまくり始める。ご老体はそのような若僧の動きを「あ?」と声を上げながら眺めた。見つめた。そのような老体の目玉を見逃すこともせずにジッと見つめ続けたまま、狂児は袖をまくって自身の腕にある『肌』を取り出す。それを老人の目の前に突き出した。

    「じぶんのもんには、おなまえをかきましょう!」

     ちっちゃいときオカンに習いませんでしたかぁ!えぇ!?、と、狂児は無駄に不必要に大声を出した。それは個室に響いてビリビリと振動した。狂児は腕を突き出す。目の前にさらす。肌を、老人の視界に収めさせた。
    「こんなアタマおかしい男の嫁に出すとか、ジーサンあんた鬼畜やで!一生自分のもんにならへんの隣に置いてやって、幸せなヤツが何処におる?俺は無理やわ!無理無理!俺は俺のもんやあらへんの隣に置くとか無理!自分も同じでっしゃろ?オジキ。オジキは強欲な人や。その強欲さで天辺に上り詰めた。やから俺知ってんで、アンタ欲しいもんが自分のもんにならへんの、我慢ならんやろ?それ以上に『自分のもんにならへんのが自分の手元にある』のがもっと気に食わん質やろ?」
     狂児はそこまで大声で喚き散らかした後に、グラスの液体が零れてビチャビチャになったテーブルをバンッ!と己の手で叩いた。腰をあげる。前のめり。老人の顔をのぞき込んだ。低い声。唸る。それは獣の威嚇。彼は縄張りを守らんと鳴き声を発した。それは喉を鳴らす悪魔のような仕草だった。

    「俺は『聡実』のもんや、舐めたことこれ以上言うんやったら、とっとと失せろ……!」

     男達は数秒、その場で睨み合った。目と目で権勢しあう。それは静かな極道の戦いであったのかもしれない。その戦いに、敗北したのは年老いた雄であった。彼は狂児の眼光から視線を逸らした。反らされた視線を、狂児は尚も見つめ続けた。それに根負けしたとばかりに老人はヨロヨロとした動作で前のめりになったその状態を解いた。彼は背もたれに背を預ける。
    「俺はなぁ、キョージ…お前が心底気にいっとったんや…」
     まるで負け惜しみのような風貌で老人が呟いた。その萎れた声を聞いて、狂児は張りつめていたその雰囲気をといた。彼もまた、前のめりになったそれを落ち着ける。椅子に腰を下ろした。氷を手づかみする。食った。
    「お前が。婿に来てくれたら、それだけで俺は、なんやろな、嬉しかったんや…。ウチの家系はなんか、本妻も愛人も娘もみーんな女しか子供を産まん…、やから、息子に…憧れとった…」
     狂児はゴリゴリと氷を砕きながら老人のしんみりした話を聞く。この話は、実は本日で十回目に語られる内容であったりする。であるので狂児は本気で、この話を真剣に聞く気はなかった。うるせぇジジイやのぉ、お前のその俺への執着はもう分かっとるから、はよ諦めぇや。と狂児は脳内でジジイにボロクソ文句をいう。十回目の泣き落とし物語を聞きながら、狂児は湿気た顔をした。
    「知らん、ほんまもんの娘婿を可愛がれクソジジイ」
    「いやや、アレはアレで憎たらしい。俺の娘に手ぇだしよってからにむかつく。敵や、娘婿は全員敵や」
    「知らへんがなジジイ。迷惑やから俺をお前の一族にいれようとすな。俺は一生成田姓を背負って生きていくんやボケ」
    「別に婿養子入れいうとらんじゃろ、ただ娘か姪か孫に成田を名乗らせてくれればそれで…」
    「くどい!くどいくどいくどいくどい!見えへんの!?見えへんかなぁこの『聡実』の刺青!!ウチの組長が直々に彫ったホンマもんの墨やで!?このレベルで俺は聡実に骨抜きなの!ゾッコンラブなの!!分かる!!分かって!!」
    「いや!わからへん!ボクお爺ちゃんやから!わからへんもん!」
    「駄々こねるなやクソジジイ!墓地にぶち込むぞワレェ!」
     ご隠居に引導を渡してやろうか…。そういう黒い怨念が狂児の中で出現する。それをグッと押さえ込みながら狂児は氷を咀嚼した。
     狂児は氷を食べながら、トホホと溜め息ついた。接待の途中だが心がドッと疲れてしまってどうしようもなくなかった。彼は愛しの『聡実』に耐えきれずラインを送ってしまう。内容は「お仕事辛い…無理(泣)」である。そのラインを送ってしばらくするとピコンと直ぐさま通知を知らせる音がなった。それを聞いて画面を確認する。聡実から返信が来ていた。それは「お疲れ様です」といった簡素なものだったが、それでも50歳の心には染みに染みてならなかった。
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    isona07_2

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    【大人げない大人】
    成田狂児の「好き」という言葉は、正直言って重い。どのくらい重いのかと言うと、アニキが頭から日本酒をぶっかけながら真剣な顔で「任せたぞ」と言ったその瞬間の重圧なんかよりも数万倍は重い代物である。いやまぁこの例えでは少々、いや結構かなり分かりにくいのかもしれないが、ようはヤクザの交わす書類なんかでは表せられない仁義的な「契り」などよりも数万倍は重苦しい代物であるということを此処では言い表したいのである。
     ヤクザの約束なんかは、ピンからキリまで様々にあるのだけれども、その中で「任せる」という言葉に関してはそれ相応の『期待』や『信頼』を得ていることから普通に「命」をかけることが大前提だった。約束を守れなければ死、期待に応えられなければ死、それが当たり前の漢の仁義というものが言葉の中には根強く存在していた。
     ヤクザの言葉には重みがある。重圧がある。プレッシャーがある。言葉は正に貴重なものであって、一度言った台詞に責任を持つのが人情を分かる奴にとっては当たり前の教養に違いなかった。自分の言ったこと、自分のしでかしたこと、それに責任を取れないクズなんか漢の風上にも置けやしない。ましてや『代紋』を 8858

    isona07_2

    DOODLEめだにか。二階堂君の初恋を永遠と咀嚼したいと思っている人間がかいた。短い。ドラマおめでとうございます。楽しみです。円盤買いますね。「二階堂…」
     師匠の声が聞こえる。それは甘く蕩けそうな声音で、僕はその声を聴いた瞬間に甘いチョコレートを思い浮かべてしまった。僕の頬に、師匠は手を添える。その手はザラザラとしていて、手が荒れているな、と思った。師匠の手は僕より大きい。それでいてあったかかった。肌が乾燥していてザラザラしているのがちょっとイヤだったけど、まぁ、許容できる範囲だった。
     二階堂、と、もう一度僕を呼ぶ。その声に「なぁに」と答える僕の声はまるで猫の鳴き声のようで、何だか恥ずかしくてたまらなかった。誤魔化すように瞬きをする。そんな僕の様子に師匠はクスリと笑って「カワイイ」といった。カワイイ、可愛い!?僕は師匠のその発言に目を丸くせずにはいられない。正直『可愛い』という言葉は人生で腐るほどに言われてきた言葉だ。僕が高校生になる前、周りの人たちはは躍起になって僕にカワイイという言葉を投げかけてきた。僕としては他人が僕に向けて伝えてくる『カワイイ』という言葉はとても不思議で仕方がなかったのだが、それでも周りの皆は僕の事をひっきりなしに可愛いというので、ああ僕は可愛いのだな、と、そのようなことを僕は不必要に必然的に理解 2311

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