甘やかしたい 星に手を伸ばすのは、愚かだろうか。黒い睫毛に囲まれた、金色の瞳を見つめながら思う。
この腕に囲っているのに、何故か不安を感じてしまう。彼女は自分を大切にしないから、気がつけば取りこぼしてしまいそうで。
「ハリス。どうか離れないでいてください」
「? うん、わかった」
こくん、と素直に頷く様が愛おしい。けれど、それでも何かが拭えなかった。
そもそも、彼女にとって自分自身というのは大切に扱う存在ではないのかもしれない。そんなことを思いながら、寝入ったハリスの肌を撫でる。
「ん〜……」
くすぐったそうに身動ぎをするものの、起きる気配はない。
お腹に大きく一文字の傷があり、それは私が応急処置をしたものだと記憶している。あの時は「ちょっと医者を呼んでもらえるか」程度のことしか言われず、心の底から呆れたものだが。
「(あの頃よりは、怪我の頻度も減りましたね)」
自分を犠牲にするようなことは減ったように思う。それは心境の変化か、あるいは私が怪我をする度にお説教をしていたからか。どちらにせよ、彼女の体に傷が増えないならそれで良い。
「(我ながら心の狭いことだとは思いますが……彼女を傷つける存在は、せいぜい自分一人で十分でしょう)」
背中につけてしまった引っかき傷を思い出し、自己嫌悪と独占欲が混ざった感情に頭を抱える。自制心を吹き飛ばすようなことばかりされては、身や心がいくつあっても足りはしない。
それはおそらく無自覚のものであり、彼女はただ素直に気持ちを伝えてくれているというのだから良くない。その程度で理性を捨てている、ということになるのだから。
「(……忍耐不足ですね)」
寝息を立てるハリスの頬を撫でながら、そんなことを思った。
普段、ハリスは私より後に起きる。とはいえそれは二人でベッドに入った時のみであり、別々で寝た時は同じような時間に起きているらしい。
「おはようございます、ハリス」
「ん〜……おはよ……」
眠たそうに目を瞬かせ、ゆっくりと起き上がる。そのまま抱きついてくるものだから、驚いて動けなくなってしまった。
「どうかなさいましたか」
「ぅ……まだ眠い……」
「……はぁ」
何故こうも朝に弱いのか。私がいるから安心している、ということも考えたが、あまりにも自惚れすぎている。とはいえ、それが有り得ない話とも言いきれないのがハリスの性質のように思えた。
「きがえさせて……」
「……仕方ないですね」
甘い自覚はある。だが、その声でねだられてはどうにも断りがたかった。パジャマを脱がせて、セットアップのスーツを着せる。その間もむにゃむにゃと寝言のようなものを口にしており、まだ目覚めていないことがわかる。
「ほら、できましたよ。起きなさい」
「ぅ〜……わかった……」
嫌々、という様子ではあるものの、目を覚ましてくれた。「ライカンもきがえよ」と言われたが、さすがにハリスの目の前で着替えるのは憚られる。
「いえ、私は……」
「てつだうから」
「…………はい」
半分寝ているような雰囲気がありながら、真剣になって着替えさせてくれたおかげでほとんど手直しの必要はなかった。襟を整える程度のものだろう。
「ありがとうございます」
「ん」
嬉しそうに笑い、私の手を受け入れて撫でられてくれる。年上とは思えない姿だが、そういうところも悪くない。むしろ、存分に甘えてほしい、と思っていた。