チョコレートモヒート/みゆこう 二月 都内———。
「今日は久々に飲んだわー」
大手チェーン店の居酒屋の中から出た絋平は熱くなった頬に夜風に当たって、その心地よさにそっと目を閉じた。
「あーー、風が気持ちいいー」
普段は何を仕出かすか分からないフウライ四人のストッパー役となり、シェアハウスでは酒を飲まないようにしている絋平だが、この日は深幸と二人で酒を交えて音楽のこと、それ以外のことを話しながら時間を絋平なりに楽しんでいた。
「少しは息抜きできたか?」
「おかげさまで」
「けど早坂、思っていたより酒強いのな。もし酔ったらおにーさんが看病してあげようと思ってたけど、そんな心配全くなかったし」
「おにーさん、って。同い年だし俺のが誕生日早いっての」
絋平より少し遅れて店を出、隣に来てくれた深幸の肩に自分の方から肩で軽く小突いて、互いを見合った後に小さく笑う合っていると、深幸から声をかける。
「なぁ早坂。お前の帰り待ってる神ノ島たちには悪いの承知で言うんだけど、もう1杯だけ付き合ってくれね?」
深幸の提案に絋平は少し考える。確かに風太たちのことは心配だったが、楽しんでこいと背中を押して見送ってくれた四人のことを思い出す。
(それに……)
深幸と過ごす時間が少しずつ増え、その度に感じる楽しさや安心感をここで手放すのは惜しくもあった。
「1杯だけなら…」
「よし決定。お店、この近くにあるから行こうぜ」
本心を隠して肯定の返事をすると、深幸はほんのりと頬を染めながら絋平に向けて笑みを見せる。それは甘いカクテルのように、色気と魅惑を備え持ったような、それでいて初めて見たものだった。
(……あー、これ見せられたら確かにファンは落ちるだろうな)
それが見れただけでも得した気持ちになったが、それを本人に告げるのはどうにも照れくさくて心の中に留める。
他愛のない会話をして歩いていると、深幸の足があるひとつの店の前に止まる。
「着いたぜ」
「ここって……バー?」
「そう。2月だし、早坂ともっと話したいし、居酒屋にないカクテルも飲みたくなってさ」
そう告げながら深幸は店のドアを開けて店内に入り、絋平もその後に続く。深幸のバイト先のバーとは違った雰囲気を纏い、カウンター席のみのこじんまりとした店内とピアノのピアノのBGM。二名の先客も奥のカウンター席で酒とこの雰囲気の場を楽しんでいる様子が窺える。
「いらっしゃいませ」
「2名です」
「こちらへどうぞ」
バーテンダーに案内された席に深幸と一緒に腰を下ろし、もらったおしぼりを広げて手を拭けば手が少しだけ暖かくなった。
「早坂は何飲む?」
「カクテルはそんな詳しくないから界川と同じやつにしようかな」
「了解。……すいません、チョコレートモヒートをふたつ。片方はミルクベースのものに変更ってできますか?」
「大丈夫ですよ」
「じゃあお願いします」
かしこまりました、とバーテンダーの声と共にカクテルを作る準備の音とスマートな注文をする深幸。そこにバーテンダーのカクテルを作る準備音が混じり、また違う心地を感じさせられる。
「居酒屋のメニューでモヒートなら何度か見たことあるけど、チョコレート版って初めて知ったわ……」
「この時期ならでは、ってやつ。早坂がミント苦手だったらアレキサンダーにしてもよかったけど、チョコレートモヒートのカクテル言葉が割と早坂に合ってるから一緒に飲みたいな、って思ったんだよね」
深幸の口からカクテル言葉、というまた初めて聞かされる単語が耳に入る。以前LRフェス関係者全員が誕生日花の花束を持った撮影をしたことがあったが、その時に教えてもらった花言葉のカクテル版なのだろう、と絋平はひとつの答えに辿り着く。
「そのカクテル言葉、ってやつ。聞いてもいいか?」
「多くの事柄を組み立て楽しむやんちゃな人」
「なんだよ、それー」
高校生の頃はやんちゃしていたこともあったが、あの頃よりも今の方が落ち着いたと思ったのに同い年の深幸にはそう見えてしまっているのは少々複雑だ。
「お待たせしました、チョコレートモヒートです。こちらは」
「ありがとうございます。俺の方にお願いします」
深幸の前に置かれた細長いグラスに入った琥珀色のカクテル。絋平にとっては未知数なものにしか見えない。
「美味いな」
「チョコとミントだよな?」
「そう。これも甘くて飲みやすいけど、後からくるミルクベースの方は味がまろやかになってもっと飲みやすくなると思うぜ」
「前に飲んだ桜ミルクとは違う感じだよな、今回のはチョコだし」
「だな。味はもちろん、ミルクベースでもホットとアイスじゃ違うしな。あとはなんと言っても俺が隣にいるし」
「界川が隣にいるってのは関係なくね?」
「いや全然あるって」
グラスを深幸に返しながら冗談混じりのやりとりを交わして笑い合う。こういったやりとりはこれまで何度もしてきたが、相手が同い年の深幸だからか、肩肘張らずにリラックスもできている。
その彼が言うなら今日はこの前とは違うカクテルの楽しみ方ができるかもしれない、と思っていた時。
「お待たせしました、こちらミルクベースのチョコレートモヒートです」
「ありがとうございます」
注文したカクテルが絋平の前に置かれる。白に近い薄茶色の中にちらりと存在を見せるミントの葉。グラスを口に近づけて一口飲めば、まろやかで優しいチョコミントミルクを飲んでいるような気分になった。
「ミントが平気ならあいつらでも飲めそうな甘さだ。まぁこういう場所でもうるさくしそうだから俺が連れて行くことはまずないけど」
「若草ならまだいいだろうけど、五島と椿と神ノ島は賑やかなところで腹いっぱいに飯食べる方のが似合うな」
「わかる。食費には日々悩まされるけどあいつら美味そうに食べるんだよな」
四人の顔を浮かべながらチョコレートモヒートを再び飲み、穏やかな時間を堪能しつつも一杯飲み終えた所で会計をしてもらい、すぐに店を出た。
駅へと向かう帰り道は先程までの穏やかさが嘘のように人々の声で賑わっていた。
「なんかさっきまでと違って現実に戻ってきた感じする」
「それがバーの魅力的な所のひとつだと思うぜ。早坂的にはどうだった?」
「たまにならいいかも」
「じゃあまた誘うな」
待ってる、と告げて軽い足取りで駅まで向かう。帰る場所は逆方向なため、改札に入った所で解散する時。
「カクテルってさ、言葉の他にも誕生日もあるんだぜ?」
「そうなのか?」
「気が向いたら調べてみ? じゃあな」
絋平に手を振ってから先へと進む深幸の背中を見送り、一息吐いてから絋平も仲間が待つ場所へと帰るために歩を進め、この日は終わりを告げた。
翌日。多少の酔いは残っていたが、その日の出来事を覚えていた絋平がスマホでカクテル誕生日を調べると、その結果を見て顔の熱が上がったことは言うまでもなかった——。