君と見る世界を「おはようございますゲント隊長」
「あぁおはよう」
「…」
「…?なに?」
「いやあの、ここ屋内ですよ?」
「あー、あぁ、そうだな。うっかりしてた…外してくるよ。」
SKaRD CP、とある夏の日の早朝。出勤したゲントを迎えた夜勤のアンリは怪訝な顔をした。指揮所に現れた隊長はサングラスのままだったのだ。目の色素が薄い彼が、私服の時によくサングラスをかけているのは隊員皆が知っている事である。
いつもならロッカールームで隊服に着替えた時に、私服と共にロッカーにしまわれるソレを、何故かそのまま身につけていた。
「指揮所の照明、眩しかったですかね…?」
「そんな言うほどでも無いんちゃうかと思うんですけど…」
奥の机から顔を出した同じく夜勤のヤスノブとそんな事を言いつつ、報告書の続きに戻るアンリであった。
一方その頃。
指揮所とロッカールームの間にある共用のトイレで、ゲントは大きく溜息を吐いていた。
「コレ、まずいよなぁ…」
サングラスを外し覗き込んだ手洗い場の鏡、明るい鳶色の右目と、もっと明るい青色の左目が見つめ返してくる。
昨日の晩まではなんとも無かったのだ。妻と息子におやすみを言って寝床に潜り込んだ時には。
今朝、いつも通り夜明け前に起き、水を飲んで顔を洗おうと洗面所に入った瞬間、鏡に映る自分の顔に青く光る色を見つけて凍りついたのだった。
背後で妻があくびを噛み殺しながら起き出して来た時には既に、ゲントの手には大慌てでカバンから引っ張り出したサングラスがあった。
「…まだ暗いよ?」
「あー、うん。駅前の歩道橋のさ、照明灯が眩しいんだ。それに着く前に朝日が昇るから…。」
なんて、苦しい言い訳をモゴモゴ述べつついつも通り夜明け前に家を出た。基地に着く頃にはもとに戻っている事を期待して。
期待通りにはいかなかったみたいだ。裏口から入り、薄暗い廊下でサングラスを外した。目の前の窓に、青い光が映る。とりあえず時間までに出勤しなければならない。仕方なくそのまま指揮所に入る事にした。
そういえば、と鏡の向こうの自分を覗き込む。この目はブレーザーが表に出てきていると言うことなのだろうか。別に身体が勝手に動いているという様なことも無いのだが。
「ブレーザー、君なのか?」
返事は無い。
「君が俺の目を通して外を見てるのかな?」
返事は無い。でも、ポケットの中で彼が宿った石がじんわりと熱を持った気がした。
「や、別に俺は困らないんだけどな、でも、なんというか…この状態だと皆の前には出られないんだよ。人間は目が光ったりしないし、俺の目の色は茶色だからさ…」
不意に、左手がピクリと動いた。ゲントの意思ではない。勝手に動き出した左手はそろそろと頰に触れ、そしてゆっくりと左の目元に触れた。冷たい指先が下瞼をなぞる。
「うん。それ。光ってるの、君だろ?」
これのこと?なんとなく、そう聞かれたような気がして答えた。
「君が俺の体を使うのは、俺としては構わないんだけど、でも今は困る…っていうか。うーん、どう言ったらいいのかな…」
こちらの言いたいことは伝わっているのだろうか。少しばかり不安を感じた時、急に視界が暗くなった。
目を瞑ったのだと理解するのに時間はかからなかった。
「ブレーザー?」
手は、もう自由に動く。目を開けた。黒い髪と、明るい鳶色の瞳。もう一度見つめた鏡の向こうの己は、いつもと何一つ変わらぬ姿だった。
「ありがとう。…また今度、次は都合の良い時にな、使って良いから。」
「隊長〜?どこ行かはったんですかぁ〜?」
ドアの向こうの廊下でヤスノブの声がする。ロッカールームに行ったはずのゲントが戻って来ないので探しに来たようだ。
「ヤバッ!戻らないと!」
慌てて踵を返すゲントのポケットの中で、蒼い石が柔らかな煌めきを放っていた。