ギンが嘘ついたせいで部屋の隅の埃に話しかけ続ける哀れな妖精 ──まずい事になったかもしれない。
”少し動いただけでキシキシ鳴る安宿の安い椅子”が鳴かないように意識しつつ、そんな椅子に座りながらギンは部屋の隅の異常光景を見やる。
「ふわふわくん! キミはなにをかんがえているんだい?!」
肩に乗せられる小鳥くらいの大きさの妖精が、部屋の隅に座りこんで埃の塊に話しかけている。勿論、埃は何も反応しない。パッと見、気が狂った哀れな妖精にしか見えない。
しかし、そんな哀れな様子を生み出したのは自分なので笑えない。最初はそんな様子を笑って眺めていたが、相手は謎理屈で村1つぶんの文房具を全て盗み出すようなバカだった。そんなバカを舐めていた。もう、笑えない。
数日前、妖精・ヴァガに「へやの すみの ”ふわふわ”は何?!」と訊かれ「エサあげてみろよ! なつくかもしれないぜ?!」と無責任に言ったが最後、純真無垢なバカは部屋の隅の埃にクッキーの欠片をあげたり、話しかけたりしている。
「ノドかわいたかい?! おみずのむかい?!」
当たり前にも無言を貫く埃に、ヴァガがそう話しかける。そのままギンの目の前に置かれた水入りのグラスの方に飛んできて、小さな手で水をすくおうとする。
「……ヴァガちゃん、おやめなさい」
ギンは指1本をヴァガの頭に置き、その行動を静止した。
「?! なんでジャマする、にーちゃん!」
「……本当にごめん。俺が悪かった」
「なに が?!」
「あの“ふわふわ”は生きていない……」
素直にそう吐くと、ヴァガは「もう死んぢゃったの?!」と面倒な事を言い出した。
「いや、そもそも……生きてない……」
「?? どういうこと?! そのはんだんは、どこでするの?!」
気が付けば、わからず屋のチビとの応対にストレスを感じ始めたギンが貧乏揺すりを始めて安椅子が金切り声を出し始めた。が、向かい合った席で読書をしているマモに机の下でスネを蹴られ、それを止められる。
「ミミズやアリも パッと見わかんないけど、アレ生きてるぢゃんっ!」
言われてみればそうだな、と軽く同意しかけたが、それとこれとは別である。
「うるせぇぞ、バカ」
目線をこちらによこしもしないマモの冷淡な物言いが、ギンとヴァガを貫く。
……あぁ、いよいよ冷血漢が愚問答に参戦してきたか。きっと純粋なヴァガの心は容赦なく砕かれる……と、ギンは心痛した。
「──そのふわふわは恥ずかしがりだから、お前がそうやってそばで騒ぎ続ける限りは動かないぞ」
………ん? 一瞬「それは埃だよ、バァカ死ねっ」と罵倒したのを聞き間違えたのかと思ったが、ギンの耳はそんな阿呆ではない。
「はずかしがり……?」
「お前にはわからんか。他の人が周りにいたら、緊張して動けなくなるような奴の事を」
「……はぅあ! 『にんじんくんのぼうけん』のトマトちゃんみたいののコト?!」
「ん〜……そうだな、そうそうソレソレ」
最初は「バカの夢を壊さないよう相手をしてるコイツ優しいな」と思ったが、急に投げやりになるマモを見るに「適当に相手してるだけだな……」とギンは思い直した。
「お前のいないところで、ふわふわ君はめっちゃ動いてるぞ」
「嘘だろ?!」マモが淡々とつく嘘にヴァガがショックを受ける。
「俺はアイツが動いても別に騒がないけど、お前はいちいち騒ぎそうだから、だからアイツはお前の前で動いてくれないんだよ」
もっともらしそうな事を真顔で吐くマモさんこえぇな、こんな感じで俺も何か嘘つかれてるんじゃねぇだろうな、とまでギンは思いだした。
いや。考えてみれば、マモは答えたくない事は嘘どころか全て「黙秘」で何もご教授してくれない奴だった。
──あれ? “嘘”という手間をかけられているぶん、ヴァガの方がマモに愛されてね? えっ、酷い……と、ギンは勝手にしょげてきた。
「そうなのか……ヴァがうるさいから、ふわふわ君はうごいてくれないのか……」
「お前が常に落ち着いていれば、もしかしたらふわふわ君は目の前で動いてくれるかもなぁ」
爪の中のゴミを取りながら、マモが雑に言う。
「それはそうとだな。……ギンの触覚あるだろ?」
急に自分の話題になり「は?」とギンは面食らう。『触覚』とは、ギンの頭の頭頂部辺りに生えている2本の双葉のようなアホ毛(?)の事である。
「あれを引っこ抜いた先に、どんな実がついてると思う?」
「……はぅあ」ヴァガが衝撃を受ける。
「あれ、なんか“実”がついてるん?!」
ヴァガに指をさされたギンが、丸くて大きい目をより大きく広げる。
「おぉ」マモの無責任な返答。
「え? 待って? 何で急にそんな話になるの?」
「にーちゃん! それ、なんかそだててたのか!」
ヴァガが慌てるギンの頭の上まで飛び、触覚を握ろうとする。
「うわ、やめっ……」
襲い来るバカを容赦なく叩き落とそうと手を上げたが「そういえば」と、上げた手が悔しくも止まる。
このウザイ羽虫は、こう見えて女の子である。無理である。触れもしないし、ましてやはたく事などフェミニストのギンには無理である。
ヴァガがスズメほどの大きさと言えど、出会い頭にその小さい体をこの手で握り潰した事実をいつかヴァガに「セクハラ」と訴えられるのではないかと戦々恐々としているギンには尚、無理である。
「痛っ! いたたたたっ!」
そうこう躊躇している間に、ヴァガはこっちの気など露知らずで容赦なくギンの触覚を引っ張る。
「ヴァガちゃん?! やめよ?! やめて」
「にーちゃん! ここに何うえてるん?? リンゴ?!」
りんごは地面に生えるものではない、とか注釈している場合ではない。バカは容赦なくアホ毛を引っ張ってくる。
「マモ! マモぉ このバカ! なんでそんな嘘を?!」
「そうやって他の事に気を取らせておけば、いつか埃の事も忘れるだろう?」
「おぉ、なるほど! 頭いいな、おま……イタタタタ」
ガキは、デカイ対象に対しての攻撃が強い。そのデカブツが自分みたいな小さい生き物の攻撃で痛がると思っていない。
そういう、自分がそうだった。体が厚くて大きい父親の背中や腹などをよく容赦なく殴打したり、その大きな体によじ登ったりして遊んでいた。あの父親だから子供が何しようが痛みも何もないだろうが、一般的な父親だったらだいぶ痛がるようなことをしていたと思う。
「にょ〜〜〜〜ぉ〜〜〜」
抵抗しないまま、ヴァガにアホ毛を引っ張られ悲しげなか細い声をあげ耐え続けるギンを横目に、マモは読書を再開させる。
「そもそも『埃がぁ〜(※裏声)』とパチこいたのはお前なんだからな。自業自得だろ、バカが忘れるまで相手してやれよ」
「にょ、お……」
マモの言うとおり、確かに自業自得なのでギンはヴァガにされるがままになってあげ……
「……て、たまるかよぉお」
ギンは頭を大きく振って、触覚に捕まったヴァガをマモの方に振り飛ばした。マモは、普通にヴァガを片手でキャッチした。
「ヴァガちゃん そいつのヘアバンド、外したらどうなると思う?!」
「?! どうなるん?!」
「封印されし、何か……何らかの秘めたる力が発動するぜ!」
ギンに指をさされながら壮大に適当な嘘をつかれたマモは「あ?」と眉をひそめた。
「マジで?! いつも”ブアイソォ”なのはフーインされてるから?!」
「そう!!」
「……いや、聞けバカ。ギンのあの横向きのトンガリ、実はとある秘密があってだな。ねじると……」
以降、ヴァガの醜い押し付け合いが続いた。