「なぁ。なんで『女が喜ぶ』で『嬉しい』なんだろうな」
ギンが机の上の執筆中の原稿用紙から目をそらさず、独り言のように言う。これは、後ろでギンの使う鉛筆をナイフで鋭く削る雑用作業をしてくれているヒーラーに向けてのものである。
「男が喜んだら、駄目なのかねぇ」
ギンが執筆を中断して、伸びをする。
「野郎が喜ぶ様より、女性が喜んでいる様のほうが華やかでいいだろ」
ヒーラーが、ギンの背中に返答をぶつける。
「で、その様を見て男が『嬉しい』んだろう。好きな人が喜んでた、嬉しい、みたいな」
「喜んだら駄目なのかねぇ男は」
再度、同じ事を言うギンにヒーラーが削ったばかりの鉛筆を手渡す。
「過去に『へらへらすんな』と、男が怒られた時代があったのでは?」
なるほど、とギンが呟く。
「俺も、女性は怒ってるより喜んでるほうがそりゃあ嬉しいしな」
ほぅ、と気の抜けた相槌を打つギン。
「あまり笑わない女性にプレゼントを贈った時に見せてくれる、あのかすかな笑顔は好き」
ん? ギンは耳を疑った。あのクールつんつんな冷酷ヒーラー君が『女性にプレゼント』するん? へぇ、ほぉ、と。
「と言っても、常に元気な女性にプレゼントを贈って戸惑わせて反応を見るのも、好き」
「ねぇ待って」
ギンがヒーラーの言葉が言い終わらないうちに、口を開く。
「お前……何で、女性にそんな贈り物しまくってんの……?」
自分と同じくらい奥手・陰キャ・女性に縁がない、と勝手に思っていたヒーラーのプレイボーイ的な発言の連続にギンは戸惑いを隠せなかった。
「わぁ、気になる女性がそんなにいるんです? わぁあプレイボーイィ」
その茶化した言い方に、ヒーラーは眉を顰めた。どうも『機嫌をとりたいが為に媚びて、女性に贈り物を頻繁にしている』とギンに捉えられている気がした。
「別に……贈り物をされるから、お返しで渡しているだけで」
「はゅ」ギンが、文字にしづらい謎の声を出す。
「え? お前がアプローチされてるの? え? モテてるの?」
そこまで聞いて、やっとギンに勘違いされている事に気付く。ヒーラーは、単に『母と姉』についての事を言っているだけだった。何でもない日でも贈り物をされるから、自然にそれのお返しをしているだけ……という話をしていた。
が、ギンに家族構成を知られるのは何となく憚られたので、訂正も否定もしなかった。