イチ松 俺の隣は指定席 遠征で乗るバスでは、俺こと、一之倉 聡の隣は激戦区だ。山王バスケ部は縦にデカいのはもちろんの事、横……筋肉による身体の厚みがある部員が大半だ。バスの中でゆったりとしたスペースをより効率よく確保できるのは、バスケ部の中で、非常に不名誉なことだが、比較的小柄な俺の隣に座ることだろう。
バスの座席を決める際、同性の部員に大層モテる己は滑稽だと思うが、俺としては誰が隣でも圧迫感を感じるのだから、どうでもいいのだ。できれば、気を使わない相手ならいい…そのくらいだった。
苛烈を極めたバス座席の争奪戦は、疲弊した俺の「もう(誰でも一緒だし)、面倒だからクジな」と含みを持たせながら言った一言でなんとか収まったほどだ。
だが、今回のバスの隣は、俺が決めさせてもらう。やっと両思いになった松本の隣に座る。最初から決めていた。誰かに何か言われても譲らない。絶対にだ。
* * *
「今度のバスの座席、俺の隣は松本で」
「「「え!?」」」
「なんだよ?たまには俺が指名してもいいだろ」
「……まあ、今までイチノには窮屈な思いをさせていたピョン。たまにはいいピョン」
「んだな」
「…と言うことで、松本よろしくな」
「あ、ああ。よろしく」
今まで俺から希望することが無かったからか、すんなりと意見が通り安堵する。これで松本の隣を死守することができた。
別のクラスということもあり、なかなか一緒に居る機会が無かった。先日までテスト期間だったこともあり、お互い勉学に集中する約束をして二人っきりで会うこともなかったのだ。やっと一緒に行動できる機会が巡ってきたからには、どんな手を使ってでも勝ち取る気でいたが、まあバスの座席くらいでガタガタ言う奴らでは無かったので、良しとする。
* * *
出発時は、お互いのテスト結果を話したり、今日の試合相手について話したりと、ゆったりとした時間を楽しんだ。
帰りのバスでは、お互い試合に出場したこともあり、静かに座って身体を休めていた。窓側に座る松本を眺める。前や後の座席からは寝息や静かな話し声が聞こえた。
俺たちを気にかける奴はいないことを確認し、膝の上に置かれた手に自身の手を重ねる。ビクッと動き、こちらをチラリと見る松本の頬は少し赤らんでいた。そのことに気を良くした俺は、指を絡ませ恋人繋ぎにして、お互いの太ももの間の隙間に手を隠した。
何か言いたそうな顔の松本にもう片方の手で、しーっと指を立て、何食わぬ顔で学校に着くまでの時間を過ごすのだった。
「松本、顔赤いぞ?」
「え!?あ、ああ……窓側だったし西陽で熱くなったのかも」
バスから降りるとき、他の部員から顔の赤らみを指摘された松本は、西陽のせいと答えていた。その後、照れ隠しに俺の腕に肘をぶつけてきた松本に、俺は目を細めにんまりと笑顔を向ける。
さて、次のバス移動までに松本が隣に座るよう根回ししなくては。まずは主将である深津をどう説得しようかと策を練るのだった。
おわり