子犬の青い春 沢北side 高校に入学してから、バスケが楽しい。中学では味わえなかった同レベル・もしくはそれ以上のレベルの人とバスケができる充実感でいっぱいだった。
同じポジションの一つ上の先輩である松本さんにはよく1on1を強請り、嫌な顔をしないことに甘えていた。昔のように、暴力を振られないか不安がなかったかと言えば嘘になる。だけど、松本さんの瞳に闘志を宿し、自身に挑む姿を何度も見る内に独り占めしたい気持ちが出てきたのだ。
周りで噂になっていても、相手をしてもらえるなら、まだ大丈夫だと思った。
久しぶりのオフ日、同学年を自主練に誘うより、松本さんとバスケをしたかった。他の先輩じゃなく、松本さんが一番最初に思い浮かぶ辺り、ゾッコンだなと思う。
松本さんを探して2年の教室の前を歩いていると、野辺さんと一之倉さんに会った。
「なんだ沢北、自主練の相手探してんのか?」
「はい!松本さんと自主練したいですけど、教室に居ますかね?」
「あー……さっき、将棋部のやつと将棋してるの見たな。今行けば居ると思うけど……お前、周りから言われてるの分かってて、松本を誘うんだよな?」
「……はい」
「…………お前たち2人が良いなら、いいんだけどさ。外野の俺たちが言うことでもないし……部内で不和に繋がるような行いはするなよ」
「うす。……失礼します」
2人が言いたい事は分かる。俺と松本さんがレギュラーの座を賭けて争っていると思われている事、そして、それを面白おかしく噂にして流している奴がいるということだ。
実際、俺と松本さんは1on1をしたり、練習でも競うことが多い。俺は松本さんに対して悪感情はもっていないし、松本さんもそうだと思う。……いや、そうであって欲しいというべきかもしれない。
コチラを見つめるギラついた瞳。どんなに俺に負けても闘志が消えない目が見たい。あの瞬間だけは、俺しか視界に入らない。松本さんの視線、思考を自分で独占したいのだ。まるで、松本さんに恋しているみたいだな……と自嘲しながら、教室に向かう。
静かな廊下にパチ、パチ……と音が聞こえた。音の後には聞き慣れた声が耳をくすぐる。松本さんの声だ。どうやら話の内容は俺のことのようだった。廊下から、声をかけて良いか伺う。
『噂になってるヤツはさ、バスケのプレーで観衆を惹きつけることができるし、実力もある。あいつは、きっと大人になってもバスケをしてる側の人間だと、……俺は思う。海外でプロになるヤツだよ』
(俺のこと、そう評価してくれてたんだ……)
聞こえてきた言葉に胸が震え、嬉しさでフワフワと夢見心地になる。だが続く言葉で地面に叩きつけられた。
『今、山王の中でプロになるって気持ちのヤツがどの程度いるか分からないけど、15歳でずっとバスケしていくって思ってるヤツに、今の俺は負けてるんじゃないかとは思ってる』
『苛立たつ気持ちは正直あるし、アイツに負けっぱなしで……バスケを楽しいかと言われると、分からなくなってきた……』
静かに響いた言葉に血の気が引き、ヒュッと息の詰まる。頭の中は、(どうしよう……)(松本さんに嫌われちゃう)(そんなの嫌だ……!)の言葉で埋め尽くされた。
『苛立つ気持ちは……沢北に、……じゃなくて自分自身にだけどな』
『それに、バスケを辞めたいと思ってはいない……バッシュの音、ボールが弾む音、シュートを決めたネットの音を聞かないと落ち着かない。ボールに触りたくなる。…………きっと、バスケを嫌いになれない』
松本の穏やかな声を聞き、小さく安堵の息を吐いた。
(よかった。嫌われていない……また、あの瞳を見つめられる)
『言葉にしたく無いけど…………次の山王のエースは、……きっと沢北になる』
『でも、レギュラーの座は譲るつもりはないし、プレーで負かしてやる。…………沢北に負けないと言ってても、エースはアイツだ…なんて言って…………矛盾してるな』
『沢北はさ……俺との事で色々言われてる筈なのに、何度も俺に1on1を挑んでくるんだよ……なんかアイツを嫌いになれないんだよな』
『見離されないか確認しているみたい…というか、……力関係のマウントを取りたい感じでもないし』
(松本さんとバスケしたい。俺の全力のバスケを見てほしい。ずっと俺のことで頭いっぱいになって欲しい。松本さんを全てを独り占めしたい。……恋してるみたいじゃない。俺、恋してるんだ)
* * *
「………参りました」
「はーい。ありがとうございましたー」
将棋が終わったところで、教室の中に入る。「松本さん」と声をかけると、少し強張った顔で返事をされた。
「……沢北どうした?」
「あの……」
バスケしたい。その言葉を言うだけなのに、何故か口の中が乾いて上手く声が出ない。モゴモゴとしていたら、将棋をしていたもう一人の先輩が声をかけてきた。
「……まっつーとバスケしたいの?今日、オフ日でしょ?自主練、頼みたい感じ?」
「あっ……うす」
頷きながら、松本を見つめる。頷いて欲しい。その一心で松本さんの反応を待つ。
「……黒井、また明日」
「おー」
「松本さっ……!」
コチラを見ず、級友に挨拶をする松本さんに、慌てて声をかける。心の中は(どうしよう、やっぱり俺のこと嫌いなのかな)と不安な気持ちが暴れそうになった時、「沢北、準備するから先に体育館行ってろ」と松本がコチラを見て言った。
大好きなギラギラと闘志が宿った瞳に見つめられ、元気よく返事をする。
「…っはい!準備して待ってますから、来てくださいね!!」
「失礼します」と笑顔で挨拶をして、教室を出る。いつもより身体が軽いような気がする。今日のバスケも良いプレーができそうだと思いながら、早足で体育館に向かう。
体育館に向かう沢北の姿は、まるで散歩が待ち遠しいウキウキした子犬のようだったと見た人は言った。
つづく