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    reika_julius

    @reika_julius

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    reika_julius

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    封印タグのやつ。
    封印→緻密な設定、パロ、ショー好き、三点リーダー、15000以下、シリアス

    神代類は恋を知らない つまらない毎日─それが神代類の世界に対する常の感想だ。生まれ持った頭の良さ故に同年代とは話が合わず孤独を歩み続けていた類は、それを良しとはしていたが何か心につかえる複雑な感覚を抱えていた。そんな日常を破壊したのは1人の青年との出会いからだった。登下校中の駅で見かけた青年、金からオレンジへの流れるようなグラデーションの髪にトパーズのような瞳を持つ笑顔が眩しい他校の制服を纏った彼に類は目を奪われた。どうしてか目が離せない、心臓を鷲掴みされたかのような胸の痛みを覚える。その日から毎日目で追ってしまう。これは一体何なのだろうか───


    「いや、それは恋ではないか?」
    「こい?」


    駅のベンチに並んで座り呆れを含んだ声を発したのは類が気にする青年─天馬司だ。類は司の言葉に対して小首を傾げるに留める。殆ど関わりの無かった他校生の2人がこのようにして話し合うようになったのにはしっかりとした経緯がある。
    それはつい昨日の事だ。前提として類は司に複雑な感情を植え付けられてから密かに彼の周辺事情をドローンを駆使して集めていた。言い換えるならばストーキングという言葉が妥当だろう。だがドローンを操作する類にその意識は無かった。これは何故己がこのような思いをしているのかを突き止めるための純粋な探究心から起こす行動なのだ。名前は、どこの高校に通っているのか、何が好きか、何が嫌いか、家族構成は。気がつけば大学ノートの半分を埋められるほどまでに個人情報を握っていた。しかし類は止まらない。止まることは出来ない。なぜならば目的を何一つ果たしていないからだ。この感情の名称も道理も未だ何も掴めていない。桜が風に乗って景色を彩る季節から青い葉を揺らし主張をやめるようになった季節までの約一ヶ月彼を追い続けた。そしてとうとう昨日下校の途中、駅で司に声をかけられた。掃除当番ではない日以外は常に同じ時間の電車で帰るはずの司がその日だけは一本早い時刻で乗り改札を通ったあとも帰らず改札からほど近い場所で立っていたので不審に思う類だったがまさか自分を待っていたとは全く仮定していなかった。司より数本後の電車を降りた類が改札にICカードをかざしていつものように通り抜けると目の前には仁王立ちでこちらを見上げる彼がいた。
    「お前だろう、最近ずっとオレを変な機械でつけ回している奴は。何か言いたいことがあるなら直接聞け、不愉快だ。」
    気づかれているとは思わず瞠目して言葉を失った類はこの行為にどこかにやましさが存在していたのだろう。内心焦りながら弁解をしようとするも言い出す前に司から切り出した。
    「良いか、明日またこの時間にこの場所で待っててやる。聞きたいことを今日中にまとめておくんだな。」
    傲岸不遜─まさにそんな言葉が似合うような態度と言葉に類はますます胸が苦しくなる。普段の学校生活などでは殆ど見られなかった珍しい彼を正面から録画出来なかったのが残念だがしっかりと記憶中枢には留め背を向けて帰ろうとする彼に言葉を投げた。
    「あのっ、じゃあまた明日会おう天馬くんっ!」
    「当たり前のように名前を呼ぶんだな。まぁいいまた明日会おう。」
    そして今に至る。彼と直接話せば今度こそ何か分かるかもしれない。そんな期待からか類は今朝からずっと上機嫌だった。彼を見たその日からセピア色の景色に色がついたような感覚があったが今日はその色がより一層鮮やかで美しい。しかしふと思い返す。よくよく考えれば類は司のことに関して知らないことの方が少ない気がする。流石に家の中を撮るのは留まったので家族と接する彼をあまり知らないがそれ以外であれば過去のことも調べ尽くした。今更何を聞けばいいのか。神代類は苦悩するも答えの出ないまま放課後を迎え彼の待つ駅に降り立つ。改札を通ると目線の先には腕を組んで待つ司が居る。その姿を捉えた瞬間何故だか駆け出したくなるがゆっくり確実に近づきこちらを見る彼に「こんにちは。」と声をかけた。「待っていたぞ。」という彼は駅構内のベンチで話そうと提案し特に却下する理由もなくそこに二人で掛けた。はてさて何を聞こうか。腰を落ち着けて類が改めて思案し始めたその時司の方が口を開いた。
    「まず、お前は何故オレのことをコソコソと調べ回っていたんだ?誰かに頼まれでもしたか?」
    司の疑問は当然のものだろう。接点の一つもない男に個人情報を探られるというのは恐怖以外の何物でもない。それでも警察に通報せず普通に考えれば危ない人物に声をかける司は相当強い精神力の持ち主だった。危うく前科者になるところだった類はこの幸運に一度感謝するべきかもしれない。
    「いいや、誰にも頼まれていないよ。ただ僕が君のことを知れたらこの謎も解けると思ったから調べていただけさ。」
    「謎だと?」
    「うん。」
    司の問いかけに家族と話すときと同じようなテンションで答える。前述の通り類は好奇心に従って司をストーキングしている。多少のやましさ、後ろめたさはあったが分からないことを分からないままにする不快感には勝てず無理やり自分の中で正当化している為に罪悪感というものは無い。
    「僕は君を初めて見たとき目が離せなくなったんだ。なんというか、胸が痛い。こんなこと今まで無かったんだ。だからきっと君を調べていけばこの謎も解決出来ると思ったんだよ。」
    「いや、それは恋ではないか?」
    「こい?」
    ここで冒頭の台詞に戻る。
    司はほとほと呆れた。これを恋と言わずしてなんと言うのか。小首を傾げながら右手で自分の胸を鷲掴む類は何を言っているのか理解出来ないという顔を浮かべている。何が虚しくて男相手に自分への恋心を説明してやらなければならないのか、と普通の人物ならば思うだろう。しかし司は違った。どうにかしてこの鈍すぎる人物に気づかせてやらなければと義務を負った。
    「仕方ないな、このオレが直々にお前の恋心を自覚させてみせようではないか!」
    「なんかよく分からないけど頼もしいよ天馬くん!」
    「ああ、司でいい。お前のことは類と呼んでもいいか?」
    「じゃあ司くんって呼ぶよ。ん?僕の名前を知っているのかい?」
    「まぁな神代類、だろう?」
    電車の到着や通過を知らせるアナウンスや大勢の人間による騒音の中二人は他人の目も気にせず手を握る。この日から二人は放課後必ずこの駅で落ち合うようになった。全ては類の疑問─恋を分からせるためだ。



    ───────


    「どうだ?妹から借りた少女漫画なのだがこれを読んで何か分かることはあったか?」
    「そうだね。起承転結の転の部分の理由付けが雑すぎたところ以外は普通に面白かったよ。」
    「いや感情を見て欲しいのだが。」
    天馬司は苦悩した。類は恋を理解しない。恋という言葉自体は知っているようだが感覚が分からないらしい。絶対に類が抱えているのは恋だ。恋でしかないと確信している。それだというのに類はその感情が恋だと受け入れない。
    「うーん感情も注目したんだけれど、僕は君のためになんでもしてあげたいとかではないんだよ。君がとてもかっこいいとか可愛いと常に思っている訳でもないと思う。恋の定義には当てはまらないのではないかい?」
    「いやかっこいいとか可愛いとか思うことはあるのか?」
    「あるね。君はかっこいいし可愛いよ?」
    「お前何言ってるか分かってるのか?」
    司は駅のベンチの上で頭を抱える。かっこいいと可愛いは分かるのに恋は分からないのかと長い溜息をついて妹の少女漫画を回収した。漫画六冊分は持ってきたときよりもずっと重い。様々な方法を試してこの手応えの無さは有り得ないだろうと虚空を見上げる。これ以上何をすればこの男は自分への恋心は気づくのだろうか。そんな司なぞ露知らず類はそれを恋だとは全く思ってなどいなかった。何故なら司は類にとってとても気軽に話せる初めての人物だった。きっと友人というのはこういう関係のことを言うのだろうと勝手に結論づけてしまっていたのだ。ひとえにこれは類に友人が存在しなかったことが原因だろう。
    「司くん、そんなに落胆しないでおくれよ。僕達は友人という関係のままで良いんじゃないかな?」
    「落ち込んでなど─いやまて友人じゃないが。いつの間にオレとお前が友人になったんだ?」
    「そんな無理に恋人になんてならなくてもいいと思うよ。僕はこのままの居心地がいい。」
    「話を聞いてるのか?殴りたいなコイツ。」
    まるで殊勝な面持ちの類に拳を入れたい気持ちを抑え駅構内の人の流れを眺める。平日の夕方は仕事を終えた社会人や学生が雪崩込む。その中でとある会話が司の耳に入った。学生の男女が「じゃあまた明日ここで待ち合わせね!」と話していただけだがそれは司にとって思わぬ盲点を突かれたに等しい。明日は土曜日、つまり学生にとっては休日だ。会話の主は休日も会おうという約束をしていたと推測できる。類と司はまだ一度も休日に約束して会ったことは無い。
    「類、明日は何か予定があるか?」
    「ないよ?どうしたんだいいきなり。」
    「明日はデートをするぞ!!」
    「へ?」
    「デートをするぞ!!」
    司のよく通る声が構内に轟き人の流れが一瞬止まったような気さえした。実際にはしっかりと駅構内の人間の足を止めるほどの注目の的になっているので類の感覚は間違ってはいない。
    デート、日本語で逢い引き、フランス語ではランデヴー。類の脳内では様々な言語でデートを変換していく。
    「明日の10時にこのベンチで待ち合わせだ!しっかりオシャレをしてくるんだぞ!!」
    「は?え?」
    「それではな、類!」
    未だ状況を何一つ呑み込めず周囲の注目を浴びている類を置いて司は帰宅の為に駆け出す。私服で休日に二人で様々な場所を回ればきっと鈍い類だって自分の気持ちに気づくきっかけくらい作れるだろう。類と会うようになってからはいつもより早い時間に帰宅すると最愛ともいえる妹─咲希が「おかえりなさい!」と迎えてくれる。両親はまだ帰宅していないようだ。手洗いうがいを手早く済ませ自分の部屋に上がりローゼットを勢いよく開きその中の服を全て抱えて咲希のいるリビングへ降りる。服の山を抱える兄に怪訝そうな声をかける咲希へそれをぶちまけた。
    「何これお兄ちゃん。」
    「咲希、オレは明日デートをすることになった。」
    「ええぇ?!お兄ちゃん彼女いたの?!そういえば最近よく漫画借りに来てたけど!どんな人!!」
    「いや付き合っていないのだがとにかくデートをすることになったんだ。オレに似合う服を見立ててくれないだろうか?」
    「え?付き合ってないの?それデートって言わないんじゃない?」
    「いや、あいつはオレのことを好きだからな。これはデートだ。」
    「いや意味わかんないよお兄ちゃん。」
    何がなにやら分からないままソファを降りて床に投げられた慎重にボトムスを選び抜きコーディネートを決める咲希はやはり疑問を放置出来ず問いかけてしまう。
    「お兄ちゃんのこと好きな子がいるの?」
    「あぁ、オレのことを好きすぎてストーカーをしていたのだが話してみると案外普通のやつでな。」
    「待って待って、ストーカー?」
    「でも何度言ってもオレのことを好きだと認めん。だからデートでもして気づかせてやろうと思ってな。」
    「おかしくない?」
    「そうだろう?おかしい奴なんだ。」
    「いやその人もだけどお兄ちゃんが。」
    咲希の心配を受けて司は一度考える。何故自分がおかしいと言われるのだろうか。類が恋を認めないからそれを認知させようとしているだけだ。
    「だってお兄ちゃんストーカーされてたんでしょ?普通警察に行かない?ていうか行ってよ。」
    「なるほどストーカーか。いやあれはだな、なんとなく話せば大丈夫なのではないかと思ったんだ。よくある変な手紙は送ってこなかったしな。奥手な奴だ。」
    「奥手の使い所間違ってるよお兄ちゃん。」
    喉が渇いたと水を飲む兄に一抹の不安を咲希は覚える。しかし相手が悪い人では無いのならば明日デートだと言う兄自身も楽しそうなので良いかと自分へ言い聞かせ靴下を手に取った。
    「お兄ちゃんも相手のこと好きなんだね!」
    「む?なんのことだ?」
    「お兄ちゃんもその人のこと好きなんでしょ?」
    「いや好きじゃないが。」
    「えっ?じゃあなんで好きだと言わせようとしてるの?」
    「あいつが自分の気持ちが分からないと言うからだ。恋を恋だと教えてやらねば可哀想だろう?そのためにストーカーまでしてたのだから。」
    驚きのあまり靴下は床に転がった。兄はお人好しなところがあるが流石にこれは妹として見過ごしていいものなのか。机にコップの置かれる音が広いリビングに鳴った。
    「お兄ちゃんは、その人に付き合ってって言われたらどうするの?」
    「ふむ、えー、そうだな、考えたこと無かったな。まぁ付き合ってやらんこともない、だろうか。話していて楽しいしな。うむ。」
    「えー?」
    咲希の言葉に司は明らかな動揺を示した。類のことは嫌いではないが付き合うということは考えてはいなかったのだ。よく考えれば好きなことを自覚させればその先は恋人だ。ごく当たり前のことにどうして気がつかなかったのか、動悸がしてもう一度水を飲むために空のコップに手をかける。
    「なんだかお兄ちゃんの方がその人のこと好きみたい!」
    「なっっっ?!!!?」
    コップは横に倒れる。顔に熱が集まり背中に汗が流れる感覚がある。何を言うんだ最愛の妹よと笑い飛ばすことが出来ない。有り得ない、そんなこと。
    「さ、咲希、それはないぞ!なぜオレが!!違う、オレはだな!違うんだ!!」
    コップを立て直して頭を振る。誤解されてはかなわないと必死に否定の言葉を口に出した。類を見ても特に胸が苦しくなるなんて一切ない、可愛いともかっこいいとも思わない。恋なんてしていないはずだ。咲希は「変なお兄ちゃん。」と言って意地の悪そうな笑みを浮かべると見立てた服をソファに置いて部屋へ帰っていった。


    ──────


    翌日司は朝の6時半には起きていた。カーテンの隙間から洩れる陽光はまだ大人しい。10時に待ち合わせるにはまだまだ時間がある。朝食を取って咲希の選んだ服を纏い変なところは無いかと鏡の前で何度も見直す。一応デートと呼称したからには完璧な状態で会いたいのだ。髪の毛は少しくらい弄った方がいいかと思案していると時計は家を出る時間をさしていた。急いで家を出て駅構内のいつものベンチに到着すると時刻は9時55分、類はまだ来ていなかった。類が来るまで暇を潰そうとスマホを取り出すも改めて考えるとデートプランなど一切無いことに気がついた。急いでプランを練ろうと思案するものの司自身デートは初めてのことで一般的なデートというものがどのようにして行われているのか皆目見当もついていない。スマホで検索をしてみれば映画館や水族館や遊園地という言葉がずらりと並ぶ。ここから少し離れたところにはフェニックスワンダーランドという規模の大きい遊園地があるのでそこに行くのもいいかもしれないと地図アプリを開く。駅からの経路を調べていればあっという間に10時になった。もうじき類も来るだろう。出会った際に交換したSNSには家を出たというメッセージが届いている。類の私服はどのようなものだろうか。司は類の私服を一度も見たことがない。休日のデートを提案したのには類の私服が見たかったからという理由も若干含まれている。
    「司くん、お待たせ!」
    自然と頬が緩みかけたところに背後から類の声がして急いで表情を戻すも何故だか振り向くのに緊張を覚える。動悸がする。いや実は何故なのかには自分ではなんとなく気づいてはいるが改めて認識してやるのは屈辱だった。故に息を大きく吐いてからその気持ちを振り払うが如く勢いよく振り向いた。私服に対してなんと言おうかとまとまらない言葉を散らしながら。
    「待ってなどいな──いやダッッッサ!!?!!」
    口から出たのは全く予想外の形容詞だった。駅構内に響く司の声と類の格好に周囲がザワつくが彼らはその目線を気にする様子もなく話を継続する。
    「おい待てなんだその頓知気な格好は!!!!」
    「うん?」
    「色!!なんだそれ!!どこで買うんだそんな服!!?オシャレと奇抜は違うぞ?!!」
    「普通の店で買ったよ?」
    「普通?!?!これがか?!お前もしかしてこれまでの人生別世界で暮らしてたのか?!」
    「そうだね、司くんと会ってから世界が変わったよ!」
    「やかましいわぶん殴るぞお前!」
    類の私服はあまりにもセンスが超越していた。詳しい説明は省くが目立つのはその常人はなかなか選べない色の組み合わせだ。シブヤには尖ったファッションセンスの人間がよく見かけられるがそれとは違った絶妙なダサさだ。知らない方が良かったかもしれないと司は思うが最早後の祭りである。
    「お前日本で生まれていて良かったな、そのセンスで内戦中の場所歩いてみろ。即刻狙撃対象だぞ。」
    「フフ、司くんには心臓を狙い撃ちされた気がしているからこの格好には感謝しなきゃなのかな?」
    「銃刀法違反が今こんなに憎くなるなんて平和に対する罪同然だな。ん?いや待てお前本当に恋を知らんのか?オレをからかってるのではあるまいな?」
    「うん?えーと、恋と狙撃に何か関連性があるのかい?」
    何を言っているんだこの男は、そのとぼけた顔を五発殴りたい。苛立ちを乗せた拳は辛うじて理性で押さえ込みやり場のない感情はため息として吐き出された。肺の中を一度空にして改めて類を見るとやはり酷い色合いの格好だ。紫の髪に水色のメッシュという派手な頭をしている時点で気づくべきだった。
    「それで、デートって言っていたけれど何処か行くところは決まっているのかな?」
    「ああ、そうだな。決まっている。」
    司はスマホでマップを開いて迷いのないフリック入力で目的地を設定し案内を開始させ類に見せつける。20分で到着するらしい。
    「服を買うぞ、類。」
    「服?」
    「服。」
    マップの目的地が指す店名を類はよく知らないがデートにありがちな水族館などではないことくらいは分かる。何故服をとは思ったが鬼気迫る様子の司には何も言えず首を縦に振るとそのまま連行されるに至った。ちなみに類は自分の服の何がおかしいのかはさっぱり分かっていない。


    ──────


    「ほら、こうすればまともに見えるだろう?」
    「えぇー色が地味じゃないかい?」
    「これが!!普通なんだ!!」
    鏡に映る自分は地味─その一言に尽きた。制服とも異なる、常なら絶対に着ないその色はある意味新鮮かもしれないが好むかと言われれば別問題だ。
    「うむ!似合っているぞ、類!」
    「そ、そうかな?」
    隣で太陽のように笑う司に類はまたも心を乱された。周りの色がより鮮明に映る。類自身は微妙だと思っていたその服が魅力的に感じる程に司の言葉は不思議な魔力を含んでいた。
    「よし、では会計を──」
    胸の内がむず痒く何も言えない類を置いて司は財布を取り出していた。これでようやく司自身にも原因がある周囲の奇異の目から逃れられると笑みを浮かべて安堵に浸っているとヒソヒソと何やらこちらを見ながら会話をするのが聞こえる。当然気になるので聞き耳を立てるとどうやら類に対して何か言っているようだった。
    「ねぇねぇあの人、すごいイケメンじゃない?」
    「ほんとだー!!」
    店内に流れる流行りの曲に女性特有の高い声がかき消されることはなかった。言葉を聞いて脳で理解した瞬間、司は不快な気持ちを抱いた。その気持ちの名称を司は知っている。
    「なぁ、類。」
    「どうしたの司くん?」
    「やっぱり、服買うのは辞めてフェニックスワンダーランドに行かないか?あそこならお前の派手な格好も中和されるだろうしな。」
    類は顔が整っている。所謂イケメンと呼ばれる範囲に余裕で入っているだろう。制服姿の時も類に振り返る人物は多かった。それは見た目の派手さもあるだろうが顔の造形にも要因があると司は推測する。
    実は類のみではなく司もその恵まれた容姿故に道行く人に度々見られていたのだが気づいていない上にそれすらも類目当ての目線だと勘違いをしているのでこの推測は微妙に前提条件が異なる。
    「司くんがそうしたいならいいよ。行こうか。」
    「悪いな、振り回してしまった。」
    「フフ、僕は君が行きたいところに行ければいいよ。」
    元の服に着替えると先程の嬉々とした声は聞こえない。その事実に胸が満たされるのと同時に焦りの感情が生まれた。司はシャツの裾を握り悔しさに顔を歪ませながら「くそっ」と小さく吐き出す。まだ認めたくないと思うのに気持ちは次々と気づかせようとしてくる。いっそのこと類ほどの鈍感であれば良かったと羨みフェニックスワンダーランドへと周囲の視線を二人で独占しながら向かった。


    ───────


    「そういえばね司くん、さっき君を見てから世界が変わったといったけれど本当のことなんだよ。」
    「ど、どうしたんだ急に?」
    「僕は今まで色が分からなかった。つまらない世界は不鮮明だった。制服の色が何色かも考えたことなんてなかったんだよ。」
    フェニックスワンダーランドの入り口にて穏やかな表情を浮かべながら類は語った。「透き通るような青空の下のカラフルな遊具を見て言わずにはいられなかったんだ」という一言を添えて。類にとって以前とは別物のような世界は司によってもたらされたのだと。
    「司くんに会えて、色がこんなにはっきり分かるようになったんだ。毎日が楽しくて、あたたかい。」
    「───っ。」
    司は顔を赤くして下を向いたまま黙り込んだ。無自覚な類の素直な言葉は司にとってとうとう決定打となる。
    ──司は類に恋をしている。
    目を背け続けたその気持ちを認めてしまえばそれまで蓋をしていた類への様々な感情も溢れてくる。もう見ないふりは出来なかった。
    「類は、楽しいんだな、毎日。」
    「そうだね!司くんとこうやって話すようになってからはもっと楽しいよ!」
    「オレも楽しい、お前と会ってから。」
    しかしもし類が本当に恋をしていなかったらどうしよう。司はそんな今まで考えたこともなかったことを危惧し始めた。ただ本当に類が抱いているのが友情に留まるものであれば司の想いは一方通行でしかないのだ。
    「?どうしたんだい司くん?どこか怪我をした?」
    不安のために苦しくなり胸を抑える司に類は明らかに動揺を見せる。そして何かあったのかと顔を覗き込もうとしてくるがそれを空いていた左手で制した。
    「いや、なんでもない。類は何に乗りたい?」
    声色で心配されているのは理解出来ているが司にはこの不安を吹き飛ばす方法が分からず顔を上げることが出来なかった。
    「僕はなんだっていいよ、君と乗れれば。」
    「オレも、お前と乗れればいい。」
    暗く重いオウム返しの台詞は、けれど司の本心だった。二人で乗れればなんだって嬉しい。嬉しいのにやはり急に芽生えた不安は恐ろしい。そんな司を見かねてか、類は無理やり顔を上へ向かせた。
    「?!るっ、い?!」
    「僕は、司くんとここで楽しみたいよ。」
    「──え?」
    目の前に映るのは不安そうに眉を下げる類の顔だった。
    「司くんは本当に僕と居て楽しい?さっきからずっと、泣きそうな顔をして─僕と居るのは本当は嫌なんじゃないかい?」
    嫌なわけないと心の中で即答する。司だって楽しみたい。けれど拭えない不安に押しつぶされそうなのだ。
    「司くん、僕はね。司くんに恋愛感情を抱いているのかはまだ自分ではよく分からない。けど、司くんと一緒にこうやっているのは凄く楽しいよ。」
    「!!あ──、そう、か。楽しいんだよな、お前も。」
    類の言葉にハッとさせられた。わざわざ今日ここに来たのはこんな不安になるためでは無い。それどころか類にまでその暗い感情を伝播させてしまったと司は己を恥じて不安に対する答えを出した。
    「すまなかった、類。もう大丈夫だ!まず手始めにあのジェットコースターに乗ろう!!」
    いきなり明るくなった司に戸惑う類の手を取って今日1番の笑顔で駆け出す。例え今恋愛感情を抱いていなかったとしてもこれから自分に惚れさせれば良いと司は見事に不安を吹っ切ってその後のアトラクションを全力で楽しんだ。隣に類が居る、今はそれだけでいいのではないかとさえ思える。
    アトラクションを制覇する頃には日がすっかり暮れていた。二度目の観覧車は昼とは違いライトアップされた園内を見下ろせる。
    「類、見ろ!さっき乗ったアトラクションは上から見るとあんなルートを走っていたのだな!!」
    「フフ、そうだね。」
    「類?何を見ているんだ?」
    ガラス越しに園内を眺める司とは対照的に類はずっとガラスの外の虚空を見ていた。ゴンドラはあと少しで頂点に達する。
    「星だよ。ご覧、向こうに一つ大きな星が見えるだろう?」
    「ん?あぁ、そうだな。こんなに明るい中でも見えるとは。」
    「うん、一等星の中でもかなり光の強い星だね。」
    虚空だと決めつけていた先には一等星がいた。辺りの空を見渡すもそれ以外の星は見られない。類はその星からは一切目を離さないまま口を開いた。
    「司くんみたいだと思ったんだ。」
    「は?」
    「あの星は僕にとっての司くんみたいだなって。」
    そう言うと類はゆっくり司の方へ顔を向けた。穏やかに微笑み透き通った金の瞳は電灯の下で煌めいている。
    「何も見えない中で君だけが輝いて見えた。僕の夜空を彩ったのは君なんだよ。」
    「う、お前、何を言っているのか分かっているのか?」
    心臓の音が酷くうるさかった。友人だと思っている人物にこんなキザったらしいことを言うのは本当に友情なのか誰かに聞いて確かめたくなるほどにこれは告白としか思えなかった。やはり類はきっと自分のことが好きなのだと確信したい。だから類にとある質問をしようと口を開きかけたその時なんの前触れも無いままに身体を引き寄せられてキスをされた。
    ゴンドラは遂に頂点に達し、唇が静かに離れていく。
    キスをされた司は顔を真っ赤にして信じられないとでも言うような顔で類を見つめており、キスをした当人の類も顔を赤くして呆気に取られたように固まっていた。
    「あの、ごめん、なんだか、急に──」
    恋を知らない類もこの行為の意味くらいは理解していたようだ。口元を片手で抑えて司に詫びている。しかし司は謝罪なんて要らないと一言突きつけた。
    「司くん?」
    「キスなんて、ただの友人にするものか!いい加減気づけ類、お前はオレのことが好きなんだ!!」
    司の声はゴンドラには狭すぎる。大音量を至近距離で浴びた類はゆっくりと「好き」という言葉を反芻した。
    「好き、あぁ、好き、か。確かに好きかもしれない、司くんのこと。」
    「最初から言ってるだろう!お前はオレのことが好きだと。」
    それっきり類は何も話さなくなった。先程まで近かった夜空は今はあんなにも遠い。気がつけばもうすぐ降りなければならない場所まで来ていた。園内のキャストが肉眼でハッキリ表情まで見えるような位置まで来ても類はひたすらに考えている。
    「類、いつまで悩んでるんだ?降りるぞ!」
    「え、ああ、分かったよ。」
    扉が開くその瞬間まで何かを考え込んでいた類を押し出して観覧車を降りてそのまま出口に向かって園内を歩く。地上からでもあの一等星は変わらず輝いていた。
    「あの、つかさく──」
    「類、その、だな。実を言うと、オレもお前と同じ気持ちなんだ。」
    「え、同じ?」
    「あぁ、それでだな─」
    ライトアップされたアトラクションが双方を囲みこの場所を楽しむ人の喧騒は夜でも明るさをもたらしている。きっと今言わなければ言えず終いになってしまう─そう思った司は遂に腹を決めた。
    「お前がっ、どうしてもと言うのならば、つっ、付き合ってやらんことも無い!!」
    「司くん──!!」
    いつもよりずっと早い鼓動が周りのどの音よりもハッキリと聞こえるほど司は緊張をしていた。それでも類の瞳からは絶対に目を逸らさずに言ってのける。
    類は司の言葉に安堵したような笑みを浮かべその手を握る。
    「嬉しいよ、司くん!!じゃあ来週一緒に来てくれるんだね!!」
    「うむ!ん?待て、何の話だ?」
    長い戦いが終わった。司はそんな気持ちで満たされていたが何やら雲行きが怪しい。何故告白をしたら来週の約束の話になるのだろうかと眉を顰めた。
    そんな司に類は1つのパンフレットを取り出す。
    「僕は司くんのことが好きだよ!!でもそれが恋愛感情なのかは分からないんだ。だから来週、ほら、カモノハシのイベントがこの辺りで開催されるんだけど!」
    「かものはし?」
    「僕はカモノハシも大好きなんだ!!でも多分カモノハシには恋愛感情を抱いていないような気がするから司くんとカモノハシへの好きにどんな違いがあるのか──うぐっっ!!」
    ドスッという重い音と呻き声は周囲の騒音にかき消される。
    司は類の腹へ突き立てた拳を握りしめながら地面にうずくまる彼をただただ見下ろしていた。
    「ゔゔ、つかさくん?」
    「嫌いだ、お前のことなんて、嫌いだ!!二度とその面を見せるな!!」
    トパーズの瞳からポロリと雫を零しながら司はそのまま類の前から走り去る。
    「えっ、待ってよつかさく、ゔ、痛っ!!」
    眩しい光と騒々しい人混みの中一人取り残された類は今はただ殴られた腹をさすることしか出来なかった。


    余談であるが結局来週この二人はカモノハシのイベントに繰り出すことになる。司の苦難はまだまだ続きそうだ。
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    👍👏💞💖💘💘💘☺
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