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    reika_julius

    @reika_julius

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    reika_julius

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    前回の続き
    まだまだ序盤

    海ハミルツ第一章(1) 熱に魘されるハミングバードをそこらの島や港町に捨ておくなんてルイには出来なかった。せっかく奴隷船から救ったというのにそんなことをしては二の舞になってしまう。どこで暮らしていたのかも分からないが保護すると決めたからには万全の状態で帰してあげたかった。
     ルイがハミングバードを背負ったまま向かったのは自分の部屋─所謂船長室だった。この大きな海賊船の中で1番病人を寝かせておくに相応しいと思える場所はそこしか無いと判断したのだ。お世辞にも上等とはいえないベッドの上に翼を痛めないよう慎重に横向きに寝かせるとルイは一息ついたままその場に座り込んだ。何度も言うがルイにとってハミングバードは初めて目にする生き物だった。貴族の間でひっそり飼われているらしいとは聞くがあいにく目にしたことは一度もない。その価値の高さ故飼っていたとしても一切外に出されないまま幽閉されているのだろうともルイは勝手に思っていたしそれ以前にハミングバードという存在は幻想生物とばかり思っていた。
     改めてこのハミングバードをじっくり眺めると本当に美しい外見をしている。酷く苦しそうに浅い呼吸を繰り返しながら眠るその姿はどんな彫刻にも絵画にも表せない魅力があった。ルイはしばらくそこから動かずにいたが部屋の扉をノックする音に腰を上げて入るように促す。入ってきたのはこの船の航海士も任せていたルイがそれなりに信用している男だった。明言はされていないが一応この船の中では二番手のような扱いだ。ルイがなんらかの理由で司令塔に立てないときは大抵この男がまとめている。

    「船長、一応弱い酒を持ってきましたが大丈夫ですかね……?」
    「とりあえず今はそれしか無いだろう?ひとまず何処かの港に船をつけて水を確保したいね、この子の為にも。」

     男からこの船で一番度数が低い酒を受け取るとルイはそれをベッドの脇に置いた。本来ならば水を飲ませてあげたいところだったのだが航海中にそんなものは望めない。だから陸に戻る。そんな思いやりから生まれたルイの言葉に男はここから1番近い港を挙げてそこに停泊することを提案した。そこならば1週間程度で行けるという男の言葉にルイは「じゃあそうするよ。」と返して男が部屋を出ていくのを見送った。きっと今頃男がルイの言葉を船員に伝えているのだろう。少々早まった陸への帰還に船員達は何を思うのか─おそらく歓喜に沸いている。別に船員達は好きでこんな海にいる訳では無いのだ。陸の仕事をするより割がいい、陸に居場所がない、そういうもの達が半分を占めている。かく言うルイもその1人で陸に居続けたくない理由があるから海の上で部下を率いて様々な国の船を襲撃している。
     面倒な実家、体裁、封建主義─ふと過ぎる過去の記憶。その全てを振り払い、忘れる為にハミングバードの眠る顔を撫でる。頬は熱く額は汗に濡れて金糸が張り付いていた。その糸に指を通すと柔らかな触り心地だ。背中に生えている大きな翼も滑らかで癖になりそうな感触だったがまさか髪も同様だとは思わなかったとルイは再度頭を撫でる。
     人を惑わす魔の種族。古代より権力者達がこぞって欲し今や伝説のような存在になってしまった彼らは果たして何を思うのか。ルイは何処かの金持ちに売り飛ばされるところであっただろう美しいハミングバードを見て身勝手な商人や貴族に─盛大な棚上げだと自嘲する余裕もない程に怒りを覚える。彼らは人を惑わすどころか人に惑わされているような気さえしたがそんなことを思う自分はもう彼に惑わされているのかもしれない。そもそも惑わすとは一体何を意味しているのだろうか。ハミングバードは声に不思議な力を持つ。ルイはこれまで惑わすという意味はその声の力を指しているのだと思い込んでいたが初めて彼を見た時その意味合いは真実ではないように思えてしまった。この見目の麗しさならば確かに惑わされるだろう。ルイも惑わされた一人だ。手放したくないと、手に入れてもいないのに湧き出る感情に戸惑いを隠せない。なんだって捨てられる、実際に捨ててきた。それが自分の強さの一つだった筈だったと認識していたというのに。
    しかしこの船に彼をずっと縛りつけておくわけにはいかない。熱が下がったら何処か安全な場所へ返そうと思っていた。何処が安全かなどルイにはさっぱり分からないがそれでもそう自分に言い聞かせなければならないような気がしたのだ。

    「聞こえているか分からないけれど、ここに飲み物を置いておくから喉が乾いたら飲むんだよ。」

     ルイはそう言うと弱い酒の入った容器を︎ハミングバードが目を開けた際に視界に入るであろう場所にそっと置いた。
     さて一応付近の港へ向かうことは航海士が手筈を整えてくれているはずだがルイには他にやるべきことがある。奴隷船から奪った食料やほんの少しの価値がありそうな石ころを陸に着く前に見ておきたかった。特に石ころは船の上ではただの荷物でしかない。さっさと商人に売りつけるのだ。その為に部屋を出ていこうと足を扉の方へ向けた瞬間丈の長いコートが何かに引っかかってしまったのか身体に着いてこなかった。咄嗟に後ろを振り返るとコートは特に部屋の何処かに引っかかった訳ではなく一本の白い手によって握られていた。手の主は当たり前ではあるがハミングバードだ。たった今このタイミングで目を覚ましたのかそれとも機会を伺っていたのかは全くもって分からないが目が覚めたのならば彼以上に優先すべきことは無かった。即刻にルイは部屋を出るというタスクを未達成のまま切り替えた。傷と痣の残る手をコートから外し、膝をついてルイは美しい鳥に話しかける。

    「はじめまして。僕はルイ、この船の船長をしているよ。………僕の言葉分かるかい?」

     コクリ、僅かに頭が縦に揺れる。その動作にホッと息を漏らすルイはこの海の遥か向こうの大陸出身だ。この近海と付近の大陸を治める国の言語とは近しいが意思疎通が難しい程度には異なる。今回ルイが使ったのはすっかりと口に馴染んだこの周辺を治める国の言語だ。ルイが使用出来るのは今のところその二種の言語のみである。しかしこの世界には他にも多種多様な言語が存在するのだ。特に奴隷船に積み込まれた奴隷候補の多くはルイには理解できない言葉を発していた。そんな経験がある以上言葉による意思疎通が出来るかどうかが全く不明だった。どちらかの言語に反応してくれれば良いと願って発した言葉がハミングバードに通じたというのはつまり運が良かったということだ。

    「良かった、自分がどうしてここにいるのか覚えているかな?」

     問いかけに対して彼はしばらく思考した後無垢な子供のような瞳を揺らし身体を起こした。現れた感情は恐怖や怯えだ。それは真っ直ぐルイへと向けられた。甲板で大きく開いた翼もその感情に比例してか小さく畳まれている。

    「………お、オレは、逃げて、捕まって……船にいて……」
    「うん、そうだね。」
    「売られるんだって、聞いて……それから、それからは、うぅ、分からん……」

     必死に記憶を辿ろうと頭を抑えて唸る彼はとても絵になるなとルイはそんな暢気なことを考えていた。どうやらこのハミングバードは先程の出来事はすっかり覚えていないらしい。ということはここが何処かも分かっていないのだろう。

    「オレは、今度はお前に売られる……ということか?」

     必死に悩み抜いた彼にとって僅かな情報で導き出された答えは全く見当違いではあったがルイにとって予想通りのものだった。今まで奴隷船にいたのだ、誰だってそう思うだろう。─しかし一刻も早くその誤解を全て解きたかったがルイは手短に一言。

    「いいや?僕は君を売るつもりはないよ。まずはそれだけ伝えておこう。」
    「そう、なのか?」
    「うん、信じられないだろうけど。詳しいことは君の体調が良くなったら話すよ。今は熱を下げることだけに専念して欲しいな。」
    「……へ?」

     熱と聞いて困惑気味の彼を刺激しないよう柔和を意識しながら笑顔を浮かべ彼をゆっくりを横に倒す。無理に起き上がって熱を長引かせるのは非常に宜しくない。彼は存外大人しくそれに従った。

    「なるほど、身体が重いと思ってはいたが……まさか熱だとはな。」
    「そうだよ、だからとりあえず寝てて欲しい。ちゃんと治った後に全部説明するから。」
    「なんで後からなんだ?今でいいだろう。気になるしとっとと教えろ。」

     言葉は随分と偉そうだがきょとん、とそんな音が似合う表情で問うハミングバードは庇護欲をそそられた。それにしても数時間前までは意識も朦朧としており記憶すら飛んでいたというのに今は大分楽そうだ。試しにルイが先程まで汗ばんでいた額に手を当てるとまだ熱いがあの時程ではなかった。急に額を触られた彼は驚いたようで羽が少し広がる。

    「うーん、とりあえずじゃあ今話せるなら話そうか。」
    「あ、あぁ!よろしく頼む!」
    「まずはここだけど、この船は所謂海賊船というやつで僕はここの船長。つまり僕は海賊さ。」
    「かいぞく……?よく分からんがそうなんだな。」

     どうやら海賊を全く知らなかったらしい反応。出身は港付近や海の近い地域では無いのかもしれない。それともこの世界に海賊の出ない海域があってそこの出身なのか。ルイはそう推測しながら続ける。

    「君のことはとある大国の奴隷船の中で見つけたんだ。まさかハミングバードが実在してるなんて最初は驚いたよ。」
    「まぁオレを見た人間はたいてい驚くんだ。オレだって同じ種族を、あそこを出てからはほとんど目にしていない。ところで海賊と奴隷船はどういう関係にあるんだ?」
    「関係で言うならば襲う側と襲われる側かな。僕たち海賊は専ら他国の商船や他の海賊から物を……拝借して生きているからね。何か良い物が無いかなと思って奴隷船を襲撃したんだよ。」
    「お前、随分と爽やかな顔をしている癖にやることは酷いな……」
    「海賊だからね。」
    「そういうものなのか?」
    「話を続けるよ。君を見つけてこの船に持ち帰って逃がそうと思ってたんだ。」
    「!!」
    「けれど君は凄い熱で飛ぶことも出来ずに甲板の上で倒れてしまってね。だからまた飛べるまで熱を下がるのを待っていたんだよ。」

     ルイは簡潔に話し終えると何も言わなくなったハミングバードに酒を傍に置いてあることや1週間後に陸に戻ることを伝えた。彼は未だ無言だ。もしかしてまた熱が上がったのかとルイは危惧し体調を案じたがようやくポツリと小さな声を彼は発した。

    「人間のくせにどうしてオレに、優しくするんだ。」

     様々な感情が混じりあったようなそんな声色だった。今まで相当な苦労をしたのだろう、表情はとても暗いものだ。
     一部の人間にとってハミングバードは金の成る木だったり愛玩動物として飼い殺しにするものなのだろう。このハミングバードはつい先程までそんな人間の中に閉じ込められていた。きっと飼い殺しの一歩手前だった。信用しろというのは無理難題かもしれない。

    「僕はハミングバードを売ろうとも飼おうとも思ってないからね。まぁ信じてくれなくていいよ。人間にも色んなやつがいるってことだけ分かってくれればそれでいい。」

     多少の嘘を、ルイは吐いた。本当はハミングバードは売り飛ばそうと思っていた。しかしそれをしなかった、出来なかったのはひとえに彼に惹かれたからと言っていいだろう。
     そんなルイの言葉に彼はそうかと短い返事をして暗い表情を崩さないままベッドシーツを握り締めていた。

    「とりあえず今は熱を治すことに専念して欲しい。だからほら、寝よう?」
    「……分かった。いや、待ってくれ。」

     大切なことは伝えられたので今度こそ部屋を出ていこうと足に力を込めた瞬間ハミングバードに腕を掴まれた。彼の瞳はやはり怯えの感情が混じりつつも真っ直ぐにこちらを見つめている。

    「その、ありがとう。お前のことはまだよく分からんがあの鎖や口のを外してくれたんだろう?」
    「人として当然のことをしたまでだよ。」
    「それで、えーとだな、なんだか羽が変なんだ。大きく動かそうとすると痛くて、いつ治るか分からないんだが……」

     試しに彼が自分で指し示す場所を強めに触ると確かに顔を顰めて呻き声を上げた。どこで痛めたのだろうかと考えるより前にルイは奴隷船で発見された彼が飛べないように鎖で身体を巻かれていた状態だったことを思い出す。無理やり翼を押さえつけて巻かれたようにも見えたそれが痛みの原因かもしれない。

    「僕はこういったことはよく分からないのだけれど船員の中には居るかもしれないから聞いてくるよ。せっかくなら完治するまで僕の船に居るといいよ。」
    「いや、ダメだ!!そうではなくて陸に戻るときにオレも降ろして欲しい。この船に居続ける訳にもいかないだろう。」
    「それこそダメだよ。今から向かう港は奴隷商人も多い。せっかく奴隷船から君を解放したというのに意味が無くなってしまうじゃないか。」

     「それにそもそもそこで降ろすつもりは毛頭なかったよ」とルイは付け加える。寄港は彼に水を与える為の行為でしかない。

    「だから大丈夫、安心してここに居ていいよ。それに食料の問題も心配ないよ。一人増えた位で困るような船じゃないからね。ほらとりあえず熱を治すために寝よう。」
    「……すまない。」

     彼の手を腕から外してもう一度就寝を促すと今度こそ大人しく目を閉じてくれた。眠りを邪魔しない為にもすぐにその場を離れて扉に手をかけるとまだ寝ていない彼から小さく声があがる。

    「あ、オレはツカサっていう名前なんだ。世話になるな、ルイ……」
    「……そうかい、これからよろしくね、ツカサくん。」
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