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    reika_julius

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    reika_julius

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    海ハミの🎈🌟
    一章また終わらない

    海ハミルツ第一章(3) ルイがツカサにご褒美を約束した翌日。気にかけていた嵐の気配が全く感じられない航海日和の天気というのが天井の隙間から分かる中床で寝ていたルイはベッド上の物音に反応して起き上がる。見上げるとツカサが既に目を覚ましていたようで身体を起こして眠そうに目を擦っていた。

    「おはようツカサくん。」
    「おはよう……るい……」

     声からもまだ眠さが取れる彼の額に手を当てると熱は既に感じられない。ようやく下がったのかとルイは一息ついて微笑む。翼の方も気になるがこれは下手に触らないのが吉だ。
     ─が、歓喜のあまりついつい腕がその身体に伸びてしまった。

    「おめでとう、熱が下がったね!」
    「ぅわっ!!?」

     翼を傷つけぬよう、けれども勢いよく感情のままに抱き締めると腕の中から驚嘆の声があがりその声に比例するように翼が大きく膨れ上がった。しかし元気になって本当に良かったと喜ぶルイにそんなツカサは見えていない。

    「る、るいっ、おい!」
    「熱は怖いからね……コロッと死んでしまうことだってあるんだ。君が死ななくて良かったよ。」
    「…………」

     ルイの心の中は安堵や歓喜に満たされていた。体調不良は馬鹿にできない。笑顔を浮かべて、明日になれば大丈夫だと言っていた人間がその日のうちに物言わぬ死体と化すことだってよくあることだ。分からないのだ、いつ命を落とすかなんて。あらゆる事象の前において命というのは儚い。

    「〜〜〜〜っっ!ええいっ離せっ!喜んでくれるのは嬉しいが、痛い!!」
    「あっ、すまないね……」

     耳元で放たれた大声にハッと気がつくとルイは自分が思うよりも遥かに力強くツカサを抱き締めていたことに気がついた。慌てて離れると翼を少し広げたまま半目でこちらを見つめてくるツカサが目に入る。昨日も思ったことではあるが少し幼気な顔立ちにその不満気な顔は反則だ。胸の内から湧き上がるのは庇護欲─だけではないのだろう。

    「だ、だが、助かった。ルイが居なかったらオレは今どうなっていたか分からん。」
    「……僕は君を奴隷船から連れ出しただけだよ。」
    「それでもオレはルイに会えて幸運だったと言えるぞ。お前のおかげで久しぶりに……いや、なんでもない。」

     コロコロと変わる表情だった。むくれて笑って、そして寂しそうに。ツカサの久しぶりの後に続く言葉が気になるルイだったがまたも彼は表情を苦笑いへと変える。

    「あ、そうだルイ、そのだな、昨日言ったご褒美のことなんだがあれはっ、」
    「あ、ご褒美のことなら任せておくれ。君の翼を撫でるくらいお安い御用さ。それとも添い寝の方が良いかい?」

     部屋に沈黙が流れる。ツカサは苦笑いを浮かべたまま硬直し、ルイはニコリと微笑んだままそんな彼を見つめていた。ツカサに有無は言わせない。ルイの言葉はそんな意志のこもったものだ。
     ルイは昨晩ツカサへのご褒美についてずっと悩んでいた。翼を撫でるか添い寝か。どちらにしてもルイにとってのご褒美のようなものだ。出来ることならば添い寝の方が良い。寝ている際に間近でツカサを堪能出来るかもしれないと思うと楽しみで胸が踊るなんてそれどころの話ではなかった。しかし、添い寝は現実的ではない。ツカサは背中に翼がある以上寝づらいのか非常に寝相が悪い。夜中に何度ベッドから床に落ちてきたか分からないほどに。壁に勢いよく拳や足をぶつける音もよく聞こえた。身が持たない気がしてならないのだ。その上ルイは船長という立場である以上夜中に何か起これば現場を統括する為に起きて様々な指示を飛ばさなければならない。隣で寝ているツカサを起こしてしまうかもしれないのは気が引けた。以上の理由からルイは自分は添い寝をするべきでは無いと結論づけ、翼を撫でるということを選んだのだ。妥協のようにも聞こえるが前述の通りどちらを選んだところでルイにとっては褒美に等しい。

    「いや、そうではなくて、変なことを言ってしまったから……」
    「僕はツカサくんの翼を撫でてみたいな。……ダメかい?」

     沈黙を破ったのはツカサだった。相も変わらずに表情は苦笑いのままだったがよくよく見ると頬には紅が差している。もごもごとこもる言葉から察するに昨日の自分の発言が恥ずかしいのだろう。やはり熱に浮かされたものだったようだ。しかしだからといってルイは無かったことにはしない。ここで逃してたまるものかとツカサの手を取って懇願ともいえる無意識に本音を吐く。そのまま眉を下げてジッとツカサの瞳を見つめると彼は紅をますます濃くして言葉を詰まらせてしまった。そしてルイはダメ押しとばかりに

    「ダメかい……?」
    「うぅ……………………」

     とうとう根負けしたかの如くツカサは膨れていた翼を徐々に萎ませながら「分かった」と呟いた。どうにもルイがそれを強いたような図になってしまったがあくまでもこれはツカサへのご褒美だ。ルイはそれを思い出させるように「ではご褒美だね」と告げてツカサの座るベッドに乗り上げた。

    「どういう風に撫でて欲しい?言ってごらん?」
    「ええと、撫でるというよりだな……羽を繕って欲しいんだ。」
    「繕う?」

     ツカサの後ろに回り翼を一撫でするとパサリと音をたててはためく。その仕草一つに抱きつきたく衝動を抑えて拳を握りしめた。

    「羽がボサボサだと落ち着かないんだ。でも自分では奥の方まで届かなくてな……」
    「成程、整えればいいのかい?」
    「ああ、頼む。」

     どうやら撫でるとは少々意味合いが違ったようだ。不思議なことにルイはそれを分かった瞬間冷静になれた。現在ツカサの右翼には添え木があてられているのでそれを刺激しないよう優しく翼の付け根より少し上の部分から撫で下ろす。本人はボサボサと言ったがルイの目にはそう見えない。きっとこれは人間が髪を梳かすようなものなのだろう。撫でている間ツカサは何も言わなかったが両翼をルイなりに整え終える。本人の要望に添えられているかどうかは全く分からないが。

    「どう?ツカサくん、これくらいで大丈夫かい?」
    「あ、あぁ、助かった。すまなかったなこんなことをさせてしまって……」
    「気にしないでくれたまえ、僕が好きでやったことだ。それにとても触り心地がよくて、これからも僕で良ければこうやって繕うよ。」
    「いや、そんなことさせる訳には……!!」
    「でも落ち着かないんだろう?遠慮しなくていいよ。僕がやりたいんだ。」

     この提案には様々な感情が混じり合っていた。純粋にツカサの手助けをしたい、あわよくばツカサに触れる理由が欲しい、自分を頼るようになって欲しい。それはほとんど自分の欲望だった。
     ルイの提案を受けてパサパサと小刻みに翼が揺れる。そんな感情に比例する翼はやはり可愛らしいものだ。ルイはうずく胸を抑えつつ返事を待つ。

    「それでは……頼むか……。嫌だったら断ってくれていいぞ。」
    「嫌なわけないじゃないか!君の力になれることを嬉しく思うよ!他にも要望があったら言ってほしいな!」

     ルイは上機嫌にベッドから降りてコートを羽織る。港に着くまであと4日ほど。その4日の間に何が起こるか分からない。何が起こっても良いように日々しっかりと準備を整えなければならない。気を抜いた時が1番危険だというのは失敗を経験した者なら誰だって口にする言葉だ。故にルイは常に想定外が起こることを視野に入れて生きている。何が起こるかは分からないが何でも起こり得るということさえ頭に入れておけば多少のトラブル程度に冷静に対応が出来る。ただし他の船員からはやろうと思っても出来ることではないと言われてしまっているのだが。だからこれはルイが船長として慕われている理由の一つだ。

    「それじゃあ僕は甲板にいくから。ああ、そうだ。上での用事を終えたらこの船を案内するよ。まだまだ分からないことが多いだろう?短時間で戻ってくるからここにいて欲しいな。」
    「え、ああ、分かった!待っていれば良いんだな?」
    「うん、よろしく頼むよ。」

     ルイはツカサにせっかく元気になったのだから自由にこの船をまわればいいと言おうとしていた。しかしまだツカサはこの船をよく知らない。武器庫や砲丸を収納している場所に迷い込んで怪我でもしたらルイは自分で自分が許せなくなる。そうなる事態を防ぐ為に今日は彼にこの船を案内しようと決めた。最大規模の船ではないがそれなりの規模を誇る海賊船だ。
     甲板へ出るとやはり天気が良い。散らばっている船員にひとまず指示を飛ばし不測の事態に備える。本来は指示を飛ばさずとも充分に動いてくれる者ばかりだがやはり前述した理由から気を抜くのはよろしくない。ついでに航海士や樽職人にツカサの熱が下がったことを伝え、コックにもそれを同じように伝えた。甲板は予定より早い航海の終了を聞いて湧いているのが分かる。その後はすぐに甲板から去ってツカサの元へと戻る。ツカサは律儀に部屋の中で翼を繕いながら待っていてくれた。ルイはツカサのそんな姿に愛おしさを感じながら早速船の中を案内した。立ち入り禁止の場所やなるべくなら近づいて欲しくない場所、敵と交戦した際に一番怪我をすることが多い場所など。その間ツカサはどの場所に案内されても目を輝かせ笑顔を見せながら羽をはためかせていた。初めて見る光景は何もかも新鮮で楽しいらしい。そんなツカサと居るだけでルイまでも楽しい気持ちにさせられた─が、しかし同時に彼との時間には限りがあるということにも気付かされる。もっとずっと一緒に居られたら良いのに、彼と離れたくない─抑え込めようとしている身勝手な感情が表層に現れぬよう拳を握りしめて取り繕うような紳士の笑顔で蓋をした。

    「ツカサくん、どうだった?」
    「何度も言うが、とても楽しかったぞ!!船の中はあんなふうになっていたんだな、今まで乗ったことなんてなかったから気がつかなかった。」
    「ツカサくんが楽しかったなら良かったよ。明日からは自由にこの船を回っていいからね。ただしダメだと行ったところには……」
    「分かってる!行かなければ良いのだろう?」

     念の為に立ち入り禁止と伝えた場所の復唱を求めると淀みない解答が返ってきた。さぁこれでなんの文句もないだろうと言わんばかりの自信満々な表情にルイはフッと小さく笑う。きっとこの船に3日も居れば新鮮な気持ちなんて色褪せて変わらぬ風景に少しでも娯楽を求めるようになる。その時彼は何を言うのだろうか。太陽が丁度真上に上り眩しい日差しを受ける中ルイはなんとなく寂しい感情を覚えた。


    ───────


    「ほらツカサくん、アレが港だよ。」
    「おお!!よく分からんが面白そうな場所だな!!」

     船首に並ぶルイはツカサに指をさしてみせた。遥か先、目を凝らしてみれば陸が見える。ルイはツカサの好奇心溢れる言葉に微笑むと望遠鏡を取り出して覗き込む。港には商船らしきものが二隻停泊していた。商船らしきもの、と形容したのはまだそれがハッキリと判明していないからである。

    「軍艦だったら嫌だねぇ……」
    「ぐんかん?」
    「僕達の敵にあたる船だよ。まぁ僕は無国籍だから敵は僕以外になるんだけど」

     ─無国籍。その言葉にツカサは首を傾げる。端的に説明するならば無国籍とは文字通りどの国にも属していないということである。海賊というのは大抵誰しも何処かの国に所属している。様々な説明はここでは控えるが、国に属していればある程度の保障がついているのだ。ある種、その国の軍という考え方も間違いではない。しかしルイは無国籍、最低限の保障もなければ確実に安全で居られる場所も少なかった。

    「なんでルイはむこくせきなんだ?」
    「フフ、自由にしたかったからだよ。」

     風が船を港へ導く。船員は予定より早く陸に上がれる瞬間を皆楽しみにしているようで甲板は歓喜の声に満ちていた。港の先客の正体が分からない以上確実に陸に上がれると決まったわけではないのにとルイはその様子を冷めた瞳で眺める。陸が嫌いなわけではない。むしろ好きだ、安心する。しかしだからといって気を抜くのはいかがなものだろうかとルイは思うのだ。

    「船長、どうですか?あれは商船……と見ても大丈夫ですかね?」
    「それなんだけど、まだまだ分からないね。」

     船首の上で佇む二人に話しかけてきたのは航海士だった。どうやら彼も手放しでは喜べない様子で、港の方をじっと見つめている。ツカサは険しい表情の二人を見て首を傾げもう一度海の向こうの港を見遣る。風を受けている翼は今朝ルイが整えたばかりだったがもしかすると今日はもう一度繕う必要があるかもしれない。

    「商船といえども油断は出来ないよ。一応大砲が積まれている船らしい。あの港で厄介な戦闘は避けたいねぇ……」
    「あの港は我々が絶対的に不利ですからね。」
    「…………むぅ、なんの話しをしているんだ!!全く分からんぞ!!!」

     風にさらわれることのない強い声。航海士との会話に意識を向けていたルイはその声に思わずツカサに視線を向けた。すると話の内容が分からないのが不満だとツカサは表情でそれを語っている。何故こうもいちいち可愛いのだろうか。ツカサの顔を見つめたままルイは何も話さない。そんなルイの代わりに航海士が苦笑気味に口を開いた。

    「まず“あの港”は普段僕達が寄らない港なんです。一般的にここは“新大陸”と呼んでいる場所でここから西の大国がこの“新大陸”を所有しているようなものなんですよ。」
    「ふむ。」
    「“あの港”はそんな“新大陸”の中でも一番大きな港なんです。沢山の商船や軍艦が“あの港”にやってくる……」
    「人通り、と言っても良いのかな。とにかく沢山の船が来る場所でその船どれもが僕達の敵なんだ。ちょっと危ない場所なんだよ。」
    「あっ、船長復活しましたね。」
    「そんな危険な場所なら別に無理して寄る必要は無いのではないか?」

     ごもっともな言葉がツカサの口から飛び出した。実際“あの港”にはルイ達はなるべく立ち寄らないようにしていたことは事実だ。停泊などもってのほかである。何故ならあまりにも大きな港なので停泊している間船を匿って貰ったりするのにも他の港と比べて金が要る。それでも─

    「ツカサくんはもうお酒の味には飽きただろう?真水を飲みたいとか思わないかい?船はよく揺れるし……」
    「それは…………いやっ、オレの為ならそんな気遣い要らないぞ!今からでも──」
    「でももううちの乗組員は皆港に着くのを楽しみにしていますし、今更撤回はなんらかの理由が無いと出来ませんよ。」

     それでも、ツカサを不自由な船に留めておくのは躊躇われた。嵐が近づく季節に無闇な航海は危険だからという理由で寄港場所を変更したが奴隷商人が蔓延る港にツカサを船から降ろすのは危険すぎる。しかし陸に着く以上療養場所にこの船は相応しくない。ツカサをこっそり船から降ろして港町の何処かの家を借りて次の航海の準備をしつつ治るのを待つのがきっとベストだとルイは考えていた。治ったとしてもこの場所は危険なのでなるべく外に出したくないのだが。

    「船長、どうやら商船と見ても良さそうですよ。なんとかなりそうです。」
    「やぁ、それは良かった。じゃあそろそろここから離れようか、君が見つかったら大変だ。」
    「む……?あっ、おい!」

     ようやく目視で港がしっかり確認できるほどまで近づけたところでツカサの腕を掴んで船首から立ち去る。ハミングバードがこの船に居るなんて知られては厄介なことが起きることは確実だ。見られぬように、そして伝えたいことを伝えるために騒ぐ船員の中を通って自分の部屋までツカサを連れてくる。

    「……ツカサくん、少しいいかな。」
    「ん?なんだ?」
    「君にはこれから船から降ろす積荷の中に隠れて欲しいんだ。ハミングバードである君が見つかったら酷い目に遭うからね。絶対に積荷から顔を出したりしないでね。」
    「ん?降りる?オレは降りないのではなかったのか?」
    「いや、次の港で一回航海に区切りをつけることが決まったんだ。でも君はまだ翼が治っていないから放り出すような真似はしたくない。」
    「いや、オレは──」

     ルイの表情は真剣そのものだった。昨晩までルイはずっとツカサを船から降ろす方法を考えていた。人に紛れさせるとしてもやはりこの見事な翼は人の目を引いてしまうだろう。そうして悩んだ末に思いついたのが積荷に隠すという手だった。ツカサには窮屈かもしれないが翼をこれ以上痛めぬように最大の配慮をするつもりだ。

    「あと、港に着いたあとは僕はどこかに家を借りようと思うのだけど一緒に住んでほしいんだ。君は一人で買い物も出来ないだろうし、そもそも外に出れば狙われてしまうだろう?ツカサくんは僕と一緒に居て大丈夫かな?」
    「だっ、大丈夫だ!……すまないな、何もかもさせてしまって……」

     ルイはツカサに穏やかな笑みを向け「大丈夫だよ」と一言。この少々強引な提案に一切の疚しい気持ちがないといえば嘘になるがルイはその穏やかな笑みを崩さない。さて陸に降りたら何をしようか。きっとツカサが見たことの無い景色が広がっているだろう。彼は喜んでくれるだろうか。ただ彼は港に降りたとしても外には出られないだろうが。
     そこからしばらく経つと船は無事に港に着いた。滅多にこの港へは立ち寄らないはずの海賊船に港の人間は動揺を見せているようで、特に先に話題に挙がった商船の乗組員は慌てふためいて積荷を移動させている。ルイは甲板からそんな港の様子を見下ろし意地の悪い笑みを浮かべてツカサの隠れた積荷の傍へ来て手のひらでそれを軽く撫でる。翼を痛めていないようにと。そこへ航海士がやってくる。彼の後ろには幾つかの積荷がついている。ルイは航海士の言わんとしていることをすぐに汲み取り一言、

    「それじゃあ頼んだよ。」
    「ええ、任せておいてください。」

     まだ船員は半分以上船に残ったまま航海士が数名引き連れて船を降りる。これから航海士にやってもらうのは商人との交渉だ。船を降りる前に稼ぎを船員に分け与えなければならない。そして船を何処かへ匿ってもらうよう説得を。降りる準備は出来ているもののまだまだ船を降りられそうにない。手は積荷に添えたままルイは分け前の振り方を改めて考える。今回も長い航海を無事に終えられた。ルイにとってそれを実感出来るのが分け前を船員に配る瞬間だ。
     商船がいるのはどうやら幸運と捉えて良かったらしい。航海士は普段よりもずっと早く船へと戻ってきた。本来この港で商売をして良いのは限られた者だけだがあいにくその決まりを守ろうと思う者は居なかったらしい。法に煩いと云われるかの大国の役人だって金を握らせて黙らせてさえおけばどうにだってなるのだ。船を匿う場所も決まったらしく支払う代金ももう渡したとのことだった。船員の喜びに湧く声は一段と増す。ようやく稼ぎの分配の時間だ。


    ───────


    「君は次の航海には来るのかな?」
    「当たり前でしょう、僕はルイ船長の元で働くの結構好きなんで。またここいらで海図でも集めて戻ってきますから。」
    「フフ、助かるよ。」

     大きな役割を持たない水夫には最低限の分け前を、なくてはならない人材にはそれに見合った報酬を。航海士は勿論破格だった。最後に残ったのは樽職人で彼には報酬を上乗せする約束を取り付けている。

    「君はこれからどうするんだい?」
    「さぁ?わからないですね〜、とりあえず女でも……ってところですかね。まぁここより割のいい仕事があればそこに行きたいですが。きっとまた一ヶ月後港で再会を迎えますよ。」
    「君はブレないねえ。」
    「あ、“彼”の羽はちゃんと診てあげて下さいね。」
    「分かっているよ。」

     海に太陽が沈みかける時間だがようやくこれで全員への分配が終了した。船からはまだバラバラと乗組員が降りていく。この中の誰が戻ってくるかは分からない。特に水夫は入れ替わりが激しかった。
     誰一人居なくなった船を港へ預けた後ルイはツカサの隠れている積荷を港町から航海士や他の乗組員と共に連れ出した。それから適当な交渉をした後仮の住処を手に入れる。レンガ造りの必要最低限のものしかないような家だが仮住まいとしては十分だ。部屋の中でようやく自由になったツカサはもう真っ暗な窓の外の景色に興味を向けて目を輝かせていた。

    「では船長、また一ヶ月後に。」
    「何かあったらここに訪ねてきますから。」

     航海士達はそう言うと夜の街に消えていく。彼らもここから一ヶ月は陸の生活を楽しむのだろう。

    「ルイ!凄いなこの街は!!オレが住んでいた場所よりも大きいぞ!!」
    「こらこら、夜はいいけど昼間は絶対に窓の外を覗かないようにね。本当は夜も危険なんだけど……」
    「明日から何をする、ルイ!」
    「まずは陸でしか食べられないものを食べたいね。勿論ツカサくんにも食べさせてあげるよ。」
    「そうか!楽しみだな!!」

     海の上では大して気にならなかったことだがツカサは声が大きかった。ハミングバード特有のものなのだろうか。ルイはその可愛らしい溌剌とした声をいくらでも聞いていられるが近所に住む人間が何を思うかは分からない。それをふまえてツカサに声のボリュームを下げるようにやんわりと頼んだ。シュンとしたように彼の翼が小さく折り畳まれて下がり心が痛むがこれはツカサ本人の為でもあるのだ。この大きい声の主がハミングバードであることは絶対知られたくはない。

    「ごめんね、でも君を守りたいんだ。せめて翼が治るまでは。」
    「うぅ、オレの方こそすまない。ルイはオレのことを心配してくれているというのに……」
    「いいんだよ、本当はもっと自由にさせてあげたいのだけれど……」
    「……ルイは、本当に優しい人間なんだな。」

     優しい─ルイは何も言えなかった。何故ならこれは純粋な優しさではないから。これはきっと自分のための、利己的な感情だから。心の奥底ではずっと一緒に居られる理由が欲しくてその翼を添え木ごと折ってしまいたかったから。暗くて、重い。

    「…………ツカサくん、もう寝ようか。明日からは沢山楽しもうね。」
    「ああ、そうだな。」

     部屋を満たす沈黙に耐えられなかったルイはツカサの言葉に返事をしないまま作り笑いで就寝を促した。彼は大人しくベッドルームへ移動してベッドに入っていく。その間に小さく発した「すまないね」という言葉は空気に溶けて消えてしまって誰に届くこともなかった。
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