大きな手ー夏祭り当日
俺は自室で、真希さんに着付けをされていた。手際よく着せられ、ものの数分で着替えは終わった。
「これで、いいな。」
「真希さん、ありがとうございます!」
「まぁこれくらいはな。」
「てか、釘崎は?てっきり釘崎に着付けされるかと思ってた。」
釘崎が「明日、あんたの部屋で着付けするから部屋にいなさい」というから、待っていた。しかし、釘崎は来ずに、代わりに真希さんが来た。
「あぁ、野薔薇なら祭りで合流するそうだ。」
「あ、そうなんすか。」
「着付けしてやると言ったんだが、その時までのお楽しみだそうだ。可愛いやつだよな。」
そういうと真希さんは微笑む。普段は釘崎が真希さんにべったりな感じだけど、この表情を見ると真希さんも釘崎を大切に思っているのが伝わる。
「さてと着替えも終わったし、私はそろそろ出かけるが、悠仁はどうすんだ?」
「あー、俺は…ここから一緒に行く予定なんで、まだ出かけません。」
「そうか、あのバカが遅刻しないで、祭り楽しめたら良いな。」
そう言って真希さんは、俺の部屋を後にした。
"あのバカ"とは五条先生のことだ。
今日の夏祭りを一緒に行きたいと言ったら、あっさりOKをくれた。
(俺とのデートって気づいてないのかな?)
そんな不安はありつつも、この日のために買った浴衣を見せたくて、楽しみでたまらない。
コンコン
ドアをノックされた。五条先生かな?約束より少し早い。
「はーい」
ガチャと扉を開けると、そこには私服にサングラスの先生が立っていた。
「悠仁お疲れ様〜お迎えきたよ〜…って浴衣なんだね!」
「先生お疲れ様!そうなんだよ、どうかな?」
てっきり、仕事着で来ると思ったから、私服の姿にドキッとしてしまった。先生も俺の浴衣姿に驚いてくれたみたい。
「すっごい似合うね!どうしたの?買ったの?」
「お、おう。釘崎に見立ててもらって、今日の為に買ったんだ!」
照れ臭くて笑って誤魔化した。五条先生はまじまじと俺の浴衣姿を見てくれる。
「へぇ、野薔薇はセンスがいいね〜せっかく着てくれたんだし、早く行こうか。」
「おう!」
夏祭りなんて何年ぶりだろう。小学生の時、友達と行ったことはあった気がする。でも、浴衣なんて着たことなかった。
祭りが行われる神社は、カップルや家族、友達グループで混雑している。
先生と並んで歩いていても、慣れない下駄でうまく歩けない。
人混みで、先生と俺の隙間に人が入ったり、誰かにぶっつかったり。逸れてしまいそうになる。
「悠仁。」
その声と共に右手に温かい感触。
先生の手だ。
「逸れちゃうから、手、繋ごうか。」
そう言って、ぐっと引きよされる。また先生の隣に来れた。
手、繋いだの初めてだ。
休日出かけても、人目を気にして手を繋げなかった。
映画館で同じポップコーンを食べているときに、手がぶつかっても、恥ずかしくてすぐに引っ込めてしまう。
それなのに、こんなにあっさり、手を握ってもらえる。
「先生、手繋いでても大丈夫なん?恥ずくない?」
「大丈夫。誰もみてないよ。」
そう言われると恥ずかしさは収まって、安心感が増す。
先生の手、やっぱり大きい。
この手に、何度か触れられたことがある。でも、こんな近く感じだことはなかったかも。
大きくて、少し骨張って、硬い手。
頭を撫でられたら安心する手。
この手から先生の体温が伝わってきて、暑いはずなのにずっとこうしていたい。
「さーて、何から行こうか、悠仁!」
先生の一言で、はっと我に返る。
先生は笑顔でこちらをみて、屋台を指差している。
「綿あめ、かき氷、チョコバナナ!なんでもあるよー!」
「先生、甘いものばっかり!」
「僕、夏祭りとか来たことないんだよねー。まぁ、任務では来たことあるんだけど。」
「そうなん?」
「だから、今日は、ちょ〜う楽しみにしてたの。ほら、大好きな悠仁と一緒だし〜」
夜なのにじっとりとした暑さと人混みの中、先生に抱きしめられる。
先生は浮かれているのか、すりすりなんてしちゃって。
こういうところは28歳には見えないなと、いつも思う。でもそこが可愛いなと思ったりする。
「ちょっと暑いよ〜!」
「こんなに人前でくっつくのも、悠仁が初めて〜」
「ははは、先生の初めて2つももらっちゃった〜!」
「よし、今日は全屋台のスイーツ食べ尽くしだ!」
「俺は、焼きそば!イカ焼き!電球ソーダ!」
お囃子の響く人混みを2人で駆け出す。
こんなに、はしゃいでいる五条先生は初めて見たし、いつもと違う景色に自分も胸が弾む。
先生といるのは楽しい。
先生の身勝手さも理不尽さも、全部含めて楽しい。
たまに周りに迷惑かけんのは嫌だけど。
でも、突拍子もないことをしてくれる。先生がいるだけで安心する。
この日常が、不安や恐怖がないこの日常が、一生続けば良いのに。
「悠仁、はい。綿あめ」
先生はりんご飴片手に綿あめを差し出す。
「ありがとう。でも今焼きそば食べてるよ。」
「どっちも美味しいからいいじゃない。」
「まぁ、いいか。」
先生から綿あめを受け取ると、空いたその手で俺の頭を撫でる。
「大丈夫。僕がいるよ。」
この手に包まれると安心する。
俺の頭の中はお見通しなのかもしれない。だから、五条先生はそう言ってくれた。
先生を見上げると、サングラス越しに優しい瞳と目が合う。
胸が満たされるこの感覚。これはきっと先生にだけだ。