匂い②数日後
今日は五条先生が出張から帰ってくる日。
観たかった映画の続編を、『帰ったら一緒に観よう。地下室で待ってて。』と連絡が来た。
久しぶりに2人で映画が観れる。
"特別な人"の事で悩んでいたけど、この時間だけでも、自分は特別なんだと感じられた。
(俺って、面倒臭いかな)
ガチャと音が聞こえて、走って扉へ向かう。
「先生、おかえり!」
久しぶりの五条先生。勢いで抱きついてしまった。
「ただいま、悠仁。」
少し驚いた顔のあとは、すぐに笑顔に変わる。
フワッと香った匂い。
「先生、今日も香水つけてんの?」
「香水?今日は何もつけてないけど。」
「あれー」
もう一度、嗅いでみる。
香って来たのはこの間の香水ではなく、着衣の布の香りだった。
「あー…気のせいだったかも。」
一瞬香った気がした匂いは、気がしただけだった。
五条先生が、特別な人から貰ったあの匂い。
なんだか嫌なはずなのに、何故か嫌じゃない。
「悠仁、どうしたの?」
「なんでもない!映画みよう!ポテチとコーラは準備したよ!」
「さすが悠仁!気がきくね〜お土産のカンガルージャーキーもあるよ。」
「カンガルーって食べれんの?!」
◻︎◻︎◻︎
映画の終盤、隣で画面を見ているはずの先生は少し前から全く動かなくなっていた。
普段から映画を観ているときは、集中していて会話をしない。エンドロールになってから、やっと口を開いて感想を言い合う感じ。
でも、エンドロールが流れ始めても先生は動かなかった。
(寝てんのかな?)
休みの時はサングラスをしていたから、五条先生が起きているのかすぐに分かるけれど、今日みたいに目隠しをしていると、全くわからない。
試しに、先生の顔の前で手のひらを上下に動かしてみる。
「……」
反応はない。寝ているんだ。
先生が、こんな風に人前で寝ることは滅多に無いと思う。
一緒に夜を過ごしても、だいたい自分の方が先に力尽きてしまうし、朝も先生に起こされている。
だから五条先生の寝顔は初めて見る。目は見えてないけど。
(こんな無防備な姿、俺の前でしてくれるんだ)
と思うと、自然と口角が上がっていた。
きっと出張で疲れているんだ。海外出張だったらしいから、もう少し寝かせてあげよう。
音を立てない様にそっとリモコンを取り、TVの画面を消した。
薄暗い部屋が静寂に包まれ、自分の心臓の音が鮮明に聞こえる。
(なんか、緊張してきた…)
五条先生は、未だ起きる気配はない。
こんな貴重な機会はないと思うと、つい先生の顔に魅入ってしまう。
通った鼻筋に、きめの細かい肌。薄ピンク色の唇。
目隠しをしていても、その造形の美しさは伝わってくる。これだけの美貌なら女の人が放っておくわけがない。
先生の顔が好きで一緒にいる訳ではないが、改めて彼の端正な顔立ちに気付くと、見惚れてしまう。
(キス…したい。)
そんな衝動に駆られた。
そんな事をすれば起きてしまうだろうか。
しかし、熟睡しているようだし、今ならバレないかも。そんな思考が巡る。
ただ、考えるよりも身体は先に反応していて。
五条先生の唇に、自分の唇を重ねていた。
柔らかい感触を実感して、ハッと気付いて唇を離す。
その直ぐに、腕を組んでいた先生の指がピクリと反応した。
「…ん、んんー…あれ、僕寝ちゃってた?」
「あっ、お、はよ、」
「何、悠仁?顔真っ赤だけど。」
どうやら、先生には気付かれていないようだった。しかし、勘のいい先生なら直ぐに気付くと思った。
寝込みにキスをしたなんてバレたら、"面倒な奴"になるかもしれない。
俺は咄嗟に嘘をついた。
「先生、寝てっから、エッチな映画見ちゃおっかなーって…」
明後日の方向を見ながら、口笛なんて吹いてみる。今目を合わせたら、バレてしまう。
「へぇ。一人で愉しもうとしたの?じゃ、僕も目が覚めたし、二人で愉しもうか。」
五条先生は、深く下ろしていた腰を持ち上げ、俺の上に覆い被さった。
ソファーの肘置きを頭に敷き、先生の唇が重なってくる。
さっき自分がしたみたいな軽いキスじゃなく、貪るようなキス。
エロくて、気持ち良くて、ふわふわしてくる。それなのに、寝ている先生にしたキスを思い出して、顔が熱くなった。
(先生…俺、先生のこと、好きになってた…)