本気⑧ 完保健室を出て、悠仁と肩を並べて寮へ向かう。
元気に話す彼を見れると、大きな絆創膏が頬に貼ってあるだけで、四肢には全く問題なさそうだ。
「悠仁が大怪我したって聞いたけど、なんか…そんな…大したことなかったんだな」
「ん?別に大怪我なんてしてねーよ?頭打って家入先輩に見てもらっただけだし、釘崎と伏黒ももう部屋戻ってるし、みんな大怪我って程の怪我はしてねぇけど」
ケロッとした悠仁を見て、察した。
"大怪我"したというのは傑が話を盛っていたことに。そして、硝子もたぶんグルだ。
「なるほどね」
「あ!そう言えば、夏油先輩がさ『悟が来たら渡して』って言ってた手紙あるんだよ」
悠仁は制服のポケットから、小さく折り畳まれた紙を俺に渡す。
[親愛なる悟へ]
表にそう書いてある言葉から、おちょくられているのが伝わる。
中を開けば、二つの筆跡が並んでいる。
[私達に感謝しろよ。煙草1カートンよろ]
その紙を強く握りつぶした。
完全に嵌められた。
「先輩、どうしたの?なんか怒ってる?」
何が書いてあるか分からない悠仁には、これが傑達に仕組まれたこととは、気づかないだろう。
まぁ、傑と硝子なりの協力なのだろうから、1カートンも2カートンも、いくらでも買ってやる。
「いや、こっちの話。それより、俺たち付き合うってことだよな」
「うん…なんか、照れんね!」
赤い頬を指で掻く悠仁を見ると嬉しさが込み上げてくる。
こんな風に思ったことはなかった。自分は結構女々しいかもしれない。
「あのさ…俺、したいことあるんだけど…」
「ん?何んだよ」
「俺も先輩のこと、名前で呼びたいんだけど、呼んでいい?」
改まって何をいうかと思えば、そんなことだった。
「別に良いけど、呼び方なんて、なんでも良いだろ」
「んー、なんか特別な感じしね?」
「そういうもん?」
「そういうもん!」
悠仁は頭の後ろで組んでいた手を下ろして、俺の左手を取った。
「悟くん、好き!」
握られた左手から全身に電流が流れた感覚。
身体中が痺れた。
「おまっ、反則だろ!!こんなん好きなるに決まってるだろ!!」
「え、好きなんじゃねーの?!」
「とっくに、好きだよ!!…もっかい、呼べ」
「え?悟くん?」
呼ばれると、胸の奥が締め付けられる。
この苦しさは嫌じゃない。もっと欲しくなる。
「もう一回…」
「悟くん」
「もっと、」
「悟くん」
「もっかい!」
悠仁の言葉を何度も要求したが、何度目かで言葉の代わりに唇に柔らかい感触が返される。
離れた唇がからは、俺の欲望を掻き乱す言葉が紡がれた。
「続きは、今日の夜にね…!」
照れ臭そうハニカム表情は恥じらいがあるのに、口から紡がれた言葉は大胆で魅力的だった。
「…覚悟しておけよ」
右手を彼の頬添えて、唇を重ねた。
少し肌寒い季節になった。
左から伝わる彼の熱と唇からの熱が、より熱く伝わってくる。