独占欲②「俺、悠仁と付き合ってるから」
パンケーキが話題のカフェに親友たちを呼び出し、声高らかに告げた。
一人は煙草を吸う手が止まり、もう一人は親指を眉間に押し当てた。
「…糖分足りてないんじゃないの」
「…頭がおかしくなったのかい?」
二人の反応は思っていたものとは違った。
「はあ?足りてるは!正常脳だわ」
冷ややかな目の二人を尻目に話を続ける。
「今朝さ、悠仁に『悠仁のご飯を毎日食べたい』って言ったの。そしたら、『いいよ!』って、あの太陽の笑顔で答えてくれたわけ」
って、ことで付き合いはじめました。と鼻を高くして自慢をしたが、親友たちはさらに深いため息を吐く。
「悟…きっと悠仁は分かっていないよ。いつから、そんなお花畑な思考になったんだい?」
「自意識過剰にも程があるだろ。虎杖には、はっきり言わないと伝わらないと思うぞ」
俺の言葉を全く信用していない彼等を、どうしても納得させたくなる。
「それより、何よりも、俺たちはカラダの相性が良いの。悠仁も求めてきてるんだ。伝わってるに決まってるだろ」
つい、俺たちの関係を口走ってしまった。
彼等の眉間に更に皺が寄せられ、詰(なじ)られる。
「うわっ、最低だな」
「本当に。悟にデリカシーが無いのは分かっていだが、流石にそういう事は知りたくはなかったよ」
相手を思うなら、そんな事は言わない。
お前に付き合わされる悠仁が可哀想。
今までのセフレたちと変わらないな。
二人からの反応は、更に辛辣なものに変わる。
別に、祝って欲しいとか思って伝えたわけでは無い。ただ、単に自慢したかっただけなのだから。それにしても、彼等の俺への対応は酷すぎると実感した。
「お前ら…酷すぎじゃない?」
「日頃の行いを、よく思い出してみな」
「そうだよ、悟。今まで、女を取っ替え引っ替え。しかも雑に扱っている様にしか見えない。そんな事をしていた奴が、急に恋人ができたとか。しかも、その相手は私たちの可愛い後輩だというじゃないか。何を夢見てるんだが…」
「ぇーーうっせぇ!お前らが何と言おうと、俺たちは付き合ってんだよ」
俺の初恋、初恋人をせっかく報告してやったというのに、親友たちからは説教されてしまう。
悠仁とは、付き合っている。これは紛れもない事実だ。ことの真相は、今朝のことだった。
◻︎◻︎◻︎
悠仁を抱く様になってから、悠仁と朝を迎える事はよくあること。昨夜もいつもの様に一夜を共にして、朝を迎えた。
悠仁は、いつも俺より少し早く起きて、朝食を用意してくれる。
カーテンから透ける朝日と、朝食の香りで目を覚ませば、ひとりの朝よりも目覚めは良い。
背筋をひと伸びして、ベッドからリビングに行けば、食卓に食事を並べる悠仁が笑顔で
『おはよう!』
と元気に迎えてくれる。
この光景を初めて見た時に、俺は確信した。
(悠仁が好きだ)
その言葉がすんなり降りてきた。
そんな事を初めて思った日は、何度悠仁と肌を重ねた時だったのだろうか。
朝は食べないと話していた筈なのに、
『ちゃんと食べなきゃ、一日力でないじゃん』
と、半ば無理やり押し付けられた朝食だった。
しかし、一口口に運べば美味しくて、胸の奥がじんわりと暖かくなった。
実家の食事はもちろん美味しい。一流の料理人が、一寸の狂いもなく味を決めてくれている。しかし、それは俺の為に作られたものではない。美味しくする為に作られた物だ。
しかし悠仁の食事は、俺のために作られた物で、俺への気持ちが詰まっている。本当に愛おしくなった。その日から、悠仁と迎える朝が嬉しくなった。
だんだんとこの気持ちは膨らみ、悠仁の身体だけじゃなく、気持ちも欲しくなっていった。
そして、今朝告げた。
「いつもご飯ありがとう。美味しいよ。悠仁のご飯、毎日でも食べたい」
彼の目をまっすぐ見つめて、そう告げれば、悠仁は嬉しそうに笑ってくれた。
「そんなに?いいよ!」
返事はあっさりだったが、嬉しかった。きっとこうなることを悠仁も望んでいたのだろう。
悠仁は、一限目から大学があるから先に部屋を出る。その時にも、いつもはしない"いってらっしゃいのキス"をしてみた。
付き合って初めてのキスに、悠仁は少し戸惑っていた様子だけど、それも素直な反応で可愛く思えた。
◻︎◻︎◻︎
この話をしても、目の前にいる親友2人は、信じている様子は全くない。こう云う事は当事者しか分からない物なのだろう。
「まぁ、とりあえず付き合ってると言うことにしてあげよう。しかし、まぁ、やっとと言う感じだな」
「本当にな。高専の時から狙っていたもんな」
二人は懐かしい高専時代の話をし始めた。
「狙ってねーよ。まぁ懐いてくるから、可愛いなー忠犬だなーくらいには思っていたけど」
「ふーん。私が悠仁にジュースを奢っただけでも、噛み付いてきたのは誰だったかな」
「それ、私もあったよ。ライターが無くて探していた時に『パチンコで貰った』って虎杖がライターをくれたの。そのライターを使う度に、五条が睨んできていたよ」
傑も硝子もそんな懐かしい話をする。
確かに、高専時代から気に入っていたし、誰にでも笑顔を振りまく悠仁には不快感もあった。それでも、最後には俺の所へ尻尾を振ってやってくる。それを見れば、ムカつく気持ちもどこかへ行ってしまっていた。
「たぶん、虎杖は分かっていないとは思うが、せいぜい愛想尽かされないようにな」
「今日は面白いものが見れたよ。悟は恋をすると、だいぶ頭が悪くなるらしい」
クスクス笑う二人はやっぱり、信用していない様ようだ。それでも、気持ちは和らいだ。
悠仁が教えてくれた、この店。目の前のパンケーキに、たっぷりメープルシロップを垂らして頬張れば、心も口も甘さで満たされた。