「ダリダ・ローラハ・チャンドラII世中尉、そこで何をしている」
そう声をかけると彼女はビクリと大きく肩を弾ませこちらを振り返った。
「ハインライン大尉!お疲れ様です」
チャンドラは声をかけて来たのがハインラインだとわかるとホッとした様子でこちらに近づいて来た。
「お前がなぜこんな所にいる?この先には格納庫しかないぞ」
「…簡潔に言えば迷子です」
チャンドラは少し目を泳がせながら答えた。
アークエンジェルのクルー達が一時的にミレニアムに乗艦する事が決定されたのが1ヶ月前。そして2週間前、彼女達はミレニアムでの勤務を始め、概ね友好的にミレニアムに受け入れられている。そして、女性クルーに人気がある。
マリュー・ラミアス大佐は憧れの女性として、
アーノルド・ノイマンは気さくな人柄と面倒見の良さ、そして類稀なる操舵技術。操舵桿を握っている時の横顔が格好良いと女性陣から熱い視線を向けられている。
今目の前にいるダリダ・ローラハ・チャンドラII世はとにかく可愛いと人気であった。くりくりとした薄い水色の瞳とブラウンのふわりとした茶色い髪の毛。そして恐らくミレニアム、アークエンジェルのクルーの中で一番小柄な体躯。ミレニアムの女性ブリッジクルーに至ってはチャンドラの方が年上であるにも関わらず、可愛い可愛いと頭を撫でるなどしている。
チャンドラはアラサーにいう事じゃないぞとか、身長だけはね、と苦言を呈してはいるが、頭を撫でるのをやめて欲しいなどとは言わずその行為は受け入れてにこにこと楽しそうにしているのだ。面倒見も良い性格なのだろう。
そして、電子工学への造詣が深い。通信士から射撃指揮官までブリッジのあらゆる職をこなした経験もあり、火器の運用方法や戦艦の武装、通信技術などで非常に話が合ったのだ。実務経験が豊富なチャンドラはハインラインとはまた違う角度からものを見る。彼女との討論は有益な時間である。閑話休題。
「迷子?」
「恥ずかしながら」
ブリッジでの勤務を終えた後、自室に戻ろうとしたらしい。少し考え事しながら歩いていたら、恐らくアークエンジェルの自室に戻る道順でミレニアム艦内を移動していた様で気が付いたら何処にいるのか分からなくていた、と言うのが彼女の言い分であった。
「でも大尉が通りかかってくれて良かったですよ、誰も通らないのでどうしようかと思ってました。帰り道教えてもらえます?」
「ついて来い」
ハインラインは少し考えてからそう言った。するとチャンドラは少し焦った表情になる。
「教えて頂けるだけで大丈夫ですよ、大尉こちらに用事があったんでしょう?」
「急ぎの用ではないから気にするな。それに迷子のお前を一人にしたとアビーなどに知れてみろ、何を言われるか分かったものじゃないぞ」
最悪はヒルダ・ハーケンに知られる事だが。
ハインラインの事を遠巻きに見ていたミレニアムのブリッジクルー達は、チャンドラと関わりを持つようになってからというもの、ハインラインが少しでもチャンドラに近づけば虐めないでくださいね!とハインラインに物申す様になっていた。
この2週間で大した変わり様である。
「彼女達良い子ですからね、大尉と話した後絶対に話しかけてくれますよ、何もされませんでしたか?って」
チャンドラはくすくすと笑いながら話を続ける。
「大尉は威圧感がありますし、自分も小さいですからね、見てると心配になるみたいですよ」
威圧感、あるのか。
「…行くぞ」
「では、お言葉に甘えて。宜しくお願いします」
ハインラインが歩き出せばチャンドラも後を小走りでついてくる。それを見て、足の長さが違うからな、と少し歩く速度を落とした。それに気づいたチャンドラが礼を述べる。
「お気遣いありがとうございます」
「大した事はしてないだろう」
「実際ゆっくり歩いて頂けると助かりますからね、体力もある方ではないのでずっと小走りだと辛いですから」
「そうか」
そういえば、とチャンドラが以前話題に上がった事のある兵装の話を始める。
ハインラインはやはり彼女との討論は有益だなと思いながらゆっくりと歩みを進めた。