「いっったっ……!」
チャンドラは固定された椅子の足に強かに打ちつけた左足の指をしゃがみ込み両手で覆う。
「う〜〜〜!折れたかも…!」
今いる場所はミレニアムで勤務をするにあたりあてがわれた自室であり、自分以外誰もいないが思わず声に出して呻いてしまうぐらいには打ちつけた足の指が痛い。
着替えている途中であった為、裸足だった事がダメージをさらに増加させたのであろうが、勤務開始時間が迫っていたチャンドラは涙目になりながらもそのまま着替えを続行しブリッジに向うべく部屋を出た。
あいにくミレニアムは重力下を航行中のためブリッジまでは徒歩で向かう。歩くたびに打ちつけた所が痛む。
(…まさか本当に折れてる?)
しかし痛みは我慢できるぐらいまでには落ち着いて来たし、チャンドラは基本椅子に座っての勤務である。少し経てばさらに痛みも引くだろうから支障はないと判断し、チャンドラはその日はそのまま勤務に就いた。
※※※
“勤務が終わったら俺の部屋に来て欲しい、見てもらいたいものがある”
そのメッセージを勤務が終わりミレニアムの自室の端末で確認したノイマンは、着替えもしないまま取り敢えず隣のチャンドラの部屋に向かった。ドアの横にある端末にパスコードを入力し、勝手に部屋の中へ入る。すると待ってましたとばかりに直ぐに声がかかった。
「ノイマン!」
「何を見て欲しいんだ?」
「これ見て欲しいんだけど…」
折れてると思うか?
チャンドラがそう言って見せて来たのは左足で、その左足は中指を中心に赤紫色に変色していた。
ノイマンはチャンドラ足を手に取って観察する。明らかに内出血をしているしその部分が少し熱を持っていた。
「どうしたんだこれ?」
「そこに思いっきりぶつけた」
チャンドラが指を指した先には備え付けの固定された椅子があったのでその足にぶつけたのだろう。角に足の指をぶつけると言うのは、まぁ、よくある事だが。
「…どんだけ思い切りぶつけたんだ?」
「…ぶつけたと言うよりはバランス崩してぶつかったみたいな?」
「内出血してるじゃないか。折れているかまでは分からないけど取り敢えず医務室に行くぞ」
「えー、折れてなさそうなら行きたくない。椅子に足の指ぶつけて医務室とか恥ずかしいじゃん?」
「歩けるのか?」
「…歩きたくはない」
歩きたくない程痛いのであれば恐らく折れているだろうな、とノイマンは思った。
「ほら、行くぞ」
背負って運んでいこうとチャンドラに背を向け片膝をつく。
「もしかして、おんぶ?」
「そうだが?」
「恥ずかしいから歩いて行くって!」
「歩きたくない程痛いんだろう?歩いて悪化しても良くない。良いから早く乗れ」
そう言うとチャンドラは渋々と言った様子でノイマンの背に体を預けた。
ノイマンはチャンドラを背負うと、そのまま部屋を出て医務室の方へ向かった。
「…誰にも会いません様に」
背負ったチャンドラからそんな願いが聞こえた。
※※※
「ノイマンさん、チャンドラさん!」
チャンドラの願いもむなしく、医務室まであと少しと言うところでシン・アスカに声をかけられてしまった。背中から、「もう少しだったのに…」と小声で落胆の声が聞こえて来た。
「お疲れ、今から休憩か?」
「はい!…ところで何してるんすか!?」
何か面白いものを見つけた子供の様に目を輝かせながらアスカはノイマン達にとても楽しそうに話しかける。実際、チャンドラを背負って歩いているノイマンというのは誰から見ても興味をそそるだろう。
「こいつ、足折ったんだ。だから医務室行く所」
「えぇ!?何したんすか?」
「まだ折れたって決まってないから!」
ほら、これ。
そう言っ見えやすい様にチャンドラの左足をアスカの前に出す。
「うわっ、痛そう」
アスカは少し顔を歪めながらそう言うと、そっとチャンドラの足を撫でた。
ことの経緯を話せばアスカは「そんな事で!?」と驚愕し、心配だからと医務室へ一緒に行くと言い出した。
「ナチュラルって皆んなそんな事で骨折するんすか?」
「…まぁ、稀によくあるな」
「だからまだ折れてるって決まってないってば!」
「いや多分これ折れてますよ?」
「俺もそう思う」
話をしながら歩いていけば直ぐに医務室に着いた。医務官にチャンドラの足を見せ、レントゲンを撮ればやはりと言うかチャンドラの足は剥離骨折という診断を受けた。
「これ、ラミアス艦長に報告しなきゃ駄目?」
「そりゃそうだろう」
ノイマンとチャンドラの会話を聞いていた医務官が、「こちらから上げときますよ、ついでにコノエ艦長にも」と言って、チャンドラが待てをかける間もなく診断結果を手早く2人に送ってしまった。チャンドラは顔を手で覆って天を仰いだ。
「ラミアス艦長だけじゃなくコノエ大佐にまで……」
チャンドラが絶望している間にも、医務官は手早く足の指を固定している。
「艦内で起きた事だから艦長に報告するのは当たり前じゃないすかね?」
アスカから至極真っ当なことを言われ、ノイマンは思わず苦笑する。
「…おいチャンドラ、年下に正論言われてるぞ」
「わかってるけどぉ…!」
戦闘中でもないのに、しかも足をぶつけただけで骨折なんて確かに知られたくは無いが、もう諦めるしか無いだろう。
処置が終わったチャンドラは、痛み止めを処方され24時間後にもう一度医務室に来る様に言い付けられていた。しょんぼりとしながらも返事をし、医務官に礼を言い退室するためにチャンドラは立ちあがろうとする。するとそれを見たアスカがチャンドラの前に来て背を向けてしゃがんだ。
「チャンドラさん、乗って下さい!」
100パーセントの善意から行われている行為だが、チャンドラからしてみれば後輩に背負われるというのはノイマンに背負わせるよりもさらに羞恥心が増すのだろう。しかし後輩の善意を無碍にするのも躊躇われるのかチャンドラはアスカに背負われるか迷っている様であった。そして困った様にノイマンの方を見て来る。しかしやる気に満ち溢れる後輩を止めることはノイマンにも出来なかった。その事をチャンドラの肩を軽く叩く事で伝える。
「…アスカ、頼んだ」
「はい!」
諦めたチャンドラはアスカの背に体を預けた。アスカは張り切った様子でチャンドラを背負い医務室を後にする。ノイマンも医務官に一言礼を言うとその後を追った。