この恋と墓場まで言ってしまえば一目惚れである。
彼の事を初めて見たのはコンパスの設立前、ミレニアムとアークエンジェルのクルーの顔合わせでの事だった。
クルーとは言っても役職が上の者達だけでと言う事だったので、まさか自分まで呼ばれるとは思っていなかった。しかしアークエンジェル艦長であるラミアスから
「私とフラガ大佐だけで行ってどうするの?艦の要である貴方達の事もきちんと知ってもらわないと」
なんて言われてしまいノイマン共々顔合わせに参加する事になったのだ。
とは言っても、顔合わせには双方のクルーの他、コンパスの総裁となるラクス・クラインや、モビルスーツ部隊の隊長を務めるキラ・ヤマト。他にもアスハ首長まで参加していたものだから、チャンドラはノイマンともに一言自己紹介をした後はラミアスの後ろで黙っているだけだった。
これだけ要人が集まれば警備は万全にされていたので、チャンドラは周囲に多少の警戒をしながらもラミアスの後ろからミレニアムのクルーを順に観察していた。
とても気難しそうでキラ・ヤマトとラクス・クラインにしか話しかけないアルバート・ハインライン技術大尉。少し頼りなく見えるが人当たりは良くラミアスやフラガとも既に楽しそうに会話をするミレニアムの副長、アーサー・トライン少佐。そして2人こ様子をニコニコと見守りながら時折会話に参加するミレニアムの艦長、アレクセイ・コノエ大佐。
チャンドラはこの時初対面であるアレクセイ・コノエから目が離せなくなった。そして、この人の事を好きだと感じた。
何処を好きになったのか。まずは声。落ち着いた大人の男性の声で、耳触りが良い。ポーカーフェイスなのかと思いきや意外と変わる表情。垂れ目気味の瞳、ハインラインやトラインの事を見守る優しい眼差し。とにかくコノエの全てが魅力的に映ったのだ。
その後、話しかけて来てくれたトラインや久しぶりに会ったヤマトと話たりしたが、チャンドラはコノエの事が気になって仕方なかったので、見過ぎない様に注意しながらも、彼の事を出来るだけ視界に収めた。
チャンドラはいい大人であったのでこの恋が実ることがないのを分かっていた。
自分はしがないナチュラルで相手はコーディネーターの中でも艦長になれる様なエリートなのでそれは当然の事である。
それでも、ミレニアムとの通信でコノエが映れば見てしまったし、声には聞き入ってしまった。
そんな小さな事に幸せを感じながらチャンドラの恋心だけは着実に大きく育っていった。
ファウンデーションとの戦いが終わり少し経ち、乗る艦を失ったアークエンジェルのクルーはその後継艦が出来上がるまでの間ミレニアムに臨時で乗艦する事になった。
コノエと同じ艦に乗る事になったチャンドラは、
舞い上がりそうになる自分を必死に抑えていたので、始めの2、3日は挙動不審だったかもしれない。でも、慣れない艦での勤務だからと誤魔化しがきく程度のものだったと思う。
直接会話を交わすことはほぼ無いが、艦長と言う役職から指示を出す事が多いため、声は沢山聞くことができた。コノエの生の声はやはり耳触りが良くずっと聞いていたくなる。
本当は録音したいくらいだったが、そんな事は出来ないので脳内にしっかり記憶しておく。
同じ艦に乗った事により、コノエの新たな一面も見る事が出来た。艦長席での座り方がだらしない事や、ラミアス大佐への通信ではきちんと話していたのに、ミレニアムのクルーとの会話では語尾が伸びがちな所。
そんなコノエを可愛いと思ってしまったチャンドラは、その時この恋を一生背負って生きていくのだと、そう感じていた。
アークエンジェルの後継艦が出来上がり、ミレニアムでの勤務が終わればコノエの事を直接見る事も、コノエの声を直接聞く事もほぼ無いだろう。
チャンドラはコノエの事をより多く記憶し、この艦での勤務を終えようと考えていた。
最後の勤務の時間、コノエに報告する事があったので近くで声を聞き顔を見ることが出来きた。チャンドラは最後に良い思い出になったと満足し、自室で少ない荷物をまとめ、翌日に迫る退艦の準備を進めていた。
※※※
(見られているかな…?)
艦長という役職からか、ブリッジクルーから恋心を寄せられると言うことが少なからずあったコノエはそういう視線に敏感である。
今回の視線の主はミレニアムに臨時で乗艦する事になったアークエンジェルのクルーの1人、ダリダ・ローラハ・チャンドラ2世中尉であった。
こういう視線は知らぬ存ぜぬを貫き通すと言うのがコノエの何時もの対応であった。
そうすれば、一時の気の迷いの様な恋をした子や、憧れと恋心を混同している様な子は、新しい恋をして去っていってくれる。
しかし本気だった場合は違う。
恋に気づいて貰えないと言うのは堪えるのか、大体の場合その後、積極的なアプローチを受ける事になる。コノエがやんわり否を伝えても、最後には業務に支障をきたし始める。そうすれば艦長としては艦から降ろすほかない。何度かそう言う経験をしているのでコノエは今回はどうなる事かと憂鬱な気持ちになった。しかも元は違う艦の所属であるし、ラミアス大佐の服心との話だ。コノエは何事もなくチャンドラの臨時の乗艦期間が終わる事を切に願っていた。
結果として、コノエの心配は杞憂に終わった。
チャンドラはコノエの事を見てはくるが、それ以上のアクションを一切起こさなかった。
ならば一時の気の迷いだったかとも思ったが何ヶ月経ってもチャンドラからの視線はコノエの事を捉えてくる。業務以外の事でチャンドラから話しかけられる事も無かった。ただ、こちらから所用で話しかければ、それはそれは嬉しそうにするのでチャンドラに好かれていると言うのは自分の思い違いでは無いとは思うのだが…。
今までに無かった展開にコノエは戸惑った。
遠くから見て満足し、話しかけられて嬉しそうにする。しかし自分からはアクションを起こさない。そんなチャンドラの様子にコノエは、奥ゆかしい、いじらしい、ついには可愛らしい、などと思ってしまった。
可愛らしい、と思ってしまった時、コノエは自分の恋心を漸く認めた。
コノエがチャンドラの事を好きになったのなら、2人は晴れて両思いで、コノエから好意を告げれば恋人同士になれるはずである。
しかし、ここに来てコノエはチャンドラが自分を好いてくれているという事に自信を持てなくなった。なにせチャンドラからのアクションが少ない。コノエの事を見てくるだけである。
そもそもコノエ以外のクルー達には雑談をチャンドラから振ったりもしているのだ。業務以外では話しかけられない自分は本当に好かれているのだろうか。
自分に向けられる好意には敏感であるとは思っているが、勘違いでは無いのかという疑念も抱き始めた。
それならばコノエからチャンドラにアプローチすれば良いのだが、14も年下の彼にどうアプローチして良いか分からなかった。下手な事をしてしまえばセクハラになりかねず、嫌がられでもしたら立ち直れない。もう伝えなくても良いのかもしれない、このまま自分の心の中に留めておこうか。
コノエはかなり思い悩んだが結論は出ないままであった。
そんなこんなでコノエも動くことが出来ないまま、チャンドラを含めアークエンジェルのクルー達が後継艦の完成を間際にしてミレニアムから退艦する日が翌日に迫っていた。