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    sumitikan

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    sumitikan

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    現パロこくひめ、エージェント黒死牟、悲鳴嶼未成年学生、全年齢。触れるだけのキスあり。ピクブラに同じものがあります。

    #鬼滅の刃
    DemonSlayer
    #こくひめ
    goddessOf(lucky)Directions

    エージェント黒死牟 2朝食の席で、黒死牟は怒っていた。

    それというのも行冥が黒死牟の本名である継国巌勝の名を担任の教師に言ったからだった。静かな怒りの黒死牟に行冥は素直に謝ったけれど、ツンとした態度は改まらない。それを見て、行冥も済まなさそうに謝るのをやめた。

    「家では黒死牟って呼ぶって言ってるのにそれじゃ駄目?でも学校の父兄参観で黒死牟さんって呼ばれるのおかしくないかな。なんでそこでコードネームなの。私はおかしいと思うよ、すごく。恥ずかしいし、家の外ではそういうところ改めて欲しいと思うし、黒死牟のご両親や縁壱さんやうたさんの前で黒死牟って呼ぶのは、すごくためらわれるし。そういう時は巌勝さんって呼ぶからね」
    「……」
    「わかった?もう決めたから。黒死牟も何も言わないし、これでいいよね。それと、来週テストあるから、今日から勉強するからね。あんまり黒死牟のこと構えないから。できるだけ成績上げて行かないと、キメツ学院付属大学って結構偏差値高いんだよね。教育学部に入りたいんだ」
    「……英語をしっかりしなさい」
    「うん。あんまり得意じゃないけれど、頑張る」

    眉尻の下がった顔でにっこり笑う。
    尊い、と黒死牟は思った。

    「あいかわらず仕事何してるかわかんないけど、あんまり心配させないでね。部屋の棚に物凄いモデルガンとか並べてるのはいいけど、友達が本物みたいって触りたがって、止めるの大変だったから。黒死牟の部屋、鍵掛かるようにならないかな……だってあれ、本物でしょ?そういう所から拳銃の所持がばれたら黒死牟きっと刑務所に入るんだよ。そしたら私はどうなるのかな。この家でひとりぼっちだよね」
    「……部屋に鍵をつけよう」

    行冥は今朝も一リットルほど牛乳を飲み干したが、その割に体に脂肪はつかない体質のようだった。鍛えれば、とつい思う。現代に鬼殺の技など残っていないし、黒死牟も鬼狩りではなかった。

    「おいしかった。ごちそうさま!いってきま~す」
    「……ああ」

    ばたばたと玄関に向かうのを見送り、黒死牟はコーヒーを淹れた。休暇はのんびり行冥を摂取して過ごすのが良かった。今度の夏休みは海に連れて行ってやろう。仕方ないから縁壱たちも誘おう。

    休日の勤勉な主婦のような半日を送り、行冥が帰って来るのにあわせて手作りのパウンドケーキを作った。どうせ秒で消える。

    帰宅の前に連絡が入る。ナインで、縁壱宅に寄ってから帰るという。うたのことだから、行冥が赤ちゃんの面倒を見ている隙に色々と家事をして、お惣菜を一品は行冥に持たせる。縁壱にはできた嫁だ。

    縁壱の家に到着してから着信が増える。赤ちゃんが可愛い。ただそれだけの喜びを黒死牟に伝えてこようとする。なぜか行冥は黒死牟が赤ちゃん可愛い仲間に入っていると信じ込んでいる為、その気持ちに逆らわないように無難な返事を入れることにしていた。

    うたに何を返礼すればいいか、黒死牟はギフトをザッピングした。こういう時、女の同僚が欲しくなる……いや、いた。数ヶ月前にロストフで落ち合い一緒に仕事をした女暗殺者がいた。

    その女暗殺者に急遽連絡を取る。何事かと身構えていた彼女に用件を話すと呆れた様子が伝わって来た。生まれたばっか?今何か月?何だって喜ぶよハッピーだから。ガーゼのハンカチとかよだれかけがいいんじゃない。親戚なの?子供用品のチェックはまだ何年も続くだろうね。これで満足かい。じゃあね。

    そんな感じで通話は終わり、体よく追い払われたものの手掛かりはくれたので、赤ちゃん用品のギフトを探した。口コミも見て、いいメーカーの品を注文する。それとは別に、うたの為に使いでの良さそうなスカーフも注文した。縁壱の機嫌を取るためだった。

    縁壱自身にではなく、縁壱の大切にする者に何かした方が縁壱自身の機嫌が良くなる。黒死牟も、自分より行冥に投資するのが楽しい。兄弟だから似たのかと思っていた。

    またナインに通知が入る。塾、という言葉をうたが書いている。なるほど、女は賢い。行冥を塾に行かせるべきか……行冥はキメツ学院付属大学に行きたがっている。中高一貫だし本腰を入れるのはまだ後でいいと思っていたが、本人の意思を聞いてみよう。

    ナインで帰宅する旨が告げられる。黒死牟ものんびり構えていた。夕食の仕込みも既に終えている。今日の私は完璧だ。何と言っても行冥に尊敬されている私だから。

    「ただいまぁ」
    「……おかえりなさい。……ケーキがある」
    「ケーキ?なにかいいことあったの?」
    「……焼いてみた。……食べてくれ」

    夕食前の軽い軽食。多分うたも何か食べさせてはいるだろうが、この年頃の胃腸はどういうわけか食べ物なら何でも一瞬で消化吸収する。黒死牟がケーキを切り分けると、行冥は嬉しそうに食べた。一瞬で消えた。ここでもお供は牛乳だった。

    「すごいね黒死牟、ケーキが焼けるんだ」

    行冥に尊敬されるコツが最近分かって来た。彼の手の出ない家事に習熟するといい。パエリアやビリヤニなど、米に関わる食べ物にごく弱いので、それをマスターすると尊敬される。

    行冥は炊き込みご飯が大好きだ。だからと言って毎日するわけではない。テストでいい点を取ったら、腕によりをかけて作る。あと、仕事で長期間家を空けて帰ってきたら、和風炊き込みご飯から洋風炊き込みご飯まで連続させることがある。行冥の喜んだ顔を見たいからだった。小さな口でちまちま食べるのを眺めるのが至福だった。

    良質の食材ですくすく育て。そのかわり、十八になったら分かってるだろうな。

    そう思いながらケーキをおかわりする行冥を見た。行冥はケーキに入っている干した果物の名前をいちいち聞きながら、今日学校であったことを話し始めた。

    ……多分これ分かってない。十八になったら黒死牟と♡なんてことは忘れたか。しょうがない、子供だからな。いや私の気持ちは子供に向けるには重すぎる感情と約束だったか?……まあ子供だしな。


    「キス、する?」

    朝、学園へ行く前に聞いた言葉に、黒死牟の笑顔が固まったのが行冥には分かった。この大人は賢くて、世界を股に飛び回る仕事をしているけれど、コードネームを普段使いにする常識がちょっと外れた所がある。

    行冥は鞄を背負った。黒死牟は真顔でいる。反応が遅い。

    「行ってきますのキスだよ」
    「……する」

    近付いてきて、黒死牟は行冥の腰を抱いて来た。保護者と被保護者の距離感が壊れそう、安全なキスだと行冥は思っていた。けど、ちょっと恐い、大人の真剣な顔。行冥は目を閉じた。一拍おいて、唇に柔らかいものが押し付けられて、すぐ離れた。

    やっぱり大丈夫だった。行冥は笑顔になった。

    「それじゃあ、行ってきます。今日は帰りに縁壱さん家に寄って行くから」
    「……じゃあ……私も行く」
    「そう?」
    「……私の両親を連れていく……うたには私から連絡を入れる。……いつもの和菓子屋でお菓子を買う」
    「うん」

    黒死牟が日本にいると、否応なく彼のことを意識してしまう。あまり身の回りに人を近付ける気がないのか、友人関係についても行冥は知らない。縁壱にさえ自分から近付こうとしない、孤独なエージェントだ。

    その黒死牟が大人になるまで待つと言ったことを、行冥は忘れていなかった。どういうことか理解するために、買って貰ったスマホで調べるのは危ない気がした。ひっそりと保健室の先生に聞いたり、図書館で色々調べた。

    何となくわかったことは、黒死牟は行冥のことを恋人のように思っていて、大人になるまでそういうことはしない、ということだった。

    まだ子供なのに、と思って色々と調べていくと、外国では十代前半で結婚する事例もあるのを知った。それは女の子の話だったけど、黒死牟はそういう気持ちでいるのだろうか。彼はしょっちゅう外国に行くから、外国人の感覚で?

    行冥の考える、そういう大人の世界のことはぼんやりしていて、まだうまい形にならない。でも、今日のキスはうまく出来たと思うし、黒死牟を信じていいと思っていた。

    教室では一番後ろの席が定位置で、左右にしか席を移動したことがない。なぜか住職と呼ばれている図書委員で、般若心経の逆さ読みが出来るのが特技だった。

    「住職さあ、大学どこ行くか決めた?」
    「学園の付属大学を受けようと思ってる」
    「ふーん」
    「それか仏教系の大学かな」
    「あーやっぱ住職だから気にしてんの?」
    「まあ住職だし」
    「さすが住職」

    そんな話を級友として笑い、昼食後の授業で眠気を堪えたり、図書室で新しく入った本に目を通したり。担任の先生がいつのまにか黒死牟と話していて、コクシーボさん日本人じゃん。エージェントって何の仕事?

    放課後、縁壱の家に行く。うたが出迎えてくれて、色々話しているうちに、またチャイムが鳴った。黒死牟が彼の父と母を連れて来た。学業について聞かれて、行冥が答える前に黒死牟が平凡だと評して父親に窘められた。

    お茶を飲みながらああだこうだと話しているうちに縁壱から連絡が入って、夕食は外で食べることになった。大勢で移動する中に入っているのが行冥は好きだった。継国家、特に黒死牟の前では言えないけれど、実家の家族を思い出して涙していた。男が簡単に泣いちゃいかんと小言を言われる。別に嫌ではなかった。

    スイゼリヤで大人数で食べる。皿の数が凄いことになり、赤ちゃんが泣きだして、授乳ケープをうたが出したらそれに父がまた小言を言って、それを母がたしなめて、そういうのを縁壱と黒死牟がぼーっと見ているのを行冥は見ていた。にぎやかだ。
    何を食べたか分からないくらい色んな話題が出た。学校の成績を上げる気はあるのか。スポーツやったら。情報に興味あるかな。家に来てくれるの嬉しいよ。お前はそのままでいい。

    そう言う声を掛けられて、一生懸命返事をして、ご飯を食べる。印象に残ったのは、これから親しくなる親族と一杯話したことくらいだった。

    養子をとるなら巌勝も相談くらいしてくれたって……いえね。あなたが悪いわけじゃないのよ。いきなり家族が増えたから、びっくりして。

    帰り道にそんな風に話をされて、頷くことしか出来なかった。戸惑いは、少しだけ親しい好意に。そこから親戚になるまで、長い時間が掛かるだろう。遠い道のりを行冥と一緒に歩くことになった継国家の人たち。

    みんなと別れて、家に帰る。
    最初の信号機で赤だったのに立ち止まり、行冥は長い溜息をついた。

    「……疲れたか」
    「ちょっと。学校帰りだったし」
    「……どうだった」
    「いつもと同じ感じだよ」

    家の中に入って玄関先で、黒死牟が行冥の腕を取った。

    「……お帰りの……キスをしたい」

    はっとした。今まで忘れていた、今日はいってきますのキスをした。帰ったら、お帰りのキス。確かにその通り。黒死牟は真面目な顔をしていた。

    行冥はやや上を向いて目を閉じた。黒死牟が腰を抱いてくる。顔を覗き込んできて、唇が重なった。柔らかい接触、呼吸が顔をくすぐった。それでキスは終わりなのに、黒死牟は手を解かなかった。

    じっと玄関先で抱き合って、見つめ合う。

    「あ、そうだ。担任の先生に、黒死牟は日系ロシア人?て聞かれた。そんなわけないよね」
    「……私は、国籍については、……伏せているのだが」
    「そうなんだ?」

    黒死牟は手を解かない。ハグが欲しいのか?と思って、行冥から抱き着いてみた。鍛えられた体が服の上からも分かる。頼もしかった。

    「……行冥」
    「うん。好きだよ」


    それは夏休み前のテストが終わってすぐのことだった。スマホ片手の黒死牟が、ゲーム中の行冥に聞いて来た。

    「……行冥……英語の学習ソフトに興味あるか?」
    「なにそれ?」
    「……縁壱の会社で開発してる。……対象は社会人だが……モニターを……やってみるか」
    「うん、やる」
    「……やるって。……ああ。……営業と駅に。わかった。……行冥。今駅のスタバに縁壱叔父さんがいるから……説明聞きに行きなさい」
    「はーい」

    行冥はゲームを終わらせ、出しっぱなしで出掛ける準備のために部屋に向かった。出されたままのゲーム機になにか言いたげな黒死牟を後ろ目に、スマホを持って行く。

    「……買い食いは……ほどほどに」
    「うん。わかってる」

    スマホをポケットに、スニーカーを履いて、行冥は自転車で駅に向かった。駅の駐輪場からスタバまで十五分ほど、店内に入る。黒死牟と二度ほど来た事があった。外を歩いていた所から分かっていたのだろう、縁壱が手を上げて振って来るのに振り返した。

    「こんにちは。縁壱さん」
    「やあ、こんにちは、行冥君。今日は仕事の話でごめんね。兄からも聞いていると思うけど、英語のソフトの開発でモニターを探しているんだ。ゲーム端末持ってたよね?」
    「はい」
    「こちら提携先の会社で営業をしてる……」

    紹介された営業は、きちんとした印象で笑顔が印象的だった。会釈するのに会釈し返す。いい匂いがして、はきはきしていた。どこから切り取っても立派な社会人と言う感じだった。

    英語の成績について軽く話して、学校の英語とは違う勉強になることを聞かされた。

    通信を利用する。不具合があればサポートに連絡を入れるし、会社から連絡がある場合もある。連絡はこの営業も担当している。そのくらいの事を聞いて、簡単な書類にサインして、話は終わりだった。

    縁壱は香水をつけないけれど、黒死牟はたまに香りを身に纏う。夜におしゃれをして出かける時がそうだ。今日会った営業の人も少し香水をつけていた。黒死牟と全く違う印象で、匂いも色々あるのがわかった。

    「ただいま。名刺貰ったけど、これどうするの?」
    「……しまっておけばいい」
    「うん」
    「……何か食べるか」
    「うーん」

    のんびり返事して考えてると、黒死牟が食べ物をくれる。それを摘まみながら、ソフトを入れて学習を始める。様子を見ていた黒死牟も少しはソフトに興味があったようだったが、すぐ興味をなくして離れて行った。

    大体十五分くらいのカリキュラムで、英語をやったという気がしない。モニターはそんなものかも知れなかった。
    夏休みに入って、宿題の気晴らしにすることもある。そんな感じに触れていた。

    十日ほどしたある日、起動して暫くすると、メッセージが入った。初めてのメッセージだった。

    『悲鳴嶼行冥様。〇時の〇駅前で〇〇が待機中。至急』

    名前に見覚えがあって、行冥は机の引き出しに仕舞った名刺を取り出した。営業の人の名前だった。

    出掛ける準備をして、黒死牟の部屋に顔を出す。静かに指立て伏せをしているのも、既に日常の光景だった。

    「ちょっと行ってくる」
    「……どこに」
    「駅前。待ち合わせ」
    「……そうか」
    「晩御飯までに帰るから」

    自転車を飛ばして駅前のスタバに、営業の人がいた。連絡先を聞くのを忘れていたからと、申し訳なさそうに言う。番号を交換して、軽く話した。営業の人は奢ってくれた。

    成績は。部活は。スポーツはしないの。将来どこの大学に?アイドルとか見ないの。今はゲームが。パズドラ?ふうん、持ってるんだ。俺も買おうかな。

    普通の話をして三十分ほど、仕事だから戻るという営業と別れて家に帰った。夕方に営業からスマホに連絡が来て、超疲れた。という弱音にお疲れ様です!と返す。大人の友達が出来たみたいだった。

    やがて夏休みの目玉が来た。黒死牟がレンタカーを借り、縁壱一家と海に遊びに行った。浜辺の波打ち際で、赤ちゃんは波が恐くて泣いてしまった。砂遊びを一緒にする。岩場でバケツに掴まえたザリガニを見て、不思議そうにしていた。沢山の人、お日様と海と浜風。日焼け止めを体に塗ってくれる黒死牟の手。おかえしに背中に塗ってあげた。

    次の目玉は、黒死牟と一緒に山でのキャンプだった。テントに泊まった。森の匂いで心身が清められたような気持になった。トレッキングをして、毒のある植物について黒死牟は詳しかった。苔桃を初めて見て、内緒で一粒摘まんで食べると酸っぱかった。森の枝に栗鼠が出た。
    夜は肉を焼いて、黒死牟はビールを飲んだ。火が闇夜に明るかった。一緒に火が燃えるのを見ているのが、何となく楽しかった。

    そういうことの合間に、営業との連絡があった。焼肉食べたい、だとか、他人のミスで残業なぜ。そんな端的な日常の垣間見える連絡だった。

    夏休みが終わる寸前の土曜日、営業から映画に誘われた。チケットが余っているからと、画像つきだった。あまり興味がなかったけれど、行ってみてもいいかも知れない。

    「黒死牟」
    「……なんだ?」
    「出かけるから」
    「……ああ。クラスの子か?」
    「ううん。営業さんが映画に誘ってくれたから」
    「……そうか」
    「晩御飯までに帰るから」
    「……待ちなさい」

    黒死牟は行冥の側に来て、肩に触れた。

    「……行ってきますの……キスを……」

    行冥が目を閉じて待つと、黒死牟が唇を重ねる。この触れ合いが日常化していることに、行冥はあまり気にしていないようだった。

    「じゃあね」
    「……ああ」


    行冥が玄関を出たのを察して、黒死牟は自分のスマホをある業務用の端末に繋いだ。行冥のスマホをハッキングし、連絡先を割り出した。縁壱の会社の男があやしい動きをしている。

    チケットの画像を見て、上映時間を確認。まだ暫く動かなくても良さそうだ。いい大人が子供を連れ出して映画に誘う。行冥は大きいけれど心は幼い。どういうつもりだ。

    あらゆる手を考えた。けれどこれが日本を売るほどの機会とは思えなかった。時間が来て、黒死牟は着替え、スマホ片手に外に出た。映画館の外に到着して、様子を見る。

    丁度、行冥が男と歩いてくる所に出くわした。黒死牟は後をつけることにした。楽し気に映画の話をしているようだった。そのまま誘われてホテルに入る。軽食を頼んだ。

    黒死牟も離れたテーブルで軽食を頼みながら、ここが日本じゃなければあっという間に始末していたのにと思っていた。五秒もかからずに済ませるのに。行冥が二十七歳の経験豊富な剣士だったらこんな目には。ああ。気が付け早く。

    男はどう誘ったのか、行冥を連れて部屋に向かうようだった。馬鹿者、状況がおかしいと気付け!その男は黒だ!黒死牟は願った。願いは届かなかった。縁壱の同僚だからってあんなに信頼して。縁壱これはお前のせいだ、お前は私から全て奪っていく。

    仕方なく後について行く。二人が部屋に入るのを見届けて、部屋番号を確かめた。どうやって中に突入しようか。力づくで開けてもいいが、ここは日本だ。

    黒死牟は十五分ほど待ってから、ホテルのラウンジで支配人を呼び出し、部屋をマスターキーで開けさせる交渉に成功した。未成年が連れ込まれた、という言葉の力によるものだった。この間に三十分ほど時間が必要だった。

    黒死牟立ち合いの元、部屋の鍵が明けられる。従業員が中に入って行く、バスルームを確認すると、全裸の男が慌てふためいていた。行冥は体育座りで服を着たまま頭からびしょ濡れになって、膝を抱えて泣いていた。

    その大きさに全員が沈黙した。未成年……?

    「……うちの子です。……キメツ学園の中等部です」

    黒死牟の言葉で、誰かがほっと息を吐いた。未成年に対する淫行目的の連れ去りだ。黒死牟は行冥の側に行って彼を見降ろした。

    年の頃合いは十四……といったところか。

    馬鹿か私は。かつての二十七歳の経験豊富な剣士ではないのだから当たり前だ。前世を思い出す場面じゃない。それは行冥が二十七になった時に取っておけ。

    黒死牟は行冥の側に膝をついて、顔を覗き込んだ。

    「……行冥」
    「こ、こくしぼ……」
    「……もう大丈夫だ。……よく頑張った」

    肩を軽く叩いた。行冥が黒死牟の手をぎゅっと握った。また、新たな涙がぼろぼろと零れてきて、行冥はしゃくりあげて、声をあげて泣き出した。

    ずぶ濡れのまま風呂場に小一時間ほど泣きたいだけ泣かせた。普段からの泣き上戸がたくさん泣いた。ホテルの従業員がエニクロの服を買ってきてくれて、それに着替える。

    一人きりになるのすら怖がったから、脱衣場で黒死牟と二人きりだった。

    「……落ち着いたか?」
    「うん……」
    「……これから警察の人が来るから……聞かれたことに答えるように……側に私がいるからな」
    「うん」

    久しく見なかった、行冥の眉がきりっとしている。ぎゅっと黒死牟の指先を握って離したくないようだった。泣き腫らした目で、緊張して瞼が痙攣している。

    ゆっくり脱衣場を出た。警察官が数名、黒死牟と行冥を見て戸惑った顔をしている。黒死牟はゆっくり継国の方の姓名を言って、事情について説明した。婦警が進み出て別々に話を聞こうとしたけれど、行冥は黒死牟の手を離せず、仕方なく別々の方を向いて話をした。

    長い間話をして、黒死牟は行冥の手を引いた。注意がこちらに向く。行冥の目を見て言った。

    「……被害届を出す」
    「うん……」
    「いいかな、行冥君。被害届と言うのはね……」

    婦警が説明するのを、行冥はじっと聞いていた。それら手続きを進めたのは黒死牟だった。一緒に行った警察署で行冥は隣の婦警と何か話しながら、じっとしていた。

    黒死牟は被害届を出しに行きながら、その前に縁壱に連絡を取り、営業の男のしでかした件について話した。あわてて謝る縁壱に、他に余罪があるかも知れないと黒死牟は告げた。
    営業は提携先の社員で、モニター管理をしていたこと。そこから提携先に話が飛び、黒死牟の前で刑事はのんびり欠伸して事情を見守り、こうしたことに慣れている態度だった。

    二時間以上通話して、やっと被害届を提出する。全て終わらせて行冥のいるベンチに行くと、すぐこちらに気が付いたようだった。

    「……帰ろう」
    「うん」


    行冥は目を開けた。どうしても眠れなかった。ホテルの部屋に連れ込まれた、と分かったのは、スマホを奪われてからだった。

    まるで業務の一環のように手慣れた感じで行冥のスマホを取り上げて、男は微笑んだ。それからおもむろに服を脱ぎ始めたから、びっくりして止めようとして、でも止まらなくて、ドアから出ようとしたら外に出られなくなっていた。

    部屋の中を逃げ回った。追いつかれると裸の男に抱き着かれる。それが恐くて、部屋の中をあちこち逃げて、最終的にバスルームに逃げ込んだ。
    バスタブの中で出来るだけ小さくなっていたら、ドアをこじ開けて入ってきて、冷たいシャワーを掛けられたこと。

    こんなにびしょ濡れになったら脱ぐしかないよね?と耳元で優しく言われた。

    あのままだったら脱いでた。脱いで、それから。どうなっていたんだろう、黒死牟が来なかったら。あの男の人のしたかったことをされていたと思う。恐かった。

    ベッドに起き上がった、深夜三時。一時間前は温めた牛乳を飲んだけれど、少しも眠れない。あれから一時間、眠るために何をすればいいのかわからない。黒死牟は眠ってしまっただろうか。

    暗い廊下を、黒死牟の部屋のドアを見る。光が漏れていた。行冥は部屋のドアを開けた。黒死牟が起きていた。パソコンに向かって何かしている。

    「何、してるの?」
    「……世界の……反対側の時間にあわせて……」
    「どこ?」
    「……ブラジル。……サンパウロ」

    暫くドアのところで、黒死牟がパソコンを相手にしているのを行冥は見ていた。こちらを見ようともしないけれど、気にしてくれているのを信じていた。

    日本に帰って来てからも意味不明な動きをよくするけれど、今日この時に起きていたのは、行冥が寝れないのを分かってのことだ、と。

    「……今日はここで寝なさい」
    「うん」

    やっぱりそうだった。行冥は少し笑って、黒死牟のベッドに入った。当たり前だけど黒死牟の匂いがして、目を閉じる。彼は日本にいる時は、時々香りを身に付けていた。その残り香に包まれて、軽い打鍵音が途切れ途切れに、マッチを擦る音と匂い。

    やがて時々黒死牟が吸う、外国の煙草の匂いが漂った。煙嫌だな、匂いがつくから洗濯しなくちゃ……。

    目が覚めると、翌日の午後四時だった。まるきり十二時間以上も眠り込んだことに呆然とした。

    台所に行った。書置きがあって、雑炊が作ってあると書いてあった。レンジで温めて一皿食べ終える頃にチャイムが鳴って、出てみると配達だった。それを受け取って、黒死牟の部屋のデスクの上に置く。それから、したいことが何も思い浮かばなかった。

    よく見てたチャンネルやゲーム、モニターになったこととか、どうでもよかった。何も感じたくなかった。そのまま黒死牟のベッドに入って匂いを嗅いだ。何も考えたくなくて目を閉じた。外国の時間に合わせた時計と、日本の時間に合わせた時計の秒針の音を聞いていた。

    どれだけ経っただろう、玄関で鍵を開ける音がした。黒死牟が帰って来たけれど、起き上がる気持ちになれなかった。

    しばらくすると、部屋のドアが開いた。黒死牟が屈んできて、頭をくしゃりと撫でてきた。

    「……食べたな……偉いぞ」

    雑炊を食べただけで褒められるなんて、まるで重病人のようだと思った。どこも怪我もしていないのに。

    「……夕食は……食べられそうか」
    「食べる」
    「……他に……私にできることは……なにかあるか……」
    「ぎゅってしてほしい」

    言ってみて、黒死牟が助けてくれたことに感謝の念が湧いて来た。ベッドから起き上がって、黒死牟の元に行き、彼を抱きしめた。いつも積極的な黒死牟がそれほどでもない。

    「……こうか?」
    「いつもありがとう、黒死牟。大好き」

    抱き締められる。行冥は体の力を抜いた。ぐっと体を支えられるのが気持ち良かった。

    「しても、いいよ」

    ***

    その瞬間を黒死牟は耐えた。

    行冥があっさり出した許可はそう言う意味ではない。多分いつもの挨拶のキスを「しても、いいよ」ということで、くれるものは貰うに決まっているから、黒死牟は唇を触れ合わせた。こうやって少しずつ慣らしていくのはいい考えだとも思っていた。

    行冥が気を許し過ぎだった。こういう時が続くのかと思い、十八歳までの数年が遼遠の時に思えた。行冥は黒死牟を完璧に信頼していた。

    黒死牟は過去生を思った。あの仁王像を思わせる歴戦の剣士、育成時期はか弱い頃もあっただろう。それは分かっている。分かっているけれど。手元に置いて育てて最強の……そして……なんて夢を見たのが間違いだった。この誘惑は耐え難い。

    手に入れる方法を間違えた。議員に貸しまで作って未成年の前で痩せ我慢する権利を手に入れた。過去生の自分に勝るとも劣らない愚かさだった。

    これから無邪気な誘いが何度あることだろうか。その分を思い知らせることができるのが十八歳から。今はまだ待て。

    「黒死牟の匂い、好き」

    十八になったら覚えてろ。
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