【ゼン蛍】遅めの夕食は、結局ピタだけになった 今日は一日のんびり過ごそう。そう決めた蛍とパイモンは朝からそれぞれ好きに行動をしていた。とはいえ、現在滞在中のスメールシティで行くところと言えばお互い似たような場所になる。お昼前にグランドバザールで再会した二人は屋台で昼食を購入後、塵歌壺に入ってゆっくりとそれを食べ終えた。
この後はどうしようか。このまま塵歌壺の中でのんびり過ごしてもいいし、スメールシティの誰かに会いに行ってもいいかもしれない。パイモンがそんなことを考えていると、満腹感で少しずつ眠気に襲われて瞼がゆっくりと落ちてくる。あと少しで意識を飛ばそうかという時、思わぬ来訪者が現れた。
「あ、アルハイゼン。こんにちは」
「あぁ、こんにちは」
二人の声に一気に目が覚める。背凭れにだらしなく凭れ掛かっていた体をぐいっと起こすとアルハイゼンに向き直った。
「いきなりどうしたんだ? アルハイゼン」
「ティナリからの裾分けだ」
蛍に手渡された包みを二人で覗き込むと、以前コレイに作ってもらったアレンジの入ったピタが三つ詰められていた。包みに充満した具材の香りが、昼食を食べた後にも関わらず空腹を誘う。
「これ、コレイが作ったやつだな!」
「本当だね。でもどうしてティナリから?」
「作りすぎたものを知人に配って回っているらしい。ここに来ると言ったら、君たちにも渡しておいてくれと言われた」
「いやいや、オイラたちが居なかったらどうするつもりだったんだ?」
「自分で食べるだけだろう?」
さも当然と言わんばかりにアルハイゼンは言い放つ。確かに食べきれない量ではないだろうが、それでも三つもあればそれなりの量になる。それら全てをまとめて食すアルハイゼンを想像して、少し意外だとパイモンと蛍は思わず顔を見合わせた。
「君たちから好きなものを取ればいい」
「あ、っと。私たち、さっきご飯食べたばっかりなんだ。だから夜に貰うね」
だからアルハイゼンが好きに選んでいいよ、と包みを返そうとすると。
「そうか。なら俺もそうしよう」
夜にまた来る、とさっさとその場を去ろうとしたアルハイゼンを蛍が慌てて引き止める。
「ちょっと待って! 戻るなら一緒に買い物に行かない? 流石にピタ一つだけじゃ少ないだろうから良ければ何か作るよ。パイモンも一緒に行くよね?」
声をかけられたパイモンはもちろん! と答えかけて慌てて口と噤んだ。
「お、オイラは眠いから昼寝しようかな。二人で行って来るといいんだぞ!」
「あっ、パイモン!」
ふぁー、と大袈裟に欠伸をして急ぎ背を向けて去る。そんなパイモンの姿を物言いたげに蛍が見ていたことを、もちろん背を向けた本人は気付いていなかった。
一方、危ない危ないと一人溢しながら二人から離れたパイモンが目指すのは、この邸宅内で一番大きいベッドを置いてある客室だ。自身の部屋があるけれど、パイモンはここのベッドが気に入っていた。寝心地がいいのもさることながら、どんなに大きな人間が寝ても落ちないだろうその大きさが好きだった。部屋に入るとさっさとベッドに飛び込む。眠気はさっきアルハイゼンが来たことで散ってしまったが、ぼぅっとしていればそのうちまた訪れるかもしれない。
今回も二人きりにすることが出来た。パイモンは一人満足する。次の国に行ってしまえば、何時またこの国に帰って来れるか分からない。だから二人が付き合い始めたと知って、最近は機会があれば二人きりになれるよう立ち回っているのである。正直に言えば、少しだけ、そう、すこーしだけ寂しさを覚えるが、二人の為だ、仕方がない。だって自分はいつでも一緒にいられるのだ。
そんなことを考えているうちに、当初の思惑通りパイモンは眠りについた。
ゆっくりと起き出して伸びをする。辺りはまだ日が落ちた様子もなく、寝入ってからそんなに時間は経っていないようだ。少しぼやけた頭でそういえば二人はどうしているだろうと考え、視界の端に見えた姿にぱっちり目が覚める。そこにはついさっき思い浮かべた二人が眠りについていた。
左腕を枕に眠るアルハイゼンは、蛍を背中から抱きしめて右手を腰に回しその腕の中に閉じ込めている。蛍も自身の両手に顔を寄せて体を軽く丸めたまま、アルハイゼンの腕の中で気持ちよさそうに寝息を立てていた。
誤って起こして邪魔してしまわないうちに離れよう。そう思ってその場を離れようとしてアルハイゼンが起きていることに気付く。まだ眠いのか、いつものような視線の鋭さはない。視線が合ってしばし逸らせないでいると、アルハイゼンの右手が動いて蛍の前の布団を指でトントンと叩く。行動の意味が分からず少し首を傾げると、もう一度トントンと叩いた。もしかしてここに来いと言っているのだろうか。パイモンは静かに首を振ってそれを拒んだ。二人の邪魔をする気はないからだ。けれどアルハイゼンはまた布団を叩いて促す。それにもう一度首を振ったパイモンがさっさと移動してしまおうと背を向けた時、「ぱいもん?」と蛍の声がした。
「わ、わるい。起こしたか?」
「……どこいくの?」
まだ寝惚けているのかほとんど開かない目のまま、蛍は言う。そしてパイモンが何か言う前にパイモンに手を伸ばし、その腕を掴むと引き寄せ自身の腕の中に閉じ込めてしまった。何が楽しいのかふふふ、と小さく笑う蛍にパイモンは首を傾げる。
「蛍?」
「なんだか、こうやって抱き締めるのも久しぶりだなって思って」
そういえば最近はこんな風に抱き締められることも無かったなと、パイモンはぼんやり思う。それぞれの部屋が完成して、一緒に眠ることも少なくなっていたし、日常生活で抱き締める状況もそうそうない。
蛍は抱き締める腕にぎゅうっと力を込め、パイモンの頭に頬を寄せて擦り付ける。そんな行動が何だか気恥ずかしくて「やめろよー」なんて言葉では嫌がってしまう。
「最近、アルハイゼンが来ると全然一緒にいてくれないよね」
「う……だって、恋人同士なら二人でいたいだろ?」
だからパイモンなりに気遣って色々と動いていたのだが。
「そうだね。でも、パイモンが我慢することないんだよ」
「我慢なんて……」
してない、と即答出来なかった。少し寂しく思っていたのは事実で、だからと言って二人の邪魔をしたいわけじゃなくて。上手い言葉が見つからずモヤモヤとする感覚に小さく唸れば、アルハイゼンの大きな手がパイモンの頭をポンポンと叩いた。大きな手にそぐわない、とても優しい叩き方だと思って驚いていると、数度頭を撫でられる。
「アルハイゼン、起きてたの?」
突然動いたアルハイゼンに蛍は目を丸くして問うが、返事はない。代わりに今度は蛍の頭もポンポンと叩くと、二人共々その右腕に抱き込まれた。それからくぁっと欠伸をしたかと思えば左腕を崩して蛍の頭に顔を寄せ、時間を置かずに寝息を立て始める。本当にマイペースだと、ある意味感心してしまう。
「……私たちも寝よっか」
「オイラも居ていいのか?」
二人の腕に閉じ込められ今更ではあるが、一応聞いてみる。蛍はニッコリ笑みを作るともちろんだよ、と答えて目を閉じた。
「おやすみ、パイモン」
蛍からもすぐに寝息が聞こえてきて、パイモンは一人ぼんやりと二人の寝息を聞いていた。
「……へへっ」
思わず笑いが零れて頬が綻ぶ。さっきまで感じていたモヤモヤはいつの間にか消えていて、今はぽかぽかとした何かが胸にある。
蛍はあぁ言ったけれど、これからもパイモンは二人の為に立ち回るだろうし、時には寂しさも感じてしまうと思う。けれどきっと二人はまたこうやって抱き締めてくれる。そう思うと、寂しさ以上に温かい何かが胸を占めるのを感じた。
その温かさを胸にパイモンはこれでもかというくらい蛍にすり寄ると「おやすみ」と呟いて目を閉じた。