【ゼン蛍】かわいいひと ほぅっと息を吐き出せば、自然と体から力が抜けてそのまま湯に沈んでいく。このまま一度顔まで浸かってもいいかもしれないと身を任せれば、首まで浸かったところで腰に回った腕にそれを阻止された。
「眠くなったか?」
真上を向けばこちらを見る瞳と視線がぶつかる。
「ううん、大丈夫」
いつだってアルハイゼンの入れる湯加減は私の好みにぴったりでその気持ちよさについ眠くなることもあるけど、今は気持ちいいだけで眠くはない。
「辛かったらすぐに言え」
「うん」
少しだけ姿勢を正して背後のアルハイゼンに体を預け直す。程よい力で支えられ、多分このまま寝てしまっても溺れることは無いだろう。実際は意識が沈み切ってしまう前に抱き上げられ、ベッドまで運ばれるだろうからその心配すら無いのだろうけど。
今だって髪も体もアルハイゼンにさっぱり清められ、好みの温度の湯に浸かり、万が一の寝落ちにも対応。まさに至れり尽くせりだ。
ただ意識がある時は恥ずかしいから自分で洗うと言っても行為の後の彼は自分がやると言って譲らないのには少し困っている。そこに性的なものはなく、本当に丁寧に全身を清められてるだけだとしても。
(大事にされてるのは分かるけど)
これは何時まで経っても慣れないんだろうな、なんて洗われている時のことを思い出してほんのり顔が熱を帯びる。やっぱり一度頭まで使ってしまおうかと思ったところで、後頭部に何かが当たって驚きに小さく体が跳ねた。
「アルハイゼン?」
「何だ」
「眠いの?」
「いや……」
多分アルハイゼンが後頭部に顔を寄せている。というか額を当ててる? それとどこか歯切れの悪い返答。もし眠られてしまうと私ではアルハイゼンを運べないのでとても困る。
「もう上がる?」
返答はない。その代わり腰に回る腕に少しだけ力が入り額を押し付けられた。それがまるで眠くてぐずる小さな子供みたいで、微笑ましくて思わずクスクス笑ってしまった。
「……何故笑う」
「んー? 可愛いなって思って」
「そんなことを言うのはもう君くらいだ」
そんなことは無いと思うけど。確かにカッコいいか可愛いかで言えばカッコいい彼だ。でも可愛い所も沢山ある。今度皆にも聞いてみよう。
「名残惜しいが上がるぞ」
「わっ」
アルハイゼンが立つと同時に立たされて思わず声が出る。先に浴槽を出たアルハイゼンに手を引かれ同じように浴槽を出れば、ふかふかのタオルに包まれ優しく頭を拭かれ、そのまま全身を拭かれそうになって慌てて止めた。
「自分でやるからっ」
「俺がしたいからしている。気にするな」
「気にするよ!」
もういいからと押しやってタオルを奪われないように自分で拭き取っていく。少し何か言いたそうにしてたけど無視していると諦めたのかアルハイゼンも自身を拭き始めた。
パジャマに袖を通してまたアルハイゼンを見れば同じく着終わったようで私からタオルを受け取ると洗濯籠の中へ。新しくフェイスタオルを手にして一緒に部屋に戻るとアルハイゼンはさっさとドライヤーを手に取る。もちろん先に乾かされるのは私の方だ。
たまにはアルハイゼンの方を先に乾かしてあげたいけど、風邪を引くといけないと却下される。それはアルハイゼンだって同じだって言ったこともあるけど、事実体調を崩すのは私の方でアルハイゼンが体調を崩したところを見たことが無い。多分この先もアルハイゼンの髪を先に乾かすことは無いんだろう。
それが分かってるので大人しくベッドサイドに腰を下ろして待つ。すぐに隣に腰を下ろしたアルハイゼンはドライヤーを起動してタオルと共にわしわしと髪を乾かし始めた。
ドライヤーの音で声が聞こえにくいこともあってこの時間は基本的に無言だ。寝る前だし他にすることもないのでぼうっとしていると程よい眠気も襲ってくる。このまま眠れば気付いた時にはベッドで朝を迎えるし、起きていれば今度は私がアルハイゼンの髪を乾かす番。今日は起きたままだったので私の髪を乾かし終えたアルハイゼンは私の脚の間でベッドに凭れるように腰を下ろし、交代して私が髪を乾かし始める。
少し癖のある髪が絡まらないように気を付けながら指で梳かす。乾かしてもらってるから自分も乾かしてあげたい。それも本心だけど、いつも隙のないアルハイゼンが背中を向けて触れることを許してくれている。それが何だか嬉しい。背が高いから普段は簡単に触れられないけど、今ならいくらでも触れられるのもしてあげたいと思う理由の一つなのかもしれない。
いつもならこのまま乾かしきって二人で横になる。けれど今日は途中でアルハイゼンの頭がカクンと前に倒れた。思いもしなかった動きに思わず手が止まって様子を伺う。アルハイゼンも一瞬何が起きたのか分からなかったようで、顔を上げると少し間があって目元に手を当てハァと大きく息を吐いた。珍しく眠気に襲われてるのかもしれない。
「もうちょっとで終わるから頑張って」
風邪は引かないかもしれないけど乾ききってないのはあまりよろしくない。早く終わらせようと止まっていた手の動きを再開する。乾かし終えてドライヤーを片付けようとして、ふらりと立ち上がったアルハイゼンに手を引かれた。
「片付けないと」
「……明日でいい」
床に投げ出されるドライヤー。それでも慌ててコンセントだけは抜いて引かれるまま、倒れるように二人でベッドに横になった。倒れる前にめくり上げた布団を被るとアルハイゼンは私を抱き締め寝る姿勢を整える。すりっと頭に顔を寄せたかと思えばおやすみの挨拶もせずにすぅっと寝入ってしまった。
随分と珍しいことが起きたと言葉もなくアルハイゼンの成すがままになってしまった。そろりと顔を上げて寝顔を眺めてみる。疲れてたのかなと軽く頬に触れてみても起きる気配はない。
いつもより幼い寝顔に、ほらやっぱりかわいい、と一人嬉しさを噛みしめる。さっきの行動だってそう。いつも甘やかされてばっかりの私に甘えてくれたみたいでほわほわと心が温まる。
その温かさを感じながら寝顔を堪能していると、規則正しい寝息と程よい体温に私にもすぐに眠気が襲ってきた。
すりっとその胸に顔を寄せ耳を澄ませば聞こえる心音。それを子守唄に、抗うことなく私も眠りについた。