膝枕する話。 カフェのドアを開けると、カイトさんの優しい声が迎えてくれた。
「お疲れさま、彰人くん」
その声に少しだけホッとしながらも、俺はいつも通りの平然を装う。
「カイトさん、ひさしぶりです」
「あれ、顔色悪い?」
「そうっすか?」
自分の体が限界に近づいていることはわかっていた。朝練から始まり、学校にバイトにビビバスの活動。特に最近は大きなイベントの前で、睡眠時間を削って練習をしている。疲れもたまる。寝不足で頭がぼんやりしていることも増えた。
それでも、誰かに弱音を吐くのは嫌だった。カイトさんは優しい。きっと、弱ってる俺を見たら、心配するはずだ。それにそんな姿を見せるのは恥ずかしいし格好悪い気がする。
カイトさんはいつもの優しい顔で俺を見つめてくる。俺が無理をしているのを、簡単に見透かしているような気がした。
「最近、すごく疲れてるんじゃない?」
カイトさんは俺の顔を覗き込みながら、静かに言う。
「少し、休んだほうがいいよ。膝枕してあげようか?」
「……え?」
その提案が突然で、俺は一瞬、何を言われたのかわからず、間の抜けた声がでた。カイトさんが、冗談半分で言っているのかと思って、彼の顔を見上げるが、その表情は本気だった。今の俺はそんなに眠そうに見えるのだろうか。カイトさんはテーブル席のソファーに座ると、膝を軽く叩きながら、 「ほら、横になって」促す。
「いや、いいです」
「恥ずかしがらなくていいよ。誰もいないし。少し横になるだけでも、違うと思うよ」
確かに、今日のカフェは静かで誰もいない。メイコさんもでているようだった。確かに体はもう限界だった。カイトさんの言葉に甘えるのは、自分にとって恥ずかしいことのはずだったのに、不思議とその優しさに逆らえない。カイトさんならいいかなんて。そんな思いが、静かに俺の中に芽生えた。
「……じゃあ、ちょっとだけ」
恥ずかしいと思いながらも小声でそう言うと、俺はゆっくりとカイトさんの膝に頭を預けた。ちょっと頭をおいて、終わりのつもりだった。でも、柔らかいカイトさんの太ももに頭をおいたら、まるで吸い込まれるように、頭が上げられなくなった。恐ろしく落ち着く。長い間張り詰めていた緊張が、一気に解けるようだった。
「……」
心地よさに膝を借りているというのに無言になってしまう。顔が熱くなっているのがわかった。カイトさんの手がそっと俺の髪を撫でてくる。その優しい手つきに、我慢していた眠気が一気に込み上げてきた。男の膝の上で眠くなるなんて考えもしなかった。でも、今は――カイトさんの優しさに包まれていると、不思議と安心してしまう。
「……どうして、こんなに優しいんですか?」
自分でも驚くくらい素直な質問が、自然に口をついて出た。カイトさんは一瞬考えてから、柔らかな笑みを浮かべる。
「君が大事だからさ」
大事――それがどういう意味かはよくわからなかった。でも、その言葉に嘘はないと感じた。俺のことを本当に気にかけてくれているのが、痛いほど伝わってくる。
「こんな甘え方……。この年になってするとは思いませんでした」
「そうだね。でも、たまにはいいんじゃないかな。頑張りすぎると疲れちゃうよ。誰だって、たまには少し甘えることが必要さ」
カイトさんは優しく俺を受け入れてくれる。カイトさんに甘えられることをうれしいと思っている自分に驚いていた。膝枕という状況が恥ずかしいはずなのに、少しでもこの時間が続かないかと思ってしまう。
「……もう少しだけ、このままでいいですか?」
ついに、漏れてしまった。カイトさんは、驚くこともなく、優しく笑って頷いてくれた。
「もちろん。このまま眠っちゃっても大丈夫だよ」
その言葉がやさしく響く。カイトさんの膝の上で俺は少しずつ目を閉じ、彼の手が髪を撫でる感覚に身を任せる。
「ありがとう……ござます……」
まどろみの中、そう漏らすと、額に温かいものを感じた。コーヒーと甘い香りがしたが、それがなんだったのかわからない。でも、悪いものじゃない。
「おやすみ、彰人くん」
やさしい手がそっと俺の頬を撫でる感触がする。俺は眠りに落ちた。