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    sibapu_TRPG

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    どちらかといえばアウトだろうやこふじ

     榊原千藤は決して完璧な人間ではない。
     ひとに振り回されたり、感情に溺れたり、たまには失敗だってもちろんある。それを取り繕うのがひとより少々上手いかもしれないだけだ。
     大石夜光はたまたま、ひとより千藤を見ていられる時間が長かった。同期で、いまも同じ班に振り分けられており、接する機会が多かったせいだ。ほかの人々が千藤を褒めそやすたび、過大評価だろう、と冷めた目でよく眺めていた。重荷になりかねないから程々にしてやれ、と。
     それはどうやら私生活でも例外ではなかったようで、いま千藤は夜光の目の前で酒に沈めんでいた。
     千藤が先に沈むのは、なかなか珍しいことだった。だいたい、夜光の方が先に酒に呑まれるのが常だったから。

    「おまえはひとりでいいんだろって……」

    「へえ」

    「俺より仕事が大事なんだろって……」

    「ふうん」

    「そんなことないって、仕事と比べられるものじゃないって言ってもぜんぜん信じてもらえなくて……」

    「はあ」

    「流されて……また……うぅ……」

    「そろそろ水飲む?」

     夜光が勧めた水入りのグラスを、千藤は「いらない」とかぶりを振って押し返した。ジョッキに残っていたビールを飲み干すと、個室から廊下に顔を出して「おかわり!」と店員に言いつける。
     四つん這いの体勢で個室に戻ってきたかと思えば、そのまま座席に顔から倒れ込んでしまった。

    「うう……なんでこうなるの……」

     さめざめと啜り泣く千藤の声が聞こえてきて、夜光は溜め息を禁じ得ない。あれだけ言ったのにまた流されて、なあなあで押し倒されたと見た。
     注文を届けに来た店員が、倒れている千藤を見てギョッとした。「気にせんといてください」と肩をすくめ、千藤の代わりにジョッキを受け取る。これ幸いと店員はさっさと個室から出ていった。
     千藤から飲みに誘われた時点で夜光が何かを察して個室を予約していなければ、今ごろ知り合いの誰かに写真を撮られて“なんでもできる榊原さん”の幻想が粉々になるまで拡散されていた頃だろう。別にそんな幻覚を守ってやる義理はないのだが、望んで同僚の恥を晒したいわけでもなかった。

    「ビール届いたで」

     と声をかけると、千藤がのっそりと顔を上げた。

    「大石はさぁ。新しい恋人作んないの」

    「ビール届いたで」

    「作ればいいじゃん。いつまでも元カレの話してないでさ」

    「ビール届いたで」

     酔っ払いに応じたら負けだ。夜光はビール届いたでの一点張りで押し通るつもりだったが、千藤がじりじりと近付いてきたので目を瞠る。

    「そんなに良い男だったの」

    「こら、こっち来んの」

    「ね、良い男だったの?」

    「……いや……」

     “良い男”からは到底程遠い存在だったように思う。むしろ歩く魔性のような印象だ。
     言葉を濁す夜光の隣に、千藤は「ふうん」と鼻を鳴らして収まった。アルコールで上気した頬が照明で淡く光る。

    「別れたくなかった?」

    「まあ……」

    「なんで?」

     今日の千藤は絡み酒だ。それはこっちの専売特許やぞ、と自覚のある夜光は現実逃避気味に思う。

    「なんでって……」

    「別れたくないなら、別れなきゃよかったでしょ」

     ──それができれば、よかったのだが。
     あのとき、夜光に選択肢はなかった。彼は、大石夜光を捻じ曲げるだけ捻じ曲げたあと、影も形もなかったかのように消えてしまったから。千藤たちのように話し合いの場なんて設けようもなかった。別れることしかできなかった。

    「…………」

     黙り込んだ夜光の胸中を見透かしたわけでもあるまいが、千藤はじっとこちらを見上げたあと「ねえ」と話題を変えた。

    「甘やかしてよ」

    「……は?」

    「私、すごく疲れてすごく傷ついてすごくボロボロなの。分かるでしょ。分かれ」

    「いや、それがなんで甘やかす話になんの」

    「なるからよ」

     文脈も根拠も、酔っ払いにはまったくあったものではない。「ほらはやく」と急かされて、夜光はしぶしぶ千藤の肩に触れた。ポンポン、と労うように軽く叩いてやる。

    「が、頑張っとるな」

     千藤は盛大な溜め息をついた。

    「……大石。舐めてるの?」

    「えぇ……」

    「ちゃんとやって。やれ」

     グッと拳が握られる。それがそのまま振りかぶられるまえに、夜光は慌てて「分かった分かった!」と制止した。
     とはいえ、甘やかすってなんだ。しかも“ちゃんと”ってなんだ。そういうのは、それこそ恋人にねだってほしい。夜光は不満と共に頭を巡らせた。“ちゃんと”しなければ、いまの千藤には本当に殴られかねなかったから。

    「……怒らんといてな」

    「ん」

     念のための前置きにも、はやくしろとばかりの相槌しか返されない。夜光はいよいよ腹を括った。
     過剰なほど慎重に、千藤の指に触れる。すり、と関節を擦らせても彼女から拒絶されることはなかった。安心と諦念と共に、改めて指を絡める。
     何度か千藤の指先を愛でてから、右手だけ外して、そのまま彼女の背中に回した。怪我をしないよう、柔らかい身体を努めて優しく引き寄せる。
     腕の中に収まっても、千藤はまだ抵抗しない。

    「なんだ、ハグ?」

     どころか、物足りないといった声色で夜光を非難してくるのだった。

    「えー、まだ足らん……?」

    「子どもじゃないんだから当たり前でしょ」

     千藤の指が夜光の顎を捕まえた。強引に下を向かされる。

    「アンタ、キスは上手いんだからさ」

     そう聞こえてまもなく、柔らかいものが唇に触れた。夜光が唖然としているうちに、二度、三度と同じ感触。

    「舌」

     カツアゲ? と思う間もなく、夜光は熱い粘膜に口内への侵入を許す。やや覚束なさを感じさせる小さな舌の動きは、男を煽るというより、自分が気持ち良くなることを優先しているようだった。

    「ん、……ふ……っ」

     そこで、ガクン、と千藤が落ちた。

    「……は?」

     電源の切れた機械のような動きだった。夜光に乗っかったまま意識を手放したらしい。肩口から穏やかな寝息が聞こえてくる。

    「……ここまでして、寝よった」


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