さぁ、出かけよう「たまには、知らないところに行ってみよう!」
休みの日、朝食後のコーヒーを飲みながら恋人は言った。俺は洗濯物を干す準備をしながら、その急な発言に目を丸くした。確かに今日は何も予定は無いけど…
「今日は何も予定が無いはずだから、どうかな?たまには散歩も兼ねて。ここのところお互いバタバタで…デ…デートらしいこともしてないからな。」
ちょっと恥ずかしそうに、照れながら話してる。
「あ…もしも疲れているなら、やめ…ようか。久々の休みだから、な、うん。体を休めるベきだな、うん…」
「はい!いきましょう!」
俺の鶴の一声で、お出かけは決まった。履き慣れた靴。買い物するかな?エコバッグもひとつ多めに。外は晴れてたなぁ、帽子も持って。あとは、あとは…
「炭治郎!早く行こう行こう!」
…少しだけ煉獄さんを落ち着かせなきゃ、かな。
バタン ガチャ カチャカチャ
ドアに鍵をかけたら、いつもかかったか確認するのが俺達の日常。安心するから、と煉獄さんが始めて、いつのまにか俺もするようになった。数分で着く駅。さて…
「今日…」
「今日は!知らない街に行ってみよう!」
大きな声が俺の声をかき消す。え?知らない街?
「行ったことのない街を散歩してみよう。新しいものを吸収するのは、いいことだ!…と、かっこよく言ってみたが、君と…初めての体験を供用したいんだ。」
恥ずかしそうに、照れくさそうに、俺の恋人は下を向いた。そうっと下から覗くように、こちらを見る表情は、まるで子犬のようで誰がNOと言えるだろう。
「わ…わかりました。イキマショウ
どこにしますか?」
緊張して、片言になったのを気付かれないように路線図を指差す。煉獄さんは素直に路線図に目を向けてくれた。俺も一緒になって同じ方を見た。
「あ!ここ!この駅!行きたいです!
行ってみたかったお店があります!」
「おぉ!この駅は降りたことがない。行こう」
ーーーーーーーーーー
改札を出ると思ったよりも多い、人の多さと、やたらと元気な太陽に迎えられた。
「「あづい〜」」
2人揃って同じことを言ってしまった。顔を見てみると、早くも綺麗な黄色の髪が濡れていた。いつも見てるのに、やっぱりかっこいいな。どこでも、いつでもドキドキしてしまう。俺の目線に気付いて、柔らかく笑う、その大きな瞳が細くなる、俺の大好きな表情。
俺を見上げて見つめる、丸くて大きい赤みがかった瞳と目が合った。なんと可愛く、愛らしい。思わず笑みがこぼれてしまった。俺の視線に気付いた彼は足早に駅を背に南の方向に歩き出した。俺ももちろん後に続く。
小さい町だが、チェーン店よりも小売店が目につく。俺の恋人は食器店に寄っては、皿が綺麗だ、パスタなんか良さそうですね、と笑う。八百屋の前を通れば、うちの近所のお店の方がさつまいもが沢山ありますね、とこっそり教えてくれる。少し広い公園の前を通れば、六太の好きな遊具がある!教えてあげなきゃ!と写真を撮る。いつも人のことばかり、相手が喜ぶことを考える君。だが、たまには自分のやりたいこと、食べたいものを食べてほしい。
「なぁ、たまには君の…」
「あ!ありました!煉獄さん!俺の行きたかったお店です!あ、何か言いかけましたか?すみません。」
「いや、いい。なんでもない。さぁ、入ろう。」
昔ながらの喫茶店のようで、今どきのカフェのようで、なんとも不思議なその空間は、木を基調にしているのに、古っぽさがなく、店内の椅子も色とりどり違う種類ばかり揃えているようだった。ちぐはぐ、ぐちゃぐちゃに感じないのは、きっと店内のディスプレイがうまいからだろう。通された席は外の通りが見える場所だった。外の喧騒から少し離され、落ち着く。穴が空くほど見ているメニューの上から少し赤い黒髪が、動くのが見える。
「は!これです!これ!この季節のパフェがすごい!って、パン屋仲間が言ってました!」
興奮しながら話すものだから、ピアスが揺れる。思わずプッと笑ってしまった。店員さんに注文して、目の前のお冷やをひとくち。まさに甘露だ。ふと炭治郎を見ると、外を見てニコニコしている。何だろう?釣られて外を見てみると、小さい兄が、更に小さい妹が泣いているのをなだめている。どうやら2人で転んだようだ。兄は目に涙を溜めているが、妹に向かって微笑んでいる。視線に気付き体制を戻すと、目の前の恋人に微笑まれながら、見つめられていた。
「わぁ!これが噂の動物クッキーが乗ったパフェ!
ここのお店は全て手作りなんです。果物のソースも。すごいなぁ 綺麗だ!」
興奮して早口になる俺を優しい目で見つめてくれる煉獄さんに気付きながらも、恥ずかしくて気付かないふりをしてしまった。
「さぁ、俺はハウスメイドの、チーズたっぷりトマトパンだ!うん!うまい!どうだ?ひとくち食べてみないか?」
差し出されたパンを食べてみる。外の焼き目はパリパリで、中の生地はしっとり。焼かれたチーズは香ばしく、ちょっと癖のある香りが鼻を抜ける。そしてジューシーなトマト。火が入ることにより、更に甘さが増している。
「はぁ!おいしい!」
はた、と周りを見てみれば、周りの視線を独り占めしていた。皆がにこにこして俺を見ている。恥ずかしさのあまり肩をすぼめる。でも1番にこにこしてるのは、目の前の人だ。笑いを堪えてる。むぅ
「わーはっはっは!すまん!すまん!思わず声が出てしまった!我慢ができなかった!はぁ はぁ
はぁ 余りにも可愛かったものでな。」
涙を拭きながら笑う恋人の口に、甘いアイスを差し入れた。
「ふふ もう笑えなくなりまし…」
「う!うまい!普段甘いものを食べない俺だが、これはわかる!うまい!こんなにうまいアイスは食べたことがない!果物を食べているかのようなジューシー感。喉越しはアイスの冷たさで気持ちよく、後味は果物の香りが鼻を抜ける。うまい!」
我に返ると、お客さん全員の視線を感じる…今度は俺が耐えられない!お互い顔を真っ赤にしながら、美味しく全部食べきった。
「ありがとうございました〜」
紙袋を顔の前に持ってきて、俺はにこにこが止まらない。
「ねぇ、煉獄さん。このお皿、パスタもいいけど、俺達サラダももりもり食べるので、サラダにもいいですね…って聞いてます?まだ顔赤くしてるんですか?」
隣を見ると、まだ赤い顔したかっこいい人がいる。
「いや…あれは…いや…むぅ 恥ずかしかった。」
小さな声で言われたそれは、彼の雰囲気のそれとは違い、とてもか弱いものだった。俺は更ににこっとしながら、腕を絡める。
「ねぇ、煉獄さん?今日はお出かけに連れてきてくれて、ありがとうございました。沢山歩いて、沢山食べて、沢山あなたの新しい表情を見ることができて、俺は今日も幸せです。 さぁ、帰って、さっきの八百屋さんで買った野菜でサラダと、さっきのカフェで買ったパンを食べましょう。 あ!見てください!魚屋さんです!大きいお店ですね。今日の夕飯のメニュー決まりました!
さぁ行きましょう!煉獄さん。」
俺の恋人は、まぁ頑固だ。それは俺にもらしい。
俺のことが大好きだ、と沢山沢山言ってくれるし、行動してくれる。君が幸せなら俺はその倍、幸せだよ。彼の手を掴み、なかば引っ張られる形で進む。それもまた良い。大好きな君とずっと一緒にいたい。
——-終わり——-