郊外にある小さな町。大きなマンションよりも戸建てが多い。公園も各所にあり、遊歩道がそれを繋いでいる。全てが控えめな町がある。その町の少し外れに、これまた控えめなバーがある。名前は『tender rain』常連客だらけだが、ご新規さんも来て欲しい、とマスターは思っている。年寄りだらけじゃないか、とこぼすが、またマスター自身もいい年齢だ。今そのバーに若者が2人。何やら話をしている。
「うわ!埃っぽい!」
手をパタパタと顔の前で動かし、眉間に皺を寄せる。
「まぁ、仕方ないよ。しばらく開けてなかったし。ああ、カウンターも埃が乗ってる。」
指でスッと撫でると、指先の色が変わる。
「親戚とはいえ、数ヶ月自由にしていいよ、って言われてもねぇ。大丈夫そ?」
「うん。どうにかやってみようと思う。俺にとっても思い出のある店だからな。さ!悪いけど掃除付き合ってくれ。善逸。」
「わかってるよー 今日の夕飯、楽しみにしてるからな。炭治郎。」
お互い顔を合わせて、ニカッと笑う。同級生であり、友達ある炭治郎と善逸はテキパキと掃除を始めた。
遡ること少し前。遠縁の鱗滝さんが湯治に出かけることになった。仲良しの桑島さんの鶴の一声で行き先も決まった。喧嘩ばかりの2人だがこういうときの即決即行動は仲良しの証拠だ。出かける直前鱗滝さんが閉店間際にやってきた。
「炭治郎。わしは桑島とちょっと出かけてくる。その間わしの店、あれをお前の好きにしていい。ほっとくでも、店として運用するでも、好きにしなさい。ではな」
「え?え?」
いつも言うことだけ言ってどこかに行ってしまう。もう背中を向けて、ドアに向かっている。
「ま!待ってください。どの位出かけるんですか?3日とか?1週間とか?」
「今のところ3か月、というところか。」
「…さ?え?」
驚いている間にいなくなってしまった。ドアベル鳴ったかな。
ということで、今は俺がこの店の責任者だ。とりあえず義勇さんのところにおろしてる、鴨チーズバジルパイと、アヒージョラスク、ナッツのスパイスオイル漬けは用意しようと思う。あとはお酒だな。…俺お酒苦手なんだよな。飲んでもすぐ赤くなって、なんだかよくわからなくなる。いつも弱い度数の酒を少し飲んで、氷で薄まったのをこっそり飲んでるんだ。そんなわけで、酒の知識が無さすぎる俺は善逸に頼った。社交的で飲み会によく出てると聞くから、詳しいはずだ。今日は店の酒がどうなってるか、一回見てみようとなり、確認で来たんだ。が、前途の通り埃まみれでまずは掃除。少し綺麗になったところで、少しだけ開けていたドアが開く音がした。
「お!ここか?おい善逸!」
「…あ…」
「ん?誰だ?誰か手伝い呼んだのか?」
「あ、いや、俺の友達…で」
「なんか?タダ酒飲めるって言うから来たんだよ。しっかし、古臭え店だな。」
「…え?善逸?そんなこと言ったのか?」
「いや、ごめんよぉ なんかそんな風になってたみたいで…」
「お前が『どんな酒あるかわかんねえけど、飲みにこいよ』って言ったんじゃねえか。」
善逸は汗だらだらで、眉毛は八の字、今にも泣きそうで、いや、泣いてるな、これは。
「あの、すまないが、そういうことはやらない。行き違いがあったようだ。今日は帰ってほしい。」
「はぁ?なんだよ、お前。」
「俺は竈門炭治郎。善逸の友達だ。」
「へぇ 俺らも友達だよな?なぁ?善逸?」
ニヤニヤしながらこちらを見る。はっきり言って嫌いなタイプだ。だけど、善逸の友達なのか。無碍に出来ないなぁ…などと考えているうちに、テーブルを囲み始めた。
「どうせ酒なんてないだろうから、さっきコンビニでサワーとか買ってきたんだけどわ。かんぱーい!」
数名の大学生が勝手に酒盛りを始めた。さっきまで静かだった店内が騒がしくなった。店の雰囲気に合わない声で話し、笑い、大声を出す。しまいには勝手にトイレに行く始末。トイレ帰りに、カウンターのタッパーに気付く。
「おい〜なんだよ。うまそうな、つまみあるじゃん!どれどれ う、ま!やば!おい食えよ!」
「あ、それは」
炭治郎の声は彼らには届かず、頑張って作ったパイ達がなくなっていった。
「お、おい、やめてく
「おいおい?いつのまにここは居酒屋になったんだ?」
…え?」
ドアの方を向くと、誰かが立っている。影になって見えないが、どうやら2人いるみたいだ。
「なんだなんだ?居酒屋?おい、煉獄、んなわけねぇだろ。…て、マジか?お子ちゃましかいねえ!」
「うむ!似つかわしくないな!この店に!」
見たことない人達だ。鱗滝さんの知り合いだろうか。店内中央までやってきて
「お子ちゃまには、この店の良さなんかわからないか。ははー!」
『は?はぁ?うるせえな!俺らはあいつの友達なんだよ!』
「ほぉ 友達ねぇ 騒いで迷惑かけるのも友達なのか? おい宇髄。さっきのキウイを取ってくれ。」
ボールを投げるように、宙を移動するキウイ。いつの間にかカウンターの中に入り、何かを作る金髪の人。そして賑やかなテーブルのそばで、更に賑やかにしている、銀髪の大きな人。その銀髪の人はめちゃくちゃ大きくて、更に店が小さく見えるほどだ。が、その次に目を奪われるのは顔!イケメンてやつだ。こんなにかっこいい人見たことないぞ。くるくるよく動く表情で、賑やかな彼らを宥めすかしている。身振り手振りも交え。感心していると、隣から何だか声がする。
「イケメン滅びろ。イケメン滅びろ。イケメン滅びろ…」
呪いかけてるのか?善逸。昔からイケメン嫌いだもんな。毎回言うな、それ。あと今日はいつもより激しく呪ってるな。…がんばれ
「さぁさぁ!その酒もいいが、こちらはどうだろうか?」
カウンターに音もなく出てきたそれは、よく見たグラスに入ってはいるが、なんとも綺麗で、スポットライトが当たってるいるくらい光って見えた。オレンジ色と…赤?あぁ、あれは赤すぐりの枝だ。グラスにかけてある。
「白のスパークリングワインとオレンジジュースのカクテルだ。この赤い実は半分くらい飲んでから、一粒ずつ食べながら飲んでくれ。」
説明している間に大きな人がテーブルにサーブする。洗練されたその動きはまるで踊っているようだ。
テーブルに置かれたグラス達もいつもより綺麗にしてもらえて、誇らしげに見える。
「オレンジジュース?マジでガキ扱いかよ。でもまぁタダなら飲んでやるよ。」
スラッとして無駄のない薄い飲み口のグラス。その造形すら気にせず、ただグイ!とひと口飲む。オレンジジュースがメインで小さく白ワインを感じる。鼻の奥をくすぐり消えていったのは
『キウイ…』
「ほう よくわかったな。綺麗なキウイがあってな。入れてみた。次はよく混ぜて飲んでみなさい。」
さっきまでの威勢はどこへ。美味しかったからか、皆素直にマドラーを受け取り、撹拌し始めた。黄色に少しキウイの黄緑が混ざり、色味が変わる。よほど味が気に入ったのか、またもグイッと口に流し入れ、グラスは空になった。先程の恍惚とした表情とは違い、眉間に皺が寄り、唇を何やらモゴモゴ動かしている。その姿を見ながらニヤリとする、例の大きな人。
「どうした?」
『どうしたじゃねえ!なんだ!この酸っぱさ!』
「え?酸っぱさ?」
自分のもらった分を飲んでみる。柑橘のいい香りがする。が、混ぜても酸っぱくは感じない。顔を上げるとカウンターの人物と目が合った。目線は外さず、そっと人差し指を唇に当てて「シー」のポーズを取る。そのままパチンと片目を閉じてみせる。俺は驚いて瞬きを沢山して、沢山頷いた。
『俺のも酸っぱい!』
『俺のも!苦手なんだよー!』
嫌な顔をしつつ、グラスを置く。
リーダー格が
『くだらねえ。帰ろう。タダ酒と思いきや、ただの酸っぱいジュース飲まされちゃ、いい迷惑だ。』
バッグを担いで立ち上がるが、目の前には自分の遥か上から声が降りてきた。
「おうおう 帰れ帰れ。お子ちゃまはおうちに帰りな。」
舌を出して、手をシッシッと言うように動かす。あ〜頭に来てそうだなー大丈夫かな。
『っざけんな。でかいだけで邪魔なんだよ!』
シュッと下から拳が飛ぶ。それを避けつつ、ギュッと手首を捕まえる。
「なぁ?優しく言ってるうちに帰れよ?」
あの位置で言われたら怖いだろうなぁ 俺はこっそり震えた。
『チ!うるせえ。本当うるせえ。俺らはただ来てやっただけなのに。おい善逸!またな!覚えてろよ?』
「ひ!」
「おう お前らこそ覚えとけよ。こいつと俺は親友だからよ。な?」
ニカッと歯を見せ笑う。肩を組まれた善逸は涙目で、笑うしかなかった。
ドアは閉じられ、静かになった。
「あ…ありがとうご「本当だよ!感謝しろよ!てゆか、なんだよ、あいつらは!この神聖な場所で騒ぎやがって!」…す。」
相当お怒りだ。ん?
「神聖な場所?」
「お前ら鱗滝さんの何?俺らは鱗滝さんのとこで世話になってたんだ。」
「宇髄。言葉が汚い。師匠に向かって失礼だろ。鱗滝先生、だろ?」
「そうだな。煉獄。いやーしかし懐かしいな。」
2人ともぐるっと周りを見渡して、昔話を始めた。煉獄さんと宇髄さんと言う、この金髪と銀髪の派手な2人は昔鱗滝さんにカクテルの作り方や、バーでの接客の仕方やマナーなど細かく教えてもらったらしい。
「ほぼ自己流だった俺達を矯正してくれた、んだよな。」
「ああ。俺達はそれぞれ別の師匠の元にいたが、勉強し直させてもらったんだ。」