夜に咲く「やっぱりお前の肌は白いな。夜に見ると、尚更だなぁ。美しい、月夜に花開く月下美人だ。」
「や、やだ。見ないでよ。美しいか。へへ、宇髄さんに言われるとなんだか嬉しいや。でもさ、月下美人てさ、ひと晩しかさ、咲かないんだよ?も…もう俺に飽きた?」
涙目になった、俺の恋人を抱き寄せ、髪の毛をなでる。
「おい〜こら〜泣き虫。ひと晩だけなんて、そんな地味なこと俺がするわけないだろうがよ!今日から始まるんだろうが! 確かに月下美人てのは、そういう咲き方だが、あの花の。そう、あの花の咲き方が、まるで今日のお前のようで。ひっそりと夜に白い花びらを晒す、美しさが俺は好きだ。」
「ふぅん?俺、花なの?よくわかんないけど、宇髄さんが好きなのなら、嬉しいや!ありがとう」
にこっと笑った顔が可愛くて、俺はまたよく喋る小さなピンク色の花びらに口づけをした。驚いた後、照れる表情がたまらなく可愛かった。2枚あるピンク色の花びらをこじ開けて、中のおしべを誘い出す。甘く滴るその蜜は今日も俺をとろけさせる。甘い甘い蜜。お前はやっぱり花なのかもしれないな、善逸。いつまでも味わいたいが、花自体がとろけて、違うとこからも蜜が溢れ出す。俺は下の方の蕾を開き、中をかわいがる。指を動かす度、短く息を吐き、こちらを見つめる琥珀の様な、向日葵のような、魅惑的な瞳に俺は今日も溺れていく。美しい花のとりこになっている。いつまでも、何度でも溺れさせてくれ。善逸。
後にも先にも鬼殺隊の目的はひとつ。鬼舞辻無惨を倒すことだ。そこに行きつくまでには、人間である俺らは鍛錬、鍛錬、鍛錬あるのみだ。俺みたいにはざけたやつは、まあまあ小言を言われていたが、隊士達の稽古にも付き合ってたし。まぁ、つまり俺も頑張ってた。そんな中時折顔を見る、俺の恋人。お互い忙しくほぼすれ違いで、タイミング合ったと思うとすれ違う。あの美しい月の夜以降、俺達は膝を突き合わすことすら無かった。
「あ〜 また夜に咲く花が見てぇな。」
誰に言うでもなく、俺の声は空に消えていった。
だが、俺の願いは二度と叶えられなくなってしまった。善逸が死んだ。鬼を倒した後、他の隊士を助けていたらしい。血鬼術にかかった奴も、中には命を落とした奴もいた。善逸はその隊士の家族に背後から刺されたんだと。
「鬼を倒すためなら、うちの息子を殺してもいいのか!」
「お前が鬼だ!」
「本当はお前が息子を殺したんだろう!」
「「「なんで、うちの子は死んで、お前は生きているんだ!」」」
聞くたびにもどかしさにイライラとしたが、愛する者がそう言われるのは答える。善逸の人一倍よく聞こえる耳も、倒した鬼の血鬼術でよく聞こえなくなってた…ようだ。生き残った奴に聞くと、その鬼は人間の五感を弱くする力があって、眠った善逸しか奴を倒せなかったらしい。俺達が相手にしているのは、そういう輩だ。わけがわからねぇ、何を考えてるか得体が知れねぇ。だから、よくあることだ。隊士が死んだ。仲間のために、鬼と戦い、命を落とす。仕方のないこと。ただ、それだけのことだ。
わかっている。
眠っているとはよく言ったもんだ。ころころ変わる表情もなく、悪態をつくこともなく、ただ昼寝をしているようだ。戦ってたはずなのに、たいして顔に傷がついてない。顔を守って戦ってたのか?そう思うと少し笑えた。
あぁ、でもなぁ…
俺は今までだって何人もの亡骸を見てきた。なんなら、作ったこともある。じゃあ、なんだ?宇髄天元。お前は何で涙を流す。光を感じない左目を濡らす。 ただ、ただ、悲しい。欠けちまっちゃあいるが、両手で全身でお前を抱きしめたい。何やってんだ、って叱りたい。俺の許可なく、俺の許を去るなんて。俺は許せない。あぁ、あんなこと言うんじゃなかった。お前が月下美人だなんて。白い肌にいくつも赤い印をつけて、俺のもんだって言ったろう?忘れたか?
開けた窓から風が入る。雲の隙間から太陽が顔を出し、真っ直ぐキラキラと光る陽光が善逸に降り注がれる。
「なぁ?お前、昼間もこんなに輝いて、綺麗だったのかよ。気付かないなんて、馬鹿だったな、俺は。」
神々しく感じる俺の恋人を前に、ぽつりと声に出していた。
善逸。俺はお前の分まで、派手に生きてやる!向こうでお前に会って、ビックリさせてやる!覚えておけよ!善逸!だから、少し、今だけはさよならだ。キラキラと光る髪を撫で、そっと唇を重ねた。思えばこんな優しい口吸いもしてやらなかったな。
寝ている善逸への、もう目を覚さない俺の恋人への、最後の、俺からの愛を贈った。
眩しい光に目が驚いて、瞼を閉じる。朝が来た。今日から新年度か。久しぶりに遅刻しない程度にゆっくり動く。かったるいが、仕事だからな。飯が食えないんじゃ辛いし。と、くだらないことを考えながら俺はシャワーのハンドルをまわす。柔らかく出てくるシャワーが気持ちいい。最近シャワーヘッドを変えた。出口が広く、柔らかいシャワーが出るやつにした。体がでかいから、一度に広範囲に出てくるのは、ありがたい。猫っ毛の髪にもいいんだと。便利な世の中だねぇ。昔は桶に溜めてから、体にかけたもんだ。夏はいいが寒くなると湧かさねえといけないから大変だったな。家のもんがやってくれたから、俺は楽なもんだったが。やっぱり100年も経つと、進化はすげえな。あの頃とは大違いだ。
そう あの大正時代とは…今は令和の世だ。生まれ変わって、あっというまに過ぎて行った。俺は元々持っていた神的美的センスで美術教師なんてやってる。100年前の記憶を思い出したそのとき、周りにはあのときの知った顔がそこかしこにいた。記憶は1番そいつの気持ちが昂っていたころらしい。俺は皆より年食ってたから、少し遅かった。
周りを見ると、最期を見届けることもできなかったやつ、最終決戦で魂を費やしたやつ、俺と皆を見送ったやつ、なんだよ…お前らいたのかよ。がらにもなく、泣けちまったのは内緒だ。皆変わらずで、大食いのやつとか、やたらネチネチするやつとか。笑えるくらいそのままだ。そして俺達柱だけでなく隊士だったやつも目につくようになった。思わずあの時の稽古並みにしごきたくなるのを我慢するのが大変だ。
「煉獄先生〜!」
カランカランと耳飾りの音をたてながら、賑やかなあいつがやってくる。おーおー、目の中がハートマークになってやがる。気付いてないだろが、お前らお互い同じだからな。ニヤニヤしながら2人の背中をペシ!とやる。
「「いだーーー!!!」」
涙目で睨んでくるから、こちらは振り向きつつ逆にニシシと笑ってやった。と、竈門の後ろに綺麗な金色の髪を見た。煉獄…じゃない、赤くないし、あんな固く…ねぇ…サラサラの…あいつの髪だ!
「ぜ!善逸!」
「え?あ、は。はい?」
少しも変わらぬ眼を俺に向け、首をキョトンと傾ける。口許に当ててるセーターの萌え袖が気に食わねえ。
「おい!お前!我妻ぁ!お前今日から俺の手伝いな?放課後には絶対来いよな?美術室に。」
ニヤリと笑って押さえつけた手のひらの下の、あいつの顔を覗き込んだ。
「いー!たーい!何なの!?この輩先生はぁ!」
俺のことわかんないとか、許さねえからな。今世では逃がさない。絶対。俺のそばにしか、いさせねえ。
「…離れんなよ?善逸。」
「え?何?」
「なんでもねえよ!とりあえずついてこい!」
「きぃやー!!!やだやだやだぁ!助けてぇ!炭治郎ぉー!」
涙目で竈門を見るが、あいつはニコニコ手を振って見送ってやがる。あいつも記憶が戻って、応援してくれてんだよな。
「よーし!ついてこい!遅れんなよ?」
100年ぶりに触れる肌にドギマギしてるのがバレないうちに、俺は恋人予定の、こいつの手首を引いて廊下を進んで行った。
「ったく。何なのよ。いきなり今日からとか。折角クラスの女の子とアイス食べに行こうとしてたのに。」
ブツブツ言いながらも、ちゃんと丁寧に作業の手伝いをするやつ。くくく 変わらねえな。
「おい」
「はぁ?何よ。今…」
「おーい」
「だから!何よ!」
ブゥンと音が鳴る勢いで振り向いた善逸の口の中にアイスを突っ込む。
「む!ぐ! ん?ん〜!んまぁ〜」
にこぉ、と顔が溶けていく。お前目尻下がりすぎ。
「うまいか?」
「うん!おいし!おいしーよ!これ、あのお高いやつじゃない?」
「おぉ、そうだ。しかも、それの期間限定の奴だぜ?」
「えー!食べていいの?うはー!」
「皆には内緒だからな?」
シーのポーズをお互い取りながら、ニヤリと顔を見合わせる。ニコニコしながら甘いもんを食うのも変わらねえな。でも、こいつの記憶も戻ってこない。もしかしたら、このまま…戻らずに。…もしそうなら、本当に悔しいが、…仕方ねえな。それも運命…だよな。
「あー!」
「んぁ!? なんだよ?」
「こぼしちゃったぁ!ひーん」
今度は口角を下げて、げんなりが似合う顔してる。
ワイシャツについたか。
「まぁ、セーターじゃねえから、良かったじゃん?」
「うー まぁ、そうね。うー」
「これも俺様の手伝いでセーターを脱いでたからだからな。俺様に感謝するんだな。」
「…なんかよくわかんないけど、それでいいよ。あー!結構こぼしてた!しみちゃうから、洗わなきゃ!」
そう言うと、やおらワイシャツの裾を持ち上げる。と、左脇腹に3つの赤い痣?がある。薄ら見える右脇腹にも同じものが。
「お、おい、善逸。その脇腹の痣…」
「あ、ああ、これ?なんか生まれつきなんだって。気付いたときには、これだったよー」
お前、それ、あの月の夜、お前の腰を掴んで花を咲かせたときのあの痣じゃねえのか?俺の上で怪しくも美しく開いた、あのときの…。ヒョイッと善逸を持ち上げ、ソファに座らせる。わけがわからないという顔した善逸を俺の下腹に乗せ、俺はゴロンと横になった。…なんだよ、やっぱりこの痣、俺がつけた後からじゃん。
「な、何なの?せん…せ…」
「あ、ああ、悪い。ちょっとおふざけが過ぎたな。」
頭をかきながら、体勢を整える。なんだ?黙って…怒ったか?
「善逸。ごめんな。驚いたか?」
顔を覗き込むと、両手で口を覆い、小刻みに震えていた。そして、その顔は昔のあの善逸の顔だった。
「お、おい、お前」
「あ、あんたが、下から見上げるから。あんたを上から見下ろしちゃったから、…思い出しちゃった。」
言いながら、ポロポロこぼれる涙を拭うこともせず、真っ直ぐにこちらを見つめてくる。そっと抱き寄せ、背中を優しくさする。肩のあたりをトントンとすると、俺に体を預けてきた。
「久しぶり。」
「おぉ、そうだな。久しぶり。」
顔を合わせず話す。善逸が体の向きを変え、俺の首に両腕を絡めてくる。
「待った…よね?」
「待った…な。」
またポロポロと涙を流す。そっと瞼にキスをする。
ゆっくりと瞼を開ける善逸は昔と同じ…いや、昔よりも美しい。
「おかえり」
「ただいま」
額同士をくっつけて、そっと言葉を口にした。そしてどちらからともなく、ゆっくり唇を合わせた。久しぶりのキス。こんなにキスすることって、すげえことなんだな。名残惜しそうに離れる唇、善逸の小さな唇はそっと開かれたままだった。ぼぉっとしてるのが、また可愛いんだよな。
「久しぶりのキスはバニラアイス味…か。」
ハタ!と気付いた善逸が顔を真っ赤にして、俺を叩く。その腕を掴んで、また引き寄せる。ギュッと抱きしめた。
「やっと戻ってきたな!俺から離れるなよ?ずっとそばにいろよ?」
「もちろんだよ!やっとまた出会えたんだもん!ずっと一緒だよ!」
頬の形が変わるほど、くっついて俺達は叫びあった。廊下の向こうから、不死川の怒りの足音が近づいてくるのがわかった。
ーーー終わりーーー