大事な気持ち ぽんじろは、こんじゅろさんに拾ってもらった、小さな子狸です。行き場がないならウチにいればいい、の言葉に甘えて今日もこんじゅろさんのおそばにいます。いつもニコニコ、皆から頼られるこんじゅろさんはかっこいい!毎日隣でニコニコしてるぽんじろです。
こんじゅろさんは里で「何でも屋さん」をしています。困った人のお手伝いをするんだよ、と教えてくれました。俺もやります!お手伝いします!ふんす!と、ぽんじろも元気に背伸びをして、手を挙げます。いつもビシ!と上がる眉毛を少し下げて、優しく微笑み「うむ。わかった。見習い、だな!」と大きい声で教えてくれました。ぽんじろはまたふんす!と気合を入れて「はい!」と答えました。
ぽんじろは、こんじゅろさんからお仕事のお手伝いを頼まれて、一生懸命努めます。道がわからないおばあさんの手を引いてのご案内。失くしものをしたおじさんの大事なお守りを探すのに、ぽんじろのよくきく鼻は役に立ちました。皆からの「ありがとう」の言葉と笑顔に、ぽんじろも「どういたしまして!」とこんじゅろさん譲りの大きな声でお返事します。皆が笑顔になれる、なんて素敵なお仕事なんだろ。毎日ぽんじろは嬉しい気持ちでいっぱいです。
でも少しだけ。少しだけ、つまんないなぁ、と思うことがあるんです。俺は前より大きくなって、なんでも出来るのに、こんじゅろさんは小さいお仕事しかくれないなぁ。役に立たないかな、小さいからかな。こんじゅろさんみたいに大きいことがしたいなぁ…心配をかけたくなくて、小さな小さなため息をして、小さな肩を落とします。
ある日、ガラガラと大きな音を立てて、店の前に大八車が停まりました。
「おおい。こんじゅろ〜!手を貸してくれえ!」
たまにくる行商の猿のおじさんが暖簾をあけて、言いました。ぽんじろがすぐに対応します。
「いらっしゃいませ!こんにちは!
あいすみません。こんじゅろさんは、不在です。明日お帰り予定です。」
「なんだって?近くにいないのか?」
「泊まりでのお仕事で、隣の村に行っております。」
「あ〜そうか。参ったなぁ」
頭をぽりぽり、顎に手をやり、おじさんは困っています。
「急ぎの用でな。向こうの里に荷物を届けなきゃいかん。峠を越えるのを手伝って欲しかったんだ。」
おじさんの目線の先には大きな荷物が沢山見えます。朱い塗りが綺麗な桶もあります。
「お祝いの…お酒」
「ん?あぁ、そうなんだ。娘さんがな、おめでたでな。嬉しくて用意した、ってんだ。出来たら届けてやりたかったんだが、もう夕方近いし。明日こんじゅろが帰ってくるのを待つよ。」
「いえ!俺がお手伝いします!ふんす!」
「ふん…す?」
気合いいっぱい、ぽんじろは背伸びをして、小さな手を屋根まで届けとばかりに挙げました。
「いや、しかし、お前さん…悪いが、小さいじゃねえか。これは仕事だからな、気持ちは嬉しいが…」
「お!俺!なりは小さいですが、力持ちで!ご飯も沢山食べますし!最近はこんじゅろさんから力持ちの称号も頂いてます!」
「ん…んん〜 そ、そうか?じゃあ手を貸してくれ。」
ニコォとぽんじろは微笑み、また元気に手を挙げました。
「だが、先程も言ったが、これは仕事だ。手を抜いたり、やはり出来ないじゃ困るんだ。だから…頑張ってくれよ?」
いつもニコニコしているおじさんの真面目な表情に圧倒されつつ、ぽんじろもコクリと頷きました。
夕方が近いとはいえ、昼を2時間ほど過ぎたところでした。これなら夜前には着くかなぁ?遠いが早く進むことに越したことはない、と身支度が整い次第動きます。おじさんは前を、ぽんじろは後ろを担当し、それぞれ力を込めて荷運びしました。ですが、やはり重い。休みを入れつつ、水分を摂りつつ、進みます。どのくらい進んだことでしょう。「重い」ぽそりと、つい、呟いてしまいました。おじさんはピクリとし、荷物を停めます。怒られる、とビクビクしていると、前から声がやってきました。
「そりゃそーだ!重えよな!こんだけ入ってるんだ。俺でもそう思うよ。だがな、重いのは、その分だけ相手への気持ちの重たさなんだ。届いて喜んで欲しい、その気持ちが重たいんだ。俺はそれを運ぶ、お前さんはそれを手伝う。な?頑張ろうじゃねえか。」
振り返ってニカッと白い歯を見せて、おじさんはぽんじろに話しかけてくれました。ぽんじろはただ重たい荷物を運んでおじさんにも、こんじゅろさんにも褒めてもらいたい気持ちでしたが、猿のおじさんの言葉に、感動して、震えました。
「俺頑張ります!さぁ!進みますよ!」
「おうよ!」
改めて気持ちを入れて、大事な気持ちを運びます。
随分高い所に来ました。村が小さく見えます。左側は崖です。なるべく右側に寄って進みます。ふうふう息を吐き、すうすう息を吸い込み、よいしょ手で荷台を押し、ふん!足で踏ん張ります。頑張れ、頑張れ、大事な人の笑顔のため。頑張れ頑張れ!沢山心の中で唱えます。言葉にする元気はさっきの曲がり角に置いてきました。
「もうすぐ夜がやってくる。少し暗くなってきたが、ほおれ、もう少しだ!」
おじさんの指の先には小さな集落が見えました。目的地です。ほぉと息を吐き、良かった…と小さく微笑みます。また一層体に力を込めて、さぁ進みます。
と、小さな小石が右頬に当たりました。「痛」頬に手を当てます。落ちてきた方を見上ると、ザザザー!どんどん石やら砂やら落ちてきます。
「避けろ!土砂崩れだ!」
大きな音でおじさんの声は聞こえませんでした。よくきくぽんじろの鼻でも異変には気付きませんでした。ただ、ぽんじろは目の前の気持ちが心配でした。
ザザザザァ!
どの位の時間が経ったでしょう。音が鳴り止み、猿のおじさんが顔を上げます。
「おぉい!大丈夫か?」
振り返りますが、そこにぽんじろの姿はありません。大八車がゴォ!と大きな音を立てて、自分の方に寄ってきた、のまでは覚えています。あいつ、これを守るために車を突き飛ばしたのか!しかし、返事がありません。
「お!おい!ぽんじろ!おーい」
土砂がすごく、また夜の闇が段々降りてきて、とてもではないですが、向こう側には行けません。すると
「は…い。ここです。ぽんじろです。」
「あぁ、良かった。大丈夫か?」
「は、はい。あの、荷物は、大八車は大丈夫ですか?」
「ああ。お前さんが守ってくれたおかげで、無事だ!お前突き飛ばしてくれたんだな。助かったよ。ありがとう!」
ぽんじろは、今は家族はいませんが、昔父親が元気な頃、力の出し方を見せてもらったことがありました。それを思い出す、というより、咄嗟に出たようです。
「いいえ、良かったです。…ほんと。あの、すみません。俺はここで失礼します。そちらにも行けませんが、いいですか?」
「あ、ああ。後は下り道だから大丈夫…だが、お前さんは、ぽんじろは平気なのか?体は何ともないか?」
「はい。俺は大丈夫です。元気です。俺も元来た道を戻ります。おじさん、気をつけて。」
「ああ。ありがとうな。ぽんじろも気をつけてな。」
ガラガラガラ
大八車が動く音がします。車輪も痛んでないようです。ガラガラという音が遠くに聞こえます。そして聞こえなくなると、夜の静けさがやってきました。もう周りに誰もいません。おじさんは先に進みました。
「いたた…なんだか力が入らないや。少し休んでいこう。 ぐす 泣くの我慢出来ました。俺偉いですか?褒めてもらえますか?もう…泣いてもいいですか?」
おじさんが心配しないよう痛みも不安も言わず、泣くのを我慢していましたが、1人になってぽろぽろ涙がこぼれ、わぁんわぁんと声も出ました。ぽんじろは大八車を突き飛ばしたとき、よろけて足を打って怪我をしていたのです。
「こんじゅろさん、こんじゅろさん、俺、頑張りました。怖かったです。すごく怖かったです。俺、お役に立てましたか?わぁん」
泣いているのか叫んでいるのか、しばらくお山にぽんじろの声が響きました。ひとしきり泣いて叫んで疲れたぽんじろは、お山によりかかり、すやすや寝息をたて始めました。
夜が更け、お月様がお山の真上に来た頃、どこからともなくリンリーンと鈴の音が鳴りました。お月様から音がするようです。段々と音が近づき、それは影となり、姿が見えました。空から舞い降りたのは、こんじゅろさんです。
「ぽんじろ…よく頑張ったな」
ふわぁとぽんじろの体が浮き、こんじゅろさんの腕の中にすっぽり入りました。冷えた体に優しく温かさが戻ります。
「怪我もして。どれ、治そうな」
こんじゅろさんが掌を足に向けると、黄色い優しい光がぽんじろの足を包みました。痛々しく青く膨らんでいた患部は、少しずつ元に戻っていきました。こんじゅろさんは泣き腫らした目元を拭ってやり、ぽんじろの頬を撫でました。
「ん…んん…」
「ぽんじろ。大丈夫か?」
「あ、こんじゅ…ろさん?おかえりなさい。俺、お役に立てましたか?気持ちは皆さんに届きましたか?」
「ああ。おじさんは先程、里に着いたようだ。よく頑張ったな、ぽんじろ。ありがとう」
優しく頬を撫でられて、気持ちよくて目が覚めましたが、こんじゅろさんの言葉に忘れていた涙がまた次から次へと流れました。
「わぁん!良かったぁ 良かったです。ありがとうございます。」
わんわん泣くぽんじろの頭を撫でて、
「うんうん。よく頑張った。凄かった。疲れたろう。さぁ、俺達の家に帰るか。連れて行くから、また寝てなさい。」
「え?で…も…」
何でここにいるんですか?こんじゅろさんが行ってた場所はこことは逆方向ですよね? なんでおじさんが里に着いたのわかったんですか? なんで俺の足は痛くないんですか? あと、なんで体が光ってるんですか?なんで、なん…で…
思うことは沢山ありましたが、重たくなる瞼には勝てず、ぽんじろはまた眠りにつきました。
「怖かったろうに。良かった、が先なのか。ふふ」
微笑みながらこんじゅろさんは、また音もなく空に舞い上がり、家の方に飛んで行きました。
ぽんじろが目を覚ましたのは、翌日の昼過ぎで、こんじゅろさんはいつものこんじゅろさんでした。「よく寝たなぁ!」いつものニコニコこんじゅろさんです。あの柔らかい光に包まれていたこんじゅろさんは何だったのでしょう。首を捻るばかりですが、こんじゅろさんがいてくれて、嬉しい!ぽんじろは、こんじろさんに抱きつきました。シュババと胸元まで登り、頬を寄せ合い
「こんじゅろさん、大好きです!」
「ああ、俺もだ!」
ニコニコと2人で微笑み合い、2人揃って大きなお腹の音を立てました。
「よーし!ご飯にしよう!」
2人はお勝手に向かいました。今日も素敵な1日の始まりです。