初笑いは君と　　　作:おゆわり初笑いは君と

「狡い！卑怯だ！反則だ！！」
「反則って何がよ」
「着物で来るなんて」
「あなただって着物じゃない」
「僕はそういう男だろ」
「どういう男よ」

　宮野志保、彼女を初詣に誘ったのはつい先日のことだ。
　正月休みの予定を訊いたら「特に何もないわ。工藤くんは蘭さんと初詣に行くみたいだけど」と寂しげな返答だったので、じゃあ僕たちも初詣に行こうかという運びになった。
　心底驚いた顔の後に、別にいいけどと言葉が続いたので、さほど乗り気ではなかったのかなぁと思っていたのに。
　まさか着物で来てくれるなんて。
　待ち合わせを人気のない公園にして良かった。神社に直接待ち合わせていたら彼女の美しさに吸い寄せられる蛾どもを千切っては投げ、もしくは軒並み逮捕しなければならなかった。
「君は日本人の全男性が帯を解きたい願望があるのを知っているのか⁉︎」
「知らないわよ、おじさんくさい」
そりゃあ18の君からしたら11も歳上の僕は立派なおじさんだろうけど。

　白い肌によく似合う朱色の着物姿に見惚れてしまう。
　冬の空気は限りなく澄んでいて、彼女の姿がいつも以上に鮮明だ。
　遮るものがなく彼女を照らす日差しに眩しそうに目を細める。
　天使なのか。女神なのか。どうして彼女はこうも何でも似合ってしまうのか。
　年齢よりも落ち着いている彼女もこうしてみれば10代の女の子だな。
　ファーショールが華やかさを増し、紫の帯は可愛らしく文庫で結んでいる。
　帯に描かれているのは鞠だ。確か長い糸を使っているから縁を結ぶという意味があったような……。
　彼女は僕と縁を結びたいのか⁈
　飛び出してしまいそうな心臓を慌てて押さえつける。
　落ち着け、降谷零。僕はいつだって冷静沈着な男だろ。
　なのに、彼女と居るといつも冷静さに欠ける。彼女に先生の面影を感じているからか……。
　いつだって僕は彼女の一挙手一投足に振り回されている気がする。
　彼女はクールなように見えて僕の前では色々な表情（かお）をだす。
　拗ねたり、怒ったり、優しく微笑んだり。破顔するようなことはSSR並の確率だけど。

「じゃあ帯を賭けて勝負をしてあげても良いわよ？　変態さん」
　おじさん発言に落ち込んだと思ってフォローをしてくれているのか。だが随分挑発的な提案だな。
　僕は三つの顔（トリプルフェイス）を持つ男。ありとあらゆる訓練を積み、勝負といえば負け知らず。この僕に挑んだことを後悔させてやる。
「勝負って何で？」
「……にらめっこ、とか？」
予想外の可愛い提案に笑ってしまう。笑った、私の勝ちね。とそっぽ向く彼女に慌てて別の提案をする。みすみす負けてたまるか。
「それも素敵だけど、ここは正月らしく羽付きなんてどうかな」
　こんなこともあろうかと、待ち合わせの公園に羽子板や墨など羽付きセットを仕込んでおいたのさ。
「あなたって本当に何でも出てくるのね」
　目を丸くしている彼女を見て得意になる。
　三つの顔のおかげであらゆるパターンを想定して準備を怠らないのが常になった。
　彼女はファーショールを、僕はマフラーをベンチに置いて。
　さぁ、いざ勝負……！！

　くそ、思った以上に強い。それにしても『バカ』『ゴリラ』なんて言葉のチョイスが酷すぎないか⁉︎
「弱いわね、刑事さん。また負けた」
筆が優しく頬をなぞる。この文字は……。
頬が緩みそうになるのを必死で我慢する。
「ふふ……、いつも血色が悪いのに今日は随分顔色が良いのね」
　彼女の筆先が少し揺れる。
笑ったね、しかも良い年になりそうな日本晴れの笑顔で。
君が提案したにらめっこがまだ有効なら、この勝負は僕の負けで、僕の勝ちだ。
……でも、ツボに入りすぎだろ。