Scent Commandーcontinuation7「いつ見ても、物騒だな・・・」
渡辺はそう言って苦い表情をするだけにとどめているが、周りにいた者たちの感情はそんなもので収まるものではなかった。メットを着用していないにしても、明らかに重装備。人を殺すことに特化したようなそれに、戸惑いを隠せるはずがなかった。
けれども、達也はこれに関して何を言うつもりもなかった。
「一応、特務規則に基づいて、この姿に関しては公表しないことを約束してください」
本来、十五歳の達也が軍務に携わっていること自体がまずいのだ。この姿まで露顕すれば、反魔法主義の面々から何を言われるのか分かったものではない。最悪、十師族が最悪の立場に追い込まれる可能性だって否めないのだ。
達也はしー、と唇に人差し指を当てるだけに留め、端末を取り出した。
目的地は徒歩でも一時間と掛からない目と鼻の先。町はずれの丘陵地帯に建てられた、バイオ燃料の廃工場である。夜逃げ当然に捨てられた場所だからこそ、テロリストの隠れ蓑には丁度良かったのだろう。
達也は再度装備を確認し、準備が整ったところで渡辺の方へと向きなおった。
「では」
「あぁ、行ってこい」
車やバイクなどを使うよりも、達也ならば走った方が早い。足を用意する時間すらも惜しい今なら、確実な手段である。
達也は慣れた手つきで警備システムを解除し、窓を開放する。
「君のその手癖も、そのうち治さないとな・・・」
「これだけは許してもらえるとありがたいのですが・・・」
達也はそう言って焦ったような表情を浮かべて見せるが、すぐに切り替えて前を向く。トン、とほぼ音もなく窓枠を蹴った達也は、大きく跳躍した。魔法による補助があるとは言え、一蹴りでほぼ視界から消えるところまで飛んでいくとは。
「狗というより、鳥のようだな」
***
早朝の訓練の賜物ともいえるだろう。難なくブランシュの拠点へと到着することのできた達也は、その廃工場を前に小さなため息を吐き出した。
正直に言えば、此処までの武装をする必要などどこにもなかったのかもしれない、という結論に至ってしまったためである。
特別警戒もされていない正面から難なく入り込み、達也は瞳を閉じて中の様子を探る。が、どうも一か所にて彼らは待ち伏せしているらしい。随分と、傲慢な態度である。それほどまでに自分の魔法を誇っているようだが、生憎と達也は落胆していた。
高速撃破にて敵を蹴散らし、さっさと頭だけを捕えて離脱しようと試みていたのだが、どうもそうはさせてもらえないらしい。自分の得意戦法を封じられている以上、相手の誘いに乗るしかない。となれば、
「やはりこれはいらなかったな」
達也はそう言って、今日ばかりは出番のない愛器を撫でた。
数多の戦場を共に駆け、同じ分の罪と血を浴びてきた鉤爪。自分の母の顔に傷を残した、獣の象徴。
達也は爪をしまったままの手で、鉄の扉を押した。
古びているのか、どうにも嫌な音を立てる扉。中は待ち伏せているのにも関わらず暗く、直接的には何も見ることができなかった。
が、それも一瞬のこと。何者かの合図と共に窓のブラインドが開けられ、この倉庫ともいえる場所に夕日が挿し込んだ。
「ようこそ!初めまして、司波達也君」
武装した一員の中、唯一学者か法律家と言ったような趣の服装をした男。年齢は三十歳前後だろう。ヒョロッとした体つきに、フチなしの伊達眼鏡。
「お前がブランシュのリーダーか」
「おぉ、これは失敬」
明らかに演技時見たその行動にはすでに飽きを感じ始めていたが、長くなりそうにもないので聞き届ける。
「僕がブランシュ日本支部のリーダー、司一だ」
だが、やはりこの男の言葉を聞き続けるのは、達也には無理難題であった。
「そうか」
とただ一言だけを告げた後、達也は使わないだろうと先ほどまで思い込んでいた鉤爪で、司一の隣に居た構成員の喉を、切り裂いた。
「投降の勧告はいらないだろう?」
司一の瞳の色が変わった。だが達也にとって、それはとても些細なことであった。そのまま喉を切り裂かれた屍を踏み台に、達也は後方の敵を三人ほどまとめて切り裂く。誰かが銃を乱射しようとしたが、司一が近すぎて行動に移すことはなかった。
トントン、と二度後退したところで司一は小さな笑みを浮かべた。
「司波達也君、我々の仲間になり給え」
どうも、彼は精神異常者らしい。すでに四人ほど彼の同胞とやらを葬り去ったにも関わらず、司一は達也の力を求めた。獣性だけではない、彼の持つアンティナイトを必要としないキャスト・ジャミングにも興味があるのだろう。
「壬生先輩を使って接触したのも、弟に俺を襲わせたのも、それが狙いか」
「ふむ、頭のいい子供は好ましいね」
けれど、それをわかった上で敵陣に乗り込んでくることを、司一は子供だと言った。どうやら、状況も達也の本当もわかっていないのは、司一の方らしい。
「意識干渉型系統外魔法‐邪眼と称しているが、本当は光波振動系魔法か」
達也はそう言ってクスリと笑い、隠し持っていた拳銃型CADにて司一が隠し持っていた端末型CADを破壊した。バラバラに分解されて落ちていくCAD。どうも動揺が隠せないようだが、これだけで済むとは思わないでほしい。
「大物ぶっているが、実際はただの臆病者か」
達也はそう言って瞳を閉じ、彼から流れ込んでくる感情に嫌悪感を抱いた。
本来はただの生まれ持った二つの魔法の副産物による知覚能力であった。けれども幾度にも及ぶ人体実験に、訓練を重ね、変質していったこの眼は、千里眼にも似た何かとなった。以上なほどに発達した嗅覚と視覚。代償として失ったものもあったが、達也はこの体を気に入っていた。
「俺に課せられた使命は、国を護ること」
大それた使命だが、達也はそれを背負って生きている。到底常人には考えられないような大きな罪を背負って。
「貴様は邪魔だ」
再度拳銃型CADの引き金を引き、今度は後方に居る者たちの重火器を分解していく。同様が広がる中、達也は地を蹴った。
獣の咆哮が、響く。
爪が体を切り裂き、足に仕組まれたCADが衝撃を増幅させて体を揺さぶる。一度彼に触れられれば死が確定し、地へと堕ちていく。
司一は奇声を上げて後方にある扉へと逃れようとするが、獣がそれ許すはずがない。左腕に爪が当てられ、振り下ろされる。血しぶきと共に彼の絶叫が響き渡るが、容赦などない。背中に蹴りを入れられ、その衝撃を増幅させられる。
血反吐をまき散らし、司一は意識を失った。