憤怒の悪魔 熱い。
熱い、熱い。
内臓が今にも溶け出しそうで、自分の内側が外側を食い破っていきそうなほどの熱さ。内側から溢れる血が、地を汚しては、私という全てを食い尽くそうとする。
痛い。
痛い、痛い。
「あぁぁっ・・・・・・!!!」
あまりの痛さと熱さに悶絶し、とうとう立っていることすらもできなくなり、膝をつく。後ろから心配の声を上げて誰かが駆けつけてくれるが、その顔を確認することすらもできないほど。
壮絶な痛み。これを、お兄様は数倍、数十倍、数百倍にも感じて一瞬で受け止めていたのかと思うと、絶望でしかない。
痛い。
熱い。
「ど・・・してっ・・・」
ごぽり、と血が溢れ出す。けれども目の前にいる男は顔色一つ変えず、右手に持つシルバーの拳銃をくるりと回した。
そうだ。目の前にいる男は一体誰だ。
真っすぐな黒髪も、青い宝石のような瞳も、整った顔立ちも、全てをとってもお兄様に似ているというのに、その表情一つが違う。
拳銃型‐武装一体型CADは、それ自体に殺傷性を持っているわけではない。いわゆる拳銃と言われるもののように、鉛の弾を打ち出すことはできず、魔法を放つことだけに特化している。
が、今私の体を貫いたのは、間違いなく鉛の弾であった。
改造したのか。それとも本物なのか。そもそも、何故彼が私を打ったのか。敵はどっちだ。味方は誰だ。
「お前は・・・俺のことを勘違いしていたんだよ」
男はそう言って笑った。お兄様と同じ顔をして、随分と似つかない表情である。弧を描いたその笑みは似合わないと思っていたのだが、どうやら思ったよりは板についているらしい。
再度拳銃をくるりと回した男は、にっこりと笑みを作った。
「まず、俺の固有魔法はなんだった?」
分解魔法。
分離魔法の亜種。系統魔法、収束、発散、吸収、放出の複合魔法で、最高難易度に数え上げられる、構造情報への直接干渉魔法。物体であれば、その構造情報を物体が構成要素へ分解された状態に書き換え、情報体であれば、その構造それ自体を分解する。
使用者の少ない、奇跡の魔法の一つである。
「そう、魔法式もサイオン体である以上、分解できるんだよ」
では、達也と深雪を結んでいるものは何だっただろうか。
兄妹という血筋?絆?
「誓約」
レテ・ミストレスの異名を持つ司波深夜が編み出した、精神干渉系の系統外魔法。被術者の同意の元、反永続的に被術者の精神活動を制限する効果を持つ。
一方的に被術者の精神を縛ることはできず、施術者の意思によらない解除用の鍵を設定しなければならないという条件はあるが、相手の自我を維持したまま部分的なマインドコントロールを可能にする魔法。
「そう、魔法なんだよ」
解除もなにも、そもそもその作動すらしていなかった。
「だから、俺にとってお前はなんでもない」
しいて言えば、目障りな妹。邪魔な存在。できれば早々に消しておきたかったもの。
「仮想魔法演算領域はありがたかったが、もう必要ないから消したし」
晴れて自由の身。万歳、釈放。
「で、まずいらないのを消そうと思ってな」
右手を首元にあて、左から右へ。
塗装したとは言え、普段使っている武装一体型CADとは形状が違う。ばれるのではないかと男はひやひやしていたが、残念ながら盲目的なまでに兄を愛している妹は気づけなかったようだ。
「愛してくれるのは嬉しいけど、俺はお前を愛せないよ」
そう言って男‐司波達也は立ち上がり、にっこりと笑った。
「それじゃあ、せいぜいあと数分の命を楽しんで」