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    Enki_Aquarius

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    ##イクリプス

    #1 ダンスホール特有の高い天井へと昇った紫煙は、狼煙であった。

     魔法が現代の技術として体系化されたこの世界。日本列島及び周辺の島々を領土とする日本は、世界的には魔法技術大国、あるいは魔法先進国と見なされている。
     中高生で実用レベルの魔法力を持つ者は、年齢別人口比で千分の一前後。十五歳男女で言うならば、千二百人から千五百人と言われている。成人し、年を取ると自然と老衰によって実用レベルから落ちるものの、魔法後進国であれば十万分の一に低下するところが、この国では一万分の一程度。そしてこれに含まれない古式魔法師が同数存在すると言われている。
     現在、魔法師はそんな中でも政治的圧力によってその地位を確立していた。元はと言えば、魔法師は魔法技能の開発、つまるところ人体実験の変異から生まれた存在である。遺伝的素質によるものだと理解されれば、こぞって遺伝子研究にとりかかった。
     魔法は現代の技術に勝る力を持っている。その証明が完了すれば、旧式の火器などただのガラクタへとなり下がるのだから。魔法は核兵器すらねじ伏せる。国家にとって魔法師は兵器であり、力そのもの。国家の財産として力も金もかけるのは当然であった。
     しかし、現在においてはその内訳を出自別にみると、全体の八割が血統後輩と潜在能力開発型で、遺伝子操作によって作り出された魔法師は二割にも満たない。残ったのは嫌な噂と一般市民との隔壁。
     結果、魔法師は二〇六〇年代後半には名門とされる家系を成立。人としての権利を守る組織であり、また魔法師が国家権力によって使い捨てにされない仕組みとして、序列を作り上げた。
     それこそが、十師族。
     日本で最強の魔法師の家系、二十八家と言われる名家から選出され、自治を行う。
     近年までは、十師族こそが魔法師唯一のコミュニティであった。

     だが、この日、この一本の狼煙が上がったその時、魔法師は明確に二分された。
     俗称、イクリプス・コミュニティ。
     蝕の意味を持つその名は、つまるところ関わること自体に危険があることを警鐘している。
     その声を聴けば、たちまち力を失うことになる。
     その姿を見れば、たちまち姿を消すことになる。
     それに触れれば、たちまち取り込まれる。
     それに関われば、たちまち失墜する。
     たった一つの、好奇心という火種から燃え広がり、瞬く間に広域を掌握して見せたそれは、恰好の獲物を待つ蜘蛛の巣のようだ。

    ***

     時は少しばかり遡る。
     富士演習場南東エリア付近に位置するホテルの一角。軍事施設にしては似合わない黒塗りの車に、制服を脱ぎ捨てた生徒が一人、近づいて行った。
    「無茶なお願いをしてしまってすみません、秋月さん」
     生徒が近づいたことを予期してか、窓を少しだけ開けていた秋月、と呼ばれた男は薄っすらとした笑みを浮かべ、黒塗りの中へと生徒を招き入れた。生徒の方も慣れた手つきで乗車し、ほどなくして音無く黒塗りは発車した。
     秋月、と呼ばれた男はいわゆる資産家であった。財界のみならず政界にも強い影響力を持つ秋月は、このお気に入りの青年に名指しで手伝いを依頼されたことに、嬉しさを隠せないでいた。
     緩まった頬は、お得意のポーカーフェイスで功名に隠されているが、気分が高揚していることに関してはあまり隠しきれてはいなかった。青年が手練れであることも勿論であったが、それ以上に秋月にとって、青年からのお呼び出しは嬉しいものであったのだ。
     青年の名は司波達也。富士演習場南東エリア付近に位置するホテルには、学校の行事で訪れていた。
     ただ学校行事に参加しているのならば、達也も秋月のことを呼び出すことはしなかっただろう。しかし、その学校行事というものが、部外者、しかも国外の組織から茶々を入れられていることが発覚すれば話は別である。
    「はい、君が欲しがっていた資料だよ」
     目的地へとすでに走り始めた車内の中で、秋月はまずグラスを渡し、それから端末を達也へと手渡した。中に入っている情報は、とてもではないが一高校生においそれと渡してよいものではないだろう。なにせ、
    「知り合いの公安庁職員から少しね」
    「・・・流石ですね」
     達也の目的はこれであった。その気になれば達也も自力で情報を掴むことが可能であっただろうが、今はとにかく時間が惜しかった。ゆえに、達也は彼を巻き込んだのである。
     独自のコミュニティから、情報を。
    「君の美しい姿が見られるのならば、これくらいお安い御用さ」
    「それは、全力を持って期待にお答えしなければいけませんね」
     達也は苦笑する。
     いかにも、金持ちの道楽に巻き込まれているように見えるこの関係だが、実はそうではないのだと知ると面白い関係性である。
     司波は自分が持ち込んだアタッシュケースのフォルムを撫で、微笑を浮かべる。その微笑こそが、多くの人間を引き込ませた魔性そのものであったが、おそらく当人にその自覚はないのだろう。だからこそ、秋月のように彼を気に入る人間が多く存在するのだ。
    「到着いたしました」
     運転手からの一言。窓の外を見れば、すでに目的地へと到着していたようで。東には横浜港。北にはいまだ煌びやかな装飾で繁盛を続けている横浜中華街。達也の目的はこの二つを望むことができる駐車場からそう離れていない場所に位置する、横浜ベイヒルズタワーであった。
    「鍵と、念のためのサングラスを」
     秋月からそう言ってカード型の鍵と、いかにも高級店で買ってきた見た目をしている新品のサングラスを受け取り、達也は肩を竦めた。
    「お気遣いどうも」
     サングラスをかけ、あまりに合わないな、と窓で確認を取ってから、黒塗りを出る。流石に、顔の知れている秋月が外に出るわけにはいかない。彼にはサングラスに仕込まれたカメラによる特等席での観賞を。
     達也は軽い足取りでベイヒルズタワーの裏口へと周り、難なく鍵を使って中へと侵入を果たした。すでに後方支援のおかげで館内の監視カメラには細工を施してある。特別隠れることもなく達也はエレベーターへと乗り込み、最上階を目指した。

     達也がこうして、他人の力を借りて外部組織と対立するのは、何も今日が初めてのことではない。彼がこうした個人的な繋がりを求める要になってからというものの、彼は自分の所属する部隊の負担を軽減するように、こうした個人的な立ち回りを多くするようになった。
     一種の、協力者に対する対価と言う名のパフォーマンスではあるが、正当な防衛作戦でもあった。
     つまるところ、これを訴えられたとしても軍からの正式な命令であった、と言い訳を付けることができるというわけである。とはいっても、達也はいまだ未成年であるために、そこを突っ込まれればおしまいなのだが。
     総一筋縄でいかないのがこの協力者たちなのである。

     八月十一日。時刻未明。
     横浜ベイヒルズタワーから直線距離にして約千二百メートル。その場所で香港系犯罪シンジケート‐無頭竜の東日本支部が壊滅された。

    ***

     西暦二〇九五年度の全国魔法科高校親善魔法競技大会、通称九校戦が閉幕したのは八月十二日。本戦五日間、新人戦五日間の計十日間を、無事とは言えないものの終了したその日の夜は、生徒たちにとっては重要な一時でもあった。
     九校戦は日本魔法協会が主催し、その会場を国防陸軍が貸し出しているという特殊な形状をしているゆえに、多くの関係者が注目をするイベントでもあった。協会や軍、それから民間企業としては優秀な人材の引き抜きをするために。生徒たちからしてみれば、今後の自分のキャリア形成をするために。
     その集大成ともいえるのが、終幕日に行われる閉会式の後の懇親会であった。
     開会式や、この後行われるダンスパーティーとは違い、企業の人材たちも入り混じることのできるその場は、一種のスカウトの場であった。企業のスカウトマンが、活躍した選手やエンジニアに声を掛ける場、と言えば分かりやすいかもしれない。
     ゆえに、優勝した第一高校の生徒たちの周りには幾人かのスカウトマンが集まっていた。特に優勝をした選手には多くの軍関係者が張り付き、それから陰ながらその手引きをしたエンジニアにはメーカーの関係者が集まった。
     司波達也も、恰好の餌の一人であった。
     彼は自らが担当した選手全員を入賞させた他に、十師族の内一家、一条家の御曹司を破ってモノリス・コードを制覇した成績まで持っている。集まらないわけがない、と言ったところだ。
     その様子を一科生たちはあまり面白くなさそうな表情で見ていたが、それも中盤になってくると変わる。
     気が付いたのだろう。
    「一本どうだい?」
     嗜好品の一種であったそれは、現代においては健康を害するものとして厳しい取り締まりが行われている。それどころか、高い税金を掛けられているために、おいそれと手出しができるものではない。
     つまり、それを手にできている人間はよほどの権力者か、あるいは金持ちか。この男の場合は後者であった。
    「自分はまだ、未成年ですので」
     達也はそう言ってやんわりと断るが、この男‐市橋は案外強引な性格をしている。見た目にそぐわないその強引さは、一種の武器であった。
     市橋はこれまた高そうなハンカチに煙草と企業のロゴが入ったライターを包み、達也の胸ポケットへといれた。
    「いずれの日に」
     いずれ、というよりは隠れて吸えばいい、という促しだろう。勿論、法律で禁じられている以上、達也がそれを口にすることはない。適正年齢になった時には、その煙草はもうしけっていることだろう。
     無駄になるか、それとも別の人間に吸われるか。
    「ご冗談を」
    「冗談ではないのだがなぁ・・・」
     経験は大事だ、と市橋は笑った。
    「こらこら、達也君は未成年。それにそんな害のあるものを・・・大事な彼の脳みそに何かがあったらどうする」
     二人の間に割って入ってきたのは、これまた上等なスーツを着こなした男。今度は元来の金持ちではなく、実力で成り上がったタイプの金持ちであった。
     先にいた市橋とも親交関係はあるのだろう。二人は握手を交わし、それから達也の話をし始めた。こうも至近距離で自分の話をされる、というのはくすぐったいものがあるが、今ここを離れる、という選択肢は達也の中にはなかった。
     異様であったのは、集まった者たちの服装である。
     他の者たちの周りに集まるスカウトマンよりも、おそらく仕立てがいい服装をしている。その手にはワインを持ち、後ろには秘書やら執事やら。明らかに雰囲気が違った。
     周りも怖気づいてしまい、寄ってこようともしない。いつもなら嫌味の一つや二つも飛んできそうな所であったが、一科の生徒たちですらもその異様な雰囲気にのまれていた。
    「臆病者め・・・」
     達也は小さなため息を吐き出し、グラスに口を付けた。
    「昨日の映像、我々も見させてもらったよ」
     不意に、先ほど割って入ってきた松前がそう言った。昨日の映像、というのは無頭竜の掃討作戦のことだろう。情報としては軍も上々の結果を得られたため、特別お咎めはなかった。勿論、お咎めがあれば真っ先にここに居る二人、それから秋月が割って入っただろうが。
    「お気に召していただけましたか?」
     達也がそう言ってクスリと笑えば、二人は満足そうな笑みを浮かべた。

     あぁ、そうかと達也は気が付いた。そのことに市橋も気が付いたのだろう。微笑みを浮かべると、新しい煙草を取り出して達也へと差し出した。
     今度は拒むことはしなかった。彼が手に持ったまま達也はそれを加え、先ほどは止めていたにも関わらず、構えていた松前に火を付けてもらう。
     灯された火が揺らめく。
     一度燃え始めた火は、消えることを知らずに広がり続ける。
     紫煙が吐き出され、宙へと広がる。誰もがその行為に釘付けになった。誰もがその行為を恐れた。
     あぁ、きっと彼らに誰も手出しはできない。まるで獲物を狙う蜘蛛のように、周到に張り巡らされた罠は、きっと誰も逃がしはしないだろう。
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