魔法を使わなかったせいで体調を崩したレノになんとか魔法を使わせたいファウスト油断した。そうとしか言いようがない。いたずら心の強い羊が気弱な羊に体当たりをし、気弱な羊が見事に吹っ飛ばされて川へぽちゃんと落ちた。あまりに一瞬のことだったので咄嗟の判断がおくれ、ついでに魔法よりも身体が先に出るこの癖のせいで服のまま川へ飛び込んでいた。必死に探し、ふと羊を小さくしたままだったことに気が付いた。慌てて呪文を唱え身体のサイズを戻し、ついでに浮遊する魔法も重ねがけして気弱な羊は無事レノックスのポケットへと戻ったのである。
「それで、そのあとずぶ濡れのまま魔法舎へ戻ったのか。服を乾かす魔法も使わずに」
「仰るとおりです……」
珍しく夕食を早く切り上げ、フィガロの部屋に寄って薬を処方してもらい寝床で横になっていたところに、血相を変えたファウストがレノックスの部屋を訪れていた。ことの顛末を聞いてそれはそれは深々とため息をついたのがつい数秒前のことだ。フィガロからよほど大げさに伝えられたのだろう、ファウストの息は少し上がっている。
「申し訳ありません、お騒がせをしてしまって……」
「体調が悪いことに変わりはないだろう、身体を起こさなくていいよ。まったく、どうすればきみに魔法を使わせることができるんだろうな……そうだ。これを試してみるか」
急にファウストの声が聞こえなくなった。そしてレノックスの手元に正方形の紙があらわれ、ファウストの筆致で次々文字が浮かんでいく。
「”明日からしばらく、魔法を使わなければ僕の声が聞こえないように声を隠した”」
「”早く元気になるんだな。では、失礼す”」
「《フォーセタオ・メユーヴァ》」
「こ、こら! 早い! その体調で魔法を使うんじゃない!」
「まだお声が小さいですね……《フォーセタオ・メユーヴァ》」
「レノ! わかった! わかったから魔法を使うのをやめなさい!!」