左手に焼鳥持ったカインが人にぶつかって謝ったり励ましたりする話栄光の街の住人はすべからく善良で明るく、人好きのする人間が多い。顔見知り同士が道ばたで出会えば握手に始まりハイタッチ、はてはハグからダンスにまで及ぶこともある。同じ中央の国出身者でも、栄光の街の明るさは別物だと肩をすくめる者も多いが、カインはこの街の屈託ない人々が好ましかった。声は聞こえど姿の見えない視界にもすっかり慣れてしまったけれど、やはり喧噪にふさわしい賑わいをこの瞳いっぱいに映したい。街を歩く足を止め、空に浮かぶ<大いなる厄災>を眺めてはほんの少しだけため息をつく。
ふと、背後から肩に軽い衝撃を感じた。普段は気配を研ぎ澄ませて道行く人々にぶつからないよう気をつけているが、どうしても時々はこういった事故が起こってしまう。
「すまない、道の途中で立ち止まってしまって。怪我はなかったか?」
「……くそっ、最悪だ! おい、見てみろ!この日のために仕立てた一張羅が台無しになっちまった!」
血気盛んにカインの胸ぐらにつかみかかってきた若者は、全身を真っ白のタキシードに包んでいた。純白の一張羅にはホコリひとつついていないように見えていたが、カインは自身が左手に流行の料理を持っていたことを思い出した。濃厚な特製ダレがたっぷりかかっている、刺激的な薬味をきかせた肉を一列に串刺したものだ。
カインはおそるおそる若者の袖口に視線をうつす。案の定、完璧な衣装に残念な茶色の汚れがべっとりと付着していた。
「あー、こいつは悪いことをした……タキシードってことは、あんたもしかしてこれから結婚式か?」
「ふん、似たようなもんさ。今日はグランヴェル城の広場で中央の国一の大道芸人を決める大会があるんだ。俺はそこでプロポーズを兼ねた新技を披露するつもりだった。一体どうしてくれるんだ!? ちくしょう、一瞬でこの汚れを落として見せろよ、魔法使いみたいに!」
「なんだ、魔法を使っていいのか? よし、まかせろ!」
カインは魔道具である剣を抜くまでもなく、快活に呪文を唱えて若者の袖口に手を当てる。
「お、うまくいった! 俺大雑把だからさ、時々汚れと一緒にボタンまで飛ばしちまうこともあるんだ。……恥ずかしいからここだけの話な」
カインは口をぱくぱくとあけて立ち尽くす大道芸人に向けて片目をつぶってみせる。
「俺はこの国の騎士を務めたことがあるんだ。魔法ついでに、元騎士団長の激励も聞いてやってくれないか。……汝、生涯の伴侶を求む者よ。祖国の誇りを胸に、あらゆる困難に打ち勝たんことを! 貴君の未来に栄光あれ!」
「……ちくしょう魔法使いめ、だましたな! ……ありがとう!」
怒りと困惑と恐怖と感謝をごちゃまぜにまき散らしながら、カインの手を振り払った大道芸人は一目散に去ってゆく。カインはその背が小さくなるまで手を振り、そして無人に見える街の中を再び上機嫌に歩き出した。