月下の酔客 煌帝国首都・洛昌、禁城内の一画でアラジンは少し途方に暮れていた。先程まで一人で飲んでいたはずなのだが、隣に酔っ払いが来たのだ。ほんとにどうしようもないタイプの酔っ払いが。
「ちょっと!!!白龍くんにお酒飲ませたのは誰だい??!!」
アラジンの叫びは、悲しいことに月明かりで照らされた広く美しい庭へ吸い込まれて消えていった。練白龍は酔っ払うととんでもない絡み酒になる。最近はモルジアナが彼の飲酒を見張ってくれていたのだが、今日はどこか監視が届かないところで飲んできたらしい。
「アラジン殿ぉぉ聞いてます〜〜〜?」
「な、なんだい?」
「……恋バナをしましょう」
「へっ」
「こいばなですよぉぉぉぉ」
こいばな、コイバナ? 話題を振った当の酔っ払いは、ふにゃふにゃと卓に突っ伏していて表情が見えない。青みがかった黒髪が月の光を受けて輝く。
「白龍くん、好きな人いるのかい?」
「…………い、ませんけどぉ。アラジン殿ならそういう話あるかな〜〜〜と思ってぇ」
これは「いる」。脈絡も無く振られた話題、少しの間を置いての否定、誰か意中の人間がいる時の反応に違いない。アラジンの中で酔っ払い白龍へのパラメーターがめんどくさい70%から、面白そう60%めんどくさい10%に傾く。ちなみに残りの30%は紅玉おねえさんは今何してるかなぁ だ。
「紅玉姉上がお好きなんでしょお?どういうところが?」
「ぶふっ」
考えていたことを言い当てられたようなタイミングの良さに、飲んでいた酒を盛大に咽せた。アリババにはまだ勘付かれていないのに!
「ゲホッ! なん……どう、えっ??」
「綺麗なお土産を毎回毎回姉上にって、バレバレなんですよ。 俗物のあなたがど〜ゆ〜心変わりか知りませんがぁ、あの人はこの国の皇帝です! ロクでもないことしたら叩き出す!!」
「し、しないよ!紅玉おねえさんは……その、ほかのキレイなおねえさん達とは、ちょっと違ってて…。もっと、大事にしたいと思うんだ……」
「ふ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん?」
いつの間にか起き上がっていた藍の混ざった黒と水色の視線が、値踏みするようにアラジンへ刺さる。彼も義理とはいえ気になる女の子の身内なのだから、この俗物評は今後の攻略で大きくマイナスになるだろう。キレイなおねえさんの柔らかいおっぱいにホイホイされまくった過去の自分が少し憎い。
「信じておくれよぉ〜」
「これが白瑛姉上だったら、今すぐ「お近づきになりたいなら俺を倒せ!!!」ってやってます」
「急に素面の口調にならないでよ! 怖いよ!!」
白龍くんってシスコンだよね?! と騒ぐアラジンを無視して、白龍は卓上の酒を盃へ注いで勝手に飲み始めた。厨房でお酒をもらう時に一人飲みとは言い出せなくて盃を2つ付けてもらったが、こんなことなら片方返しておけばよかった。
「紅玉陛下や姉上はもちろんですが、練家の人間はみな美し」
白龍は途中まで言いかけてビタッと固まった。ギギギ…と音がしそうなくらい、ゆっくりと彼の顔がアラジンの方へ向く。
「……間違えました」
「なにをだい??!!」
「別に美しいとか思ってません。ぼんやりしてるし、たまに笑うとだいたい怖い」
「だっ、誰のことなの?!」
本心で何を考えているかはさておき、白龍は基本的に礼儀正しく気を遣いながら話してくれる。その彼が遠慮も配慮もかけらも無いような物言いをする、ぼんやりしていて笑うとだいたい怖い練家の人間。
「……紅炎おじさん?」
ガタッ ゴトン
思い当たる名前を呟くと、向かいに座った相手が椅子から落ちた。何事もなかったように座り直そうとした酔っ払いは、足元の何かにつまずいて転けた。
「白龍くん、今すごい墓穴掘ったね」
「う、うるせ〜〜!!アイツのことなんて全然好きじゃないぃ!!!!」
「もうほぼ自白じゃないかぁ」
アラジンも酔っている。紅玉おねえさんの件の意趣返しができた今なら、ちょっとくらいは話を聞いてやってもいい。
「別に好きじゃないぃぃぃ。…美しいとか思ってないし、驚いた時少し顔つきが幼くなって可愛いとか思ってないぃ〜〜〜〜」
「えぇ……」
「このあいだはおれがいったことになっとくいかないのかくびをかしげていた。あいつがそんなしぐさをするはずないでしょう。なんですかあれ、あざとくないですか? じぶんのことなんさいだとおもってるんですか」
「め、めんどくさい…!」
絡み酒の惚気、想像の5倍くらいめんどくさい!しかも早口でまくし立ててきてこわい!
「その仕草でしたら、兄上は昔から時々やってますが」
「「うわぁーーーーー!!!!!!」」
「うるさい……」
突然テンション低めな声が会話に参加してきたので、アラジンと白龍の口から悲鳴が飛び出した。白龍の義兄で紅炎の弟、紅明が酒とつまみを持って二人の後ろに立っていた。
「兄上が白龍に飲ませたらどこかへ行ってしまった、と言ってましたがアラジン殿と一緒でしたか」
「この酔っ払い、紅炎おじさんのせいだったのかぁ」
「あの人は月見酒が好きですからね」
紅炎が白龍を酒の席に付き合わせた結果、何の因果かアラジンへ被害が飛んできたらしい。白龍の態度を踏まえると、紅炎に絡む前に抜けて来た可能性がある。白龍くんが好きな人の前で一丁前にカッコつけてる……と、アラジンは少し遠くを眺めた。
「─もしかしておじさん、白龍くんの酒癖知らない?」
「相手がいればいいとガン無視してるか、本当に知らないかのどちらかかと」
「紅明おにいさんはこれからおじさんと飲むのかい?」
「いえ、書を肴にしてましたから私は不要でしょう。そうしたらお二人が見えたのでこちらへ」
どうぞ続けてください、と紅明が輪に加わる。彼の参加は意外だが、白龍が先ほどから「別にアイツなんて好きじゃない」を繰り返す酔っ払いになってしまったので正直本当に助かった。
─月がかなり傾いている。紅明との魔法の話は非常に興味深くてすっかり話し込んでしまったが、そろそろお開きにしたほうがいいだろう。既に白龍は寝てしまっている。
「……実はですね」
「うん?」
「白龍殿が近頃兄上に並々ならぬ感情を持っているようでしたが、兄上は鈍いので……。この機に乗じて探ろうと思いましてね。今度は害が無さそうでよかった。アラジン殿もご協力ありがとうございました」
紅明がよかったよかったと愉快そうに笑うのを、アラジンはぽかんと眺める。つまり、彼がこの小さな飲み会に参加したのは白龍の意図を探るため。ベロンベロンの絡み酒を相手に欲しい情報(惚気)を引き出しながら、アラジンと楽しく魔法の話題で盛り上がっていたと。
「ぜひまた魔法の話をしましょう、今日はとても楽しかった」
「練家の人ってみんなこうなのかい??!! こわいよ!!!!!!」
「そうですか?」
…─なんだ、全員ただの過保護か。