「どうして君たちは歴史を学ぼうと思った? ゲームの影響? 漫画の影響? いろいろとあるだろうが、きっかけはそれでいい。だが、歴史を学ぶというのは、人の軌跡を学ぶということになる。フィクションではない。現実を生きていた人の動きを知るということだ。彼らが選んだ一つ一つの選択が、今の私たちの生活に繋がっていることを忘れてはならない。……また、先人たちも人間だ。選択を間違えることもある。私たちはその間違った選択から学んで、今をより良くするために歴史を学ぶ。過去を知ることは現在がどのようにして成り立ったかを学ぶこと。歴史を学ぶことで自分達の生きる現代を知り、その上で未来をどのように生きるかを考えていくのだ。この四年間で歴史を学ぶことの意義を知り、君たちの人生がより鮮やかなものになることを願っている」
ガイダンスの際、教授からの言葉に杏寿郎は震えた。
剣道の道場を開いている実家の影響から、元々歴史についての興味は深かった。武将たちの逸話を聞くことは楽しかったし、高校の時の歴史の勉強は一番ワクワクした。今とは価値観も考え方も違う人の生を、この日本を、知ることができて面白かった。だが、杏寿郎が今まで得ていた歴史の知識は、ほんの導入部であったことを知った。
歴史とは何か。
歴史を学ぶことの意味は。
大きな課題を突きつけられたような気がする。ただ、自分が興味を持っていることを勉強していくのではない。学んだことをどのように生かしていくか。現在にどのように反映させていくのかを求められている。学問として、歴史を学ぶことの意義を問われているのだ。
大学生生活一日目。入学ガイダンスでの出来事。これから始まる希望溢れた学生生活を語るだけではなく、これから学んでいくことの課題を突きつけてきた。きっとここでなら、自分が求めていたものを得られることができるだろう。
杏寿郎は歴史を学びたかった。
現在まで続く大きな渦の源流を学びたかった。
その意思を強くする出来事である。これは煉獄杏寿郎。十八歳の四月のことだった。
希望溢れた大学生活。それが自由で溢れていることを知ると、多くの学生は緩んでしまう。簡単に単位が取れるものを選び、課題も簡単に済むものを選び出す。
楽な道を選びたくなってしまうのは、今も昔も変わらない、人の性だろう。
しかし、その中でもあえて過酷な道を選ぶ者がいる。そういう人のことを、ガチ勢だとか好き者だとか、変わった人のように言うことが多い。
杏寿郎は、その変わった人間の中に入る。
「れんきょー! ちょっと手伝って欲しいんだけど!」
「なんだ!」
「次、田内先生の古文書講読なんだけど、あの人お得意の地方文書を課題で出してきたせいで全っっ然読めないの! ちょっと助けて!」
「ふむ、今回の課題は?」
「人別帳っぽいんだけど、文字が意味わかんない。つーか、誤字多くてこっちが混乱する。本気で助けて」
杏寿郎は中世史を専攻している。そのため、近世の古文書講読の授業を取る必要はない。だが、彼の個人的な好奇心と探究心ゆえに近世の古文書講読の授業も取っているのだ。
「いやさあ、まじでれんきょすごいよね。講読受ける必要ないのに受けてるし、さらに教職課程と学芸員課程、それに考古の発掘調査にも顔を出しているんでしょ? 超人なの? 体力やばいよね」
「将来は教員になりたいとは思っているが、学芸員資格の授業も楽しいし、発掘調査もいいぞ!」
間
「煉獄は今日の飲み会って不参加なん?」
「ああ! 予定が入っていてな! 今日は先に帰らせてもらう!」
「ええ〜、伊納先生の相手できんの、煉獄くらいなのにまじかよー」
残念がる友人たちを尻目に、杏寿郎は約束の場所に向かった。
今日はダメだ。杏寿郎にとって、教授と酒を飲み交わすよりも、友人たちと談笑するよりも、優先度の高い約束がある。
「煉獄さん! こんばんは!」
「こんばんは! 炭治郎!」
杏寿郎のことを出迎えてくれたのは、すこし赤らんだ髪の毛が特徴的な少年だ。杏寿郎の訪問に、嬉しそうに瞳を細める。
ここでおわる……。