万浬くんSS 昔からかわいいと言われることが多かった。
平均より低い身長、平均より大きめな瞳、切り揃えられた前髪が相まってそう見えてしまうことは仕方のないことだと思う。
「男」として、かわいいと言われることに少しばかりやるせない気持ちを覚える時もあるが、それがお金につながることもあると割り切れてしまうのは、相変わらず厳禁な性格だと思う。
「かわいい」や「かっこいい」に大きなこだわりなんてないが、界川深幸という人間から叩き出されるあの音は、力強く、美しく、ダイナミックで確かに「かっこいい」と思えるものだった。
勿論、かっこいいなんて一括りでまとめられるだけの感情ではないけれど、目を離せない、音を流すことができない、色んな感情が溢れ返る中、至極シンプルに表現をするならこれが一番適していると思えた。
『白石はパワーがあるが、スタミナが足りないな。後半になると、前半と比べた時に音の響きが出てない。まず体力をつけるのはどうだ?』
ある日凛生くんに言われた言葉は、真っ当な台詞にも関わらず胸の奥の重石となった。
自分のドラムの取り柄はパワーだ。
それはドラムを始めた時からわかっていた。いつもスティックを振った時に叩き出される力強い音が、鼓膜を震わせる瞬間、それをもっと味わいたくてどんどんと強く音を出すために振り下ろしていた。
自意識過剰なんて見られ方もあるかもしれないけど、俺は自分で自分の叩き出す音の強さに自信を持っていた。
それは今だって変わらない。
凛生くんに言われた言葉も「体力つけなきゃ!」と力強く頷いて、今だってトレーニングに励んでいる。
じゃあこの胸にある重石は何なのかーー。
それはきっと俺の中にある不安が原因だ。
俺は、体格に恵まれていない。
今までかわいいと称されるこの見た目や、伸び悩んでいる身長、増えない体重に嫌悪感なんて持ったことはなかった。
ただ今は違う。
LRフェスのために上京して、他のバンドを見て、客観的に思ったことはドラムを叩く人間の体格の良さだった。
スポーツだって体格が良ければ、その分有利に働く。
身長に見合った腕の長さ、その分の必要な筋肉が大きくなる。
すなわちそれは、単純に考えて元が大きければその分パワーも上がるということだ。
初めて自分の身体を見て、悔しいと思った。
函館にいた頃は体格差なんて関係ない、と思えていた。道場破りなんてことをしていた時期は特に、負ける気なんて一切ないと言い切れた。
そんな思いが少しずつ変わったのは、まずはGYROAXIAのライブを観た時だ。
正直、震えた。
界川深幸という人間は、彼自身から音を奏でているような、相手自身が楽器のようなそんな錯覚に陥った。
でも、それでも負ける気はしなかった。
俺も叩けるーー、俺自身から音を響かすことができる。
そう思わせてくれるバンドにいるから、俺は迷いなく音を叩き出すことができた。
だから初めて怖い、と思った。
事故に遭って、ここで、最高のメンバーでArgonavisという船で音楽を伝えることができるのは奇跡なんだって知った。
今はここでドラムを叩けることが奇跡だって知ってる。勿論自分がArgonavisに欠かせない人間だっていうことも解っている。
だからこそ、奇跡だからこそ怖い。
どんどん歌の上手くなる蓮くん、幅広い表現と技術の上がる航海くん、ミスもなくなってきて技術が明確化してきた結人くん、天才なのに努力家で常に上をいく凛生くん。
このメンバーに見合う俺でいられるだろうか?
凛生くんのアドバイスのスタミナも日に日についてきてはいると思う。
パワーだって落ちてないと思っている。
だからーー?
持って生まれた差はどうしても埋められない。いつかみんなの成長に追いつけなくなってしまったら?
俺がこの船の重石になってしまったら?
胸の奥でそう囁く自分の声が日に日に大きくなって、胸にこびりついた恐怖に襲われる。
怖い、怖い、怖い。
その声に蓋をするように今日も人一倍大きく音を叩き出すんだ。
みんなとの練習が終わって、家に帰るフリをしてスタジオに戻る。
滴る汗も気にせずスティックを振り下ろし続ける。
バイトがあるから、と言えば誰もこの秘密の練習を疑わなくてある意味特権だなと思えた。
自分の中の恐怖と戦うようになってから、練習量を増やした。航海くんに見つかったらオーバーワークだよ、とお咎めを受けそうだ。
ーーカンッ
そう思ったら、ふっと笑いが溢れてそれと同時に手に握られたスティックが床へと落ちた。
音が消えた室内に響くその音は、何だか大きく聞こえる。
「……っ、だめだ。これくらいで手が痺れてるようじゃ……」
拾おうと伸ばした手が痺れから震える。
ギリ、と噛み締めた歯に更に力が入った。
「もっと………もっと、みんなに見合うようにならなきゃ」
ため息と共に溢れた呟きに、ぎゅっと目を閉じる。
瞼の奥に、みんなの顔が浮かぶ。
ーーおかえり、万浬
あの時迎え入れた言葉が耳に響く。
失いたくないんだ、絶対に。
「ごめんね、もう少し無理させて」
絶対に、もう無理しないこと。
いつだったかそんな約束をした覚えがあるけど、その言葉から目を背けて俺はまたスティックを握った。