なんだこれ。チセは目を覚ました。時計を見ると午後六時だった。随分と長く眠っていたらしい
体がだるい、眠れば寝るほどお腹が空いてしまう。
「お腹空いた……」と呟きながら布団から出てキッチンへ向かう。冷蔵庫を開けるが何も無い、牛乳はあるがそれだけだ。チセはため息をつくと出かける準備を始めた。特にどこに行くというあてがあるわけでもないけど、家に居てもすることが無いし一人でいるより誰かと一緒に居た方が気が紛れると思ったからだ。
適当に着替えて外に出ると冷たい空気が肌を刺した、もう秋も終わりに近づき冬の気配が近づいてきたせいか、風が冷たく感じる。チセはコートの襟を寄せて歩き出した。
どこに行く当てもなく歩いている、お腹は空いてる、でも人間の食べ物は食べたいと思わない、じゃあ何が食べたいかと考えると、自己嫌悪が襲ってくる。
そんなことを考えながら歩いているといつの間にか繁華街にたどり着いていた。土曜日の夜だけあって人通りが多く賑やかだ。チセは行き交う人達を見ながらぼんやりと考える。みんな楽しそうだな、いいなぁと思いながら歩いていると声をかけられた。
「お姉さん可愛いねぇ〜」振り向くとそこには男が3人立っていた。ガラの悪い男達だ、関わりたくないと思い無視しようとしたが腕を掴まれてしまった。振り払おうともがくが力が強くて離れない、怖い……けど、三人分の食料だと思うと、悪くないと思ってしまった。
「人に迷惑をかけたり、日常生活に支障をきたさなければ……」
チセの頭の中に昨日の医師の言葉が流れる、怖いとか、嫌という気持ちは不思議と湧いてこない。
「何かあっても自己抑制する必要はないんだ」チセは男達について行くことにした。抵抗されないと悟ったのか男達は私の肩に手を回し腰に手を回してきた。服は適当だし、化粧もほとんどしてないんだけど良いのかな?私で。そんなことを考えていると焼肉屋に連れて行かれた。
「……は?」
男たちはチセの前で肉を焼き始める。
「ククク……先ずはタン塩からだぜ……口を開けな」
「え?あ……」言われるままに口を開けると放り込まれる。美味しい、けど違う、これじゃない。
「よ〜く噛んで味わうんだ!A5ランクの肉の味をヨォ!!」
「米もあるぜ……!!飲み物はビールとマッコリどっちが良いかい?それともノンアルかぁ?」
「ヒィ〜ハハ!!乾杯だ〜ッ!!」
男達は上機嫌に笑っている。なんだこれ。一緒につられて乾杯してるし、ご飯は大盛り頼んじゃったけど、なんだこれ?
「何か肉が物足りなそうな顔してるね〜?じゃあ次はカルビだ!さあ、どんどん食べてくれ」
「は、はい……」チセは言われるままに口に運ぶ。美味しいけど違う、私が食べたいのはこれじゃないんだ。
「最高だなぁ!!腹減ってる知らねえ女に焼肉を食わすのはよぉ!!もっと食うんだよ!!奢りだから!!」
「は、はい……いただきます」チセは再び箸を伸ばす。もうどうにでもなれと思いながら食べた。男達に挟まれて焼肉を食べるなんて普段ならあり得ないシチュエーションだけど、不思議と不快感はない。寧ろ居心地が良いというか、安心感すら感じるくらいだ。お腹が満たされていく感覚と幸福感が同時に押し寄せてくる。ああ、これが肉欲が満たされると言うことか……チセは恍惚の表情で霜降り肉を口に運んだ。
「さあ、次も食うんだ!!焼肉はいくらでもあるからな!!」
「はい!!ありがとうございます!!いただきます!!」
「おら!写真とるからピースしな!インスタに載せる用だから顔は映らないようにしねえとな!」
「はい!わかりました!」
「あーイイネ、最高の写真撮れたわ。おめーらも写れよ!!」
パシャリと音を立てて写真を撮ると男達は上機嫌に笑った。その後もチセは次々と肉を平らげていき最後にデザートのアイスを食べたところで満足したのか手を止めた。
「ふぅ〜……美味しかったぁ……」満足そうにお腹をさするチセを見て男達も嬉しそうだ。
「良い食いっぷりだったぜ……あばよ」
「俺たちは一度奢った女には興味がなくなるんだ。だから連絡先も交換しないで解散するぜ!!」
「はい!ご馳走様でした!!」チセは深々と頭を下げて礼を言うとその場を後にした。
そして家に帰ってから「やっぱり、アレなんだったんだろう……」と呟くのだった。